
今回は人気Webライター、マダムユキさんに「オフィスとは何のための空間か?」という問いを起点に、見栄や演出に走る起業家の実例を通して、空間づくりの本質や“信頼されるビジネス”との関係をテーマに特別寄稿して頂いたコラムの掲載です。
今からちょうど12年前。私がまだ起業を夢見ていた頃、故郷に華々しく拠点を構えた幼馴染のオフィスを訪ねた。
そのオフィスの主であるトシくんは、小学校の同級生だ。
脱サラして東京からUターンし、経営コンサルタントとして独立したばかりだという彼は、前職の大手携帯販売会社では、トップ営業マンだったという触れ込みだった。
けれどその日、私が通されたのは、オフィスのようでオフィスではない空間だった。
ソファはイタリア製のレザー、デスクは重厚な天然木、壁面にはアートが飾られ、間接照明が柔らかく光っている。室内なのになぜかマウンテンバイクと高級車が飾られており、田んぼが広がる田舎町の風景からあまりにも浮きあがっていた。
私はその空間に圧倒され、少し浮き足立ちながら起業相談を始めた。
だが結果として、得るものは何もなかった。トシくんは熱心にノートパソコンを叩きながら耳を傾けてくれたけれど、真剣に話を聞いていたとは思えない。彼は具体的なアドバイスをくれるわけでもなく、「もっと地元をリスペクトしろよ」などと、謎の説教をされただけに終わった。
後日、その話をやはり小学校で同級生だった圭一にしたとき、彼は「ナイーブだな」と私を嗤った。
「誤解しないで欲しいけど、俺だってトシくんは好きだよ。だって、俺らは幼なじみじゃん。お互いがどんな家でどうやって成長してきたのかも知ってる。根は良い奴なんだって分かってる。だけど、俺はあいつを信用してない」
思いがけないことを言われて、私は驚いた。
トシくんは故郷に錦を飾った成功者として、仲間内で認められているとばかり思っていたからだ。
「でも、トシくんは脱サラして、地方創生事業のコンサルタントとして独立したって聞いたけど? 地方での起業支援も看板に掲げていたから相談に行ったんだよ。
前の会社では成績優秀な営業マンだったって聞いてたし、仕事ができる人だと思ってたんだけど…」
「コンサルタントって、あいつに何のコンサルができるんだよ(笑)。
営業のサラリーマンとして、体を張って飲み歩いて、頑張ってたのは分かるよ。けど、学も無いし、自分で事業を起こして成功した経験もない奴が、何の相談に乗れるんだ?
あいつなりに志はあるんだろう。同窓会でも熱く語ってたな。地元に貢献したい。地方の良さを発信して、面白いことを仕掛けていきたいって。
すごくキラキラしてるけど、現実味がないんだよ。
その計画を実現させる為には、どう動くのか。何から始めて、何に幾らかかるのか。そして、どこからどうやって資金調達するのか。あいつからはそういう具体的な話が一切でない。
だから、『一緒にやろうぜ』とか、『投資しないか』なんて持ちかけられても、絶対に乗れないね。
横山と須田を見てみろよ。あいつらトシくんとはあれだけ仲が良いのに、びた一文出そうとしないだろ? 二人ともボンボン育ちの2代目とは言え、経営者だからな。いくら仲良くしてても、そういうところはちゃんと冷徹に見てるんだよ」
その同窓会には私も参加していたが、背後のテーブルでそんな話がされていたとは全く知らなかった。言われてみれば、あの時はトシくんを中心に男たちだけで固まり、何やら話し込んでいたような気もする。
「あー…、そうだったんだ。全然気がつかなかった」
「ちょっとは周りをよく見るんだな(笑)」
「だって、トシ君は自信たっぷりで羽振りも良さそうだったから疑わなかった。営業用の車はまだ用意してないけど、これからフィアットの新車を買うって言ってたし」
気づくべきことに気づけない迂闊さの言い訳をしながら、私はスマホを取り出してオフィスの写真を見せた。
都会的で垢抜けた事務所の内装やインテリアに圧倒された私は、トシ君に断って写真を撮らせてもらっていたのだ。圭一は私のスマホ画面を覗き込むと、困ったように笑った。
「トシくんらしいなって思うよ。キラキラしてるよな、その事務所も。まるでハリウッド映画のセットみたいで。
トシくんって子供なんだよ。だから夢も子供っぽいし、やることも子供っぽい。その事務所は、子供の頃に見たアメリカンドリームの映画を思い描いて、そんな風にしたんだろう。
俺も子供のころ貧乏だったけど、あいつは俺以上に貧乏だった。だから上昇志向もコンプレックスも強くて、ガッツがある反面、自分を大きく見せたがるところがある。
けどさ、これをすごいと思っちゃうのも、どうかと思うぞ。
俺なら、起業したばかりでこんなド派手な事務所を構える奴は絶対に信用しない。
俺だっていちおう社長だ。仲間と一緒に起業して、がむしゃらに働いて社員とバイトも増えて、最近ようやく金も持てるようになった。その上で言う。今までの俺の経験上、トシくんみたいな奴は信用できないし、一緒に仕事もしたくない。
これだけ派手な事務所を構えるなら、億単位の仕事をしてなくちゃ経費として見合わないんだよ。
なぁ、地方創生って、事業規模はいくらだ?
地方の小さな自治体と組んで仕事をするのが、億単位の事業になると思うか?どう足掻いても数千万がせいぜいの仕事をするのに、こんな映画のセットみたいに立派な事務所が必要か?
オフィス家具なんて中古で十分だろ。装飾用のインテリアも新車も必要ないはずだ。
まだ一円の利益もあげてないうちから、見栄えにこだわって意味のないものに大金を使う奴を、俺は絶対に信用しないね」
圭一の言うことがごもっとも過ぎて、何も言い返せなかった。
改めて写真に目を落とすと、確かにそれは映画かドラマのセットのように見えた。仕事をするためではなく、撮影するために用意されたみたいな部屋だ。
起業直後の人間が、利益を上げる前から空間にお金をかけすぎる。それは、考えてみればおかしなことだ。
今となっては分かる。あのオフィスは、トシくんが見せたい自分になるための舞台装置だったのだと。
せっかくお金をかけて作った舞台だったのに、トシくんの事務所にお客さんはいなかった。
机も棚も整頓されすぎていたし、高級ソファもピカピカのままインテリアとして鎮座していた。「仕事に必要だから」ではなく、「こう見られたいから」選ばれた家具たちなのだ。
それはつまり、空間の“機能”よりも“演出’’を優先した証拠である。
オフィス空間にお金をかけること自体は悪いことではない。
だが問題は、その金のかけ方に目的と覚悟があるかどうかだ。
「カッコいいオフィスにしたい」という思いの裏に明確な思想があるのなら、それは立派な投資だろう。
けれどトシくんのように、「見栄え」や「外からの印象」だけを気にして空間を作ってしまうと、ただの自己満足に終わる。
その後、トシくんのゴージャスなオフィスは、1年ももたずに消えた。そして、トシくんの会社はコロコロと社名が変わり、転々と拠点を移しながら、今も漂流を続けている。
「起業したてで立派なオフィスを構える奴は信用しない」と言い切った圭一の言葉は、今も私の耳に強く残っている。
この記事を書いた人

マダムユキ
note作家 & ライター
https://note.com/flat9_yuki
※本稿は筆者の主観的判断及び現場観察に基づく主張であり、すべての読者に対して普遍的な真実を保証するものではありません。
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