
少し前、「上司は気に入った人だけ育てればいい」
という趣旨の投稿をしたところ、
「公平な評価をしているという説明は必要だと思います」
という意見を言う人がいた。
評価に期待する気持ちはわからなくもないが、正直に言うと、
「世の中を全くわかってない。」
と言わざるを得ない。
なぜなら、
「公平な人事評価を望む経営者」
や、
「きちんとした説明を求めている従業員」
自体が、どこにも存在しないからだ。
存在しているのは、
「自分のお気に入りを高評価したい経営者」
と
「(成果に関係なく)自分の給料が上がること望む従業員」
だけである。
*
私がかつて、人事のコンサルタントの現場にいた時のこと。
「働く人すべてが、やる気が出る評価制度をつくるべき」と
青臭く考えていた時期があった。
しかし、すぐに私は現実に直面した。
どういうことか。
実は、人事のコンサルティングを依頼してくる会社は、大企業も中小零細も、ほぼ同じ。
「法律に抵触しない範囲で、総額人件費を下げたい(ので、役に立たない社員の給料を下げたい)」
「(上司が気に入っている)辞めてほしくない人が報われるようにしたい」
「(他社と比べて)採用上、不利にならないようにしたい」
の3つがほぼ全てだった。
私が思い描いていた「人事評価」とは、全く違った動機により、人事評価の制度は変更されていた。
注意すべきは、ここに
「評価を公平にしたい」
と言う観点がない点である。
いやいや、
「辞めてほしくない人が報われる」
と言うのが評価の公平性の話では?
と思う方もいると思うが、似て非なる話である。
なぜなら、「公平な評価」を主張する人が期待しているのは、制度が変わることで、
「いま評価されていない私が、制度変更で評価されるようになる」
ことだ。
しかし、経営者が望むのは、
「今評価されている人がもっと評価される」制度である。
ここに、絶望的な断絶が存在する。
「私のお気に入りが評価されない制度」について、経営者がリソースを割くことは、
100%ありえない。
したがって、「評価制度の変更で、高評価を受ける人物」というのは、評価制度が変更される前から決まっている。
順番が逆なのだ。
*
そもそも、会社における公平さと言うのは、極めて主観的な概念である。
というのも、従業員それぞれの、会社の業績に対する貢献度を100%厳密には測定できないからだ。
私は会社に貢献している
私は部門の役に立っている
私は効率よく仕事している
と思っている人は、自分の貢献度を周囲の評価よりも遥かに高く見積もっている。
しかし、そもそも営業などの直接的な数値で成果を見ることができる部門以外、「成果とはなにか」を定義することすら難しい。
いや、営業であったとしても、「自分の担当顧客」「自分の担当エリア」によって、どのような指標を用いて成果を測定すべきかは、かなり解釈が分かれる。
したがって、説明をいくら尽くしても、
「自分の評価に不満を持つ従業員」
を、100%説得することもまた、不可能である。
*
だから原理上、「人事評価制度」には、正解がない。
隣の席の人ですら、評価については自分と異なる考え方を持っているのに、全社で
それを統一するなど、夢のまた夢だ。
そういう意味で、私は「公平な人事評価」など、存在しない。
と、申し上げているのである。

この記事を書いた人
安達 裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」88万部(https://amzn.to/49Tivyi)
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◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
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