体験が問いを生み、問いが行動を促す。オフィスツアーはその連鎖の起点となる。

体験価値とはなんだろう。

こんな話を聞いた。
大学生がある企業を訪れた。そこでインターンシップとして、1週間、社員と協働するためである。
明るく機能的なオフィスで社員たちは生き生きと立ち働いていた。誰とすれちがっても「こんにちは!」とあたたかい笑顔を向けてくれる。デジタルツールも使いやすい。

最初は緊張していたが、時間が経つにつれて、そこにいるのが心地よくなってきた。
それだけではない。
近い将来、目の前の社員たちと一緒にそのオフィスで働いている自身のイメージが湧いてきて、それが日に日にリアルになっていったのだ。
やがてインターンシップが終わるころには、それ以外の企業で働く自分の姿を想像できなくなっていた。
彼女は迷わずその企業を志望し、社員となった。

それは、オフィスそのものだけの影響ではないはずだ。オフィスに身を置き、五感を通して得た丸ごとの体験が、彼女の意識に変化をもたらし、その後の行動につながったのだろう。

体験価値―それはおそらく重層的なものだ。個人の内面に深く作用し、変化のトリガーとなって新たな行動を促す。
このことについて深掘りしていこう。

*この記事では、まずコラムで、体験価値について考えるヒントを提供します。その上で、オフィスツアーがもたらす体験価値について、当社ウチダシステムズの取り組みをインタビュー形式でご紹介します。

体験価値が意識変革のトリガーとなる

ここでは一旦オフィスから離れ、ユニークな事例を通して考えてみたい。

「ゴミの山」の上に娯楽施設を

住民が忌み嫌う「ごみの山」。その上にアルペンスキー場を作った人がいる。
デンマーク出身のスター建築家、ビャルケ・インゲルス氏である。

2011年、コペンハーゲンにある老朽化したゴミ処理施設の建て替えコンペが行われた。満場一致で優勝したのが、インゲルス氏が率いるBIG建築事務所。*1
彼らのアイデアは奇抜だった。
巨大なゴミ焼却発電所の屋根に娯楽施設をつくり、コペンハーゲンの新たなランドマークにするというのだ。

その10年後に完成したのが、コペンヒル(Copen Hill)と呼ばれる「山」である。
標高85m、全長450m、ゲレンデ幅は60m。4つのリフトでスキーが楽しめる。
屋上にはレストランやハイキング・ランニングコース、壁には世界一高い85mのボルダリングウォールが設置されている。

図1 コペンヒル 
Bjarke Ingels Group「PROJECTS>Copen Hill」

娯楽施設の下にあるのは、ゴミで再生可能エネルギーを作る最新鋭の設備。年間3万世帯分の電力と7万2,000世帯分の暖房用温水を供給している。

「快楽主義的持続可能性」の意味

「持続可能性(サステナビリティ)」という言葉はもう聞きあきた、という人もいるかもしれない。

この言葉にはどことなく辛気臭いイメージがつきまとう。環境問題や社会課題といった重いテーマが、堅苦しく説教じみた印象を与えるのだろうか。
それで、なんとなく苦手だという人もいるだろう。

でもそれに「快楽主義的」がついたらどうだろう。
「快楽主義的持続可能性」―この言葉からはミスマッチめいた不思議な印象を受けるが、インゲルス氏は、それこそが大切なコンセプトだと言う。*2

持続可能な都市や建物は、環境にとって良いだけでなく、住んでいる人々も楽しむことができるもの、「正しい」だけでなく、歓迎されるものでもあるべきだ、と。

こうしたコンセプトは、体験価値の重要性を示唆している。
コペンヒルのような施設では、訪れる人々がスキーやハイキングを楽しみながら、エネルギー問題や環境への配慮について、自然に目を向けるようになるだろう。
楽しさと学びが融合した体験が、持続可能性への関心を高める鍵となるのだ。

見学ツアー

コペンヒルでは、45分~60分程度のユニークな見学ツアーを提供している。*3
ツアーでは、頂上までエレベーターで上り、コペンハーゲンの街と海の眺めを楽しみながら、建築、ビジョン、持続可能性、スキーゲレンデ、背後にある考えなど、建物全体について学ぶ。

図2 コペンヒルの見学ツアー

Copen Hill「Guided Tours」

ガイド付きツアーは10名以上なら、いつでも開催してもらえる。
ツアーだけでもいいし、スキーやルーフトップバーへの訪問と組み合わせてもいい。希望すればツアーの最後に「山」を歩いて降りることもできる。

このように、コペンヒルは「ゴミの山」という負のイメージをもつ施設に娯楽という付加価値をつけて価値転換を図り、さらに訪れる人々に深い体験価値を提供している。

ガイド付きツアーでは、建築の背景や環境技術について学びながら、都市と自然が融合した空間を五感で味わうことができる。

また、スキーやハイキングを楽しみながら、持続可能性が日常の楽しさと結びつく体験は、訪問者の意識に新たな問いを生み出し、行動の変化を促す契機となっているのだ。

<インタビュー> オフィスがもたらす体験価値とは、企業文化を体感し、人と空間が共に問いを深め合うこと

オフィスがもたらす体験価値とはなんだろう。

ウチダシステムズが推進するオフィスツアーを深掘りすれば、その答えがみえてくるかもしれない。

インタビュイー

株式会社ウチダシステムズ 営業企画推進部 次長|吉田 学

2014年よりウチダシステムズに参画し、オフィス構築を検討されるお客様への新規営業およびプロジェクトマネジメント業務に従事。営業部のマネジャーを経て、現在はマーケティング戦略や人材育成計画の立案・推進などに携わるかたわら、生成AI活用のプロジェクトリーダーも務める。

―御社がオフィスづくりにおいて「体験価値」を重視するようになった背景には、どのような経緯があったのでしょうか?

吉田:意図して重視するようになったというより、経営危機のなかで自分たちと向き合ったプロセスの中から自然と見出されたものです。

2008年は多くの企業がリーマンショックに見舞われた年ですが、当社の前身である東京ウチダシステムもその直撃を受け、「あと4か月で資金ショートする」という崖っぷちに立たされました。
そうした危機のなかで、私たちは改めて「自分たちは何屋なのか」と本気で向き合う必要があったんです。

これは全くの偶然なのですが、ちょうどそのタイミングで、入居していたビルの取り壊しが決まり、移転せざるを得なくなりました。
そこで、これを単なる引っ越しで終わらせず、働き方を見直す機会にしようという決意が生まれました。

それまでの私たちは「家具屋」でした。でも、移転プロジェクトに取り組むなか、「家具を売ること以上に、お客様にとって本当に価値のあることは何か?」という問いが見えてきました。
そして、本当に大切なのは、プロジェクトの進め方や関係者の巻き込み方、文化の再設計そのものではないか、という答えに辿りついたんです。

「自分たちの経験こそが、お客様の役に立つのでは?」
「この移転プロジェクトをまるごとお披露目できないだろうか?」

そんなアイディアから、オフィス完成後にお客様をお招きするイベントを開催しました。
すると、そのイベントには700名を超えるお客様がご来場くださり、多くの方から「本当に参考になった」「自分たちでもやってみたい」というお声を頂戴しました。
これが原体験です。

―御社にとって「オフィスにおける体験価値」とは、どのようなことを指しますか?また、その効果をどのように測定なさっていますか?

吉田:私は「オフィスにおける体験価値」を、「心の変化量」だと思っています。
オフィスをただ「見た」「知った」だけではなく、そこに触れて「何か感じた」「考え方が変わった」という、内面的な動きがどれだけ生じたか、ですね。

それは、空間に身を置くからこその、身体的なリアリティを伴う内面変化です。
そのため、オフィスツアーでは体験価値をあえて定量化しないで、個々のお客様の「満足度」を大切にしたいと考えています。どのようなところから、どのような気づきがもたらされたのかが、満足度として表れると考えているからです。

当社のオフィスは偶然こうなっているのではなくて、当社の価値観が反映されて、必然的にこうなっています。そのことを実際に体験していただき、それをお客様のオフィスづくりに活用していただく。
それは、お客様の企業にはどのような価値観があり、それをオフィスにどのように反映させていくのか―それを考えていただくための「先取り」といってもいいかもしれません。

個々のお客様が弊社のオフィスからどのような気づきを得てくださったか、何に心を動かされたのか、そこにフォーカスして効果を測り、そこから得られたことをお客様のオフィスづくりに活かしていけたらと考えています。

―オフィスにおける体験価値の向上は、御社の企業文化とどのように関連していますか?

吉田:私たちは、オフィスを「組織文化そのものがにじみ出る空間」と捉えています。そのために、オフィスという空間を「組織文化の可視化装置」として設計・運用する。そしてその体験価値を通じて、当社の文化が誰かの変化に繋がることを目指しています。

「組織文化とは何か」についてはさまざまな考え方がありますが、エドガー・ヘンリー・シャインが提唱する組織文化論を引用するなら、「〇〇という価値基準のもと、××のような行動を続けてきた」という、思考と行動の積み重ね、いわば組織の「クセ」です。

組織文化は、理念や行動指針のような明文化されたものだけではなく、日常のふるまいや判断、あるいは判断しなかったことにさえ現れる、空気のような存在です。

それに対してオフィスは、それを物理的に可視化した実体です。
「何を良しとし、何を良しとしないのか」という価値観が滲み出る構造物、企業文化がもっとも濃く反映される場の1つ―私たちはオフィスをそう捉えています。

この図のように、組織文化はオフィス空間に多層的に溶け込んでいますが、一番外側の「シンボル」の層がオフィスという物理的な形態です。

ホフステード・インサイツ・ジャパン「グローバル人材と文化(3) たまねぎ型モデル」

最も見えやすく、「体験」として強く残る要素ですね。

その体験価値を向上させるためには、「文化を感じられる設計」「価値観がにじみ出る社員のふるまい」「無意識のクセが自然に伝わる空間」としての空間の精度を高めていくことが必要だと考えています。

―オフィスが生み出す体験価値は、社員、来訪者、就活生など、異なるステークホルダーに対してそれぞれどのような影響を与えるとお考えですか?

吉田:まず社員は、企業文化を無意識に身につけていると同時に、その文化をつくる主体でもあります。オフィスが社員のあり方に影響を与えるとともに、社員がオフィスの方向性を決定づけているという側面もあります。そのように、社員とオフィスの体験価値とは、相互作用的に影響を与え合う存在ではないでしょうか。

ちなみに、2024年7月に行った調査結果によると、当社の社員は全体として自社のオフィスに対する満足度がとても高く、数百社に及ぶ過去平均と比較しても、働きやすさ・好感度ともに非常に高得点でした。

次に、来訪者に対しては、オフィスで感じたことがご自身の問いにつながる作用があると考えています。私たちの企業文化に触れた結果、「うちの会社だったらどうだろう?」「自分たちは何を変えたいんだろう?」と、訪問者の中に問いが立ち上がっていく。
その問いは、行動を変えるきっかけになります。

就活生に対しては、「そこで働く自分の未来を想像できる場」「自分が将来的にその空間にいるイメージがリアルに持てること」が最大の影響だと思っています。
実際に足を運んで、社員の姿を目にし、空間に流れる空気を感じていただくことによって、美辞麗句を連ねた会社紹介資料より、はるかに多くのことを伝えることができます。

会社説明会には必ずオフィスツアーを組み入れていますが、たとえば社員が自然に挨拶したり微笑みかけるだけでも「ここで働けそう」という直感的な納得感が生まれるんです。これが内定辞退率の低さにもつながっています。

―オフィスツアーを体験価値の重要なタッチポイントと位置づけている理由は何でしょうか?

吉田:想定外の気づきを得られたり、新しい問いに気付いたりできるからです。
オフィスツアーでは、お客様が興味を持っている部分だけでなく、一見すると関係ないように思える情報・空間をあえて提供しています。

たとえば、「オフィスのデザインだけ見たい」というご要望に対しても、ICTのネットワーク設計や、倉庫の運用、書類の管理、社員の働き方の変遷、過去の失敗例まで含めてご案内します。

そうした体験を通して、お客様の関心が「ビジュアルやレイアウトの工夫」から、「ネットワークやインフラも含めて構想すべきだ」に、そして「そもそもオフィスをなぜ新しくするのか」「どういう働き方を実現したいのか」といった、より本質的な視座への変化を提供したいからです。

それは、「考え方が変わった」「意思決定の軸が変わった」と言っていただけることにつながる大きな変化です。
その結果、お客様ご自身が「自分たちは何をしたいのか」「なぜオフィスを変えるのか」という根源的な問いに向き合い始めてくださることを期待しています。

―オフィスデザイン・機能において、特に「五感を通した体験」を意識した具体的な工夫があれば教えてください。

吉田:ゾーンごとにさまざまな工夫をしていますが、当社の特徴の1つは、五感に加えて、「やさしいデジタル」を第六感と位置づけ、「直感に訴えるテクノロジー体験」として、五感+1の設計を意識していることです。

ClickShare・MeeTap・Sansanなど、直感的UI設計のICTツールを導入して、誰でも簡単に会議を始められる、スキャンできる、プレゼンできる、という操作性を重視しています。
これが「やさしいデジタル」という当社のICT設計思想です。

この思想を大切にしている理由は、感覚的に使えるテクノロジーこそが体験価値を高める仕組みであると考えているからです。そしてそれは、「この会社はこういう価値観を大事にしているんだ」という「文化の気配」を体験していただくための手段の1つでもあります。

―来訪者に対して、企業の文化や価値観を「体験」として伝えるために、どのような仕掛けをオフィスに施していますか?

吉田:オフィス空間そのものに文化がにじみ出るような設計・運用の仕掛けを施しています。それは「空間(ハード)と、文化(ソフト)の一貫性」を重視しているからです。

具体的な仕掛けを4点ご紹介します。

まず、オフィスツアーの冒頭では、大型ディスプレイ(ISM Wall)を活用し、MVVやオフィスの変遷・背景を可視化しています。
これは単なる会社紹介ではなく、「なぜこのオフィスをつくったのか」「その過程でどんな困難があったのか」「どんな意思決定をしてきたのか」といったストーリーの起点です。そのことを社員が直接お客様に語ることで、語る側の社員にとってもMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の浸透が進む「再定義のプロセス」にもなっています。

2つ目は、「全員で迎える文化」ですね。毎朝の朝礼で「本日何時に、どんな目的のお客様がオフィスツアーにいらっしゃるか」を全社員で共有します。
そうすると、全社的に「お客様を迎える意識」が育まれ、ツアーに関わらない社員も表情が変わります。社員のそうした自然なふるまいは文化の体現そのものなのですね。

働く社員が、特別な演出ではなく、普段の姿で文化をにじませていることこそ、来訪者にとって最大のリアルです。実際、ツアー中にすれ違った社員が「こんにちは!」と笑顔で挨拶するのは当たり前の光景ですし、「若手とベテランが一緒に働いている」「社員が迷いなくオフィスを案内している」―そうした光景そのものが、ウチダシステムズという企業の人的文化を伝えている瞬間だと実感しています。

3つ目は、ツアーで現在のオフィスの完成形だけでなく、その前の状態・過去の失敗・うまくいかなかったことも包み隠さず伝えていることです。

たとえば「フリーアドレス導入初期に混乱があった」とか、「運用ルールが浸透せず、再設計した」など、葛藤と試行錯誤を包み隠さず語ることで、来訪者の中にも「自分たちも挑戦してみよう」という感情が芽生えるのです。このアプローチは、お客様の失敗確率を下げ、構想の視野を広げる意味でも、極めて実用的な手段だと考えています。

最後に4つ目は、ハードだけでなく運用を語るということですね。オフィスの家具や設備については、「どんな物を選んだか」だけではなく、「どう使っているか」「どんなルールで運用しているか」を詳細にご紹介します。

たとえば個人ロッカーの1年ごとのシャッフル運用やペーパーレスを促す文具カウンター、ICT会議室の機器選定と操作感などをお話しすることは、弊社の行動に落とし込まれた文化的習慣「クセ」を語ることです。

こうした体験を通して来訪者は、「これはウチでもやれそう」「自社に合わせるとしたら、こうだな」といった具体的な問いと構想を持ち帰ってくださいます。

―今後のオフィスづくりやオフィスツアーにおいて、さらに体験価値を高めていくための構想はありますか?

吉田:はい、あります!私たちがこれから目指していきたいのは、「見せるツアー」から「共に考える場」「協創を始める場」へと進化させていくことです。

これまでのオフィスツアーは、お客様の中に新たな気付きや問いを立ち上げていただくことを意識して設計してきました。今後はそれをもう一歩進めて、一緒に問いを深め、構想を描き、共創を始める場にできたらと考えています。

たとえば、ツアーの終わりに、参加者ごとに印象に残ったキーワードを可視化するセッションを設けたり、仮のオフィス構想を描いてもらうような問いかけをする、というようなことですね。

これまで以上に「自分たちの未来を考えた時間だった」と思っていただける体験をつくりたいと考えています。

もう1つの構想は、ツアーを案内する社員の役割の変化です。
今は「語る側」として、自社のストーリーや仕掛けを説明していますが、これからは「聞く側」として、お客様の背景や課題に合わせて問いかけたり、ツアー中の反応から対話を生むような、ファシリテーション型の案内へと進化させたいと思っています。それが実現できたら、オフィスツアーは情報提供の場ではなく、共創の場として生まれ変わるでしょう。

体験価値の本質は、「自分ごとにできたか」と「未来に向かって動き出したくなったか」です。オフィスやツアーが、そのためのスイッチになる。

そしてその価値は、どんなにテクノロジーが進化しても、人と空間の関係性の中にしか生まれないと確信しています。
未来に向けて、オフィスとその体験価値を進化させていきたいと考えています。

オフィスツアー紹介MOVIE

この記事を書いた人

そしきLab編集部

ウチダシステムズのスタッフを中心に、組織作りや場づくりについて議論を交わしています。業務の中で実際に役に立ったことなどを紹介していきます。

コラムの資料一覧

*1 映画『コペンハーゲンに山を』公式サイト「映画概要」
https://unitedpeople.jp/copenhill/about

*2 Bloomberg「建築家ビャルケ・インゲルス氏:「快楽主義的持続可能性」を語る」(2021年4月13日)
https://www.bloomberg.co.jp/news/videos/2021-04-13/QRHCUCT0G1L001

*3 Copen Hill「Guided Tours」
https://www.copenhill.dk/en/aktiviteter/rundvisninger

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