
多くのオフィスでは、業務中に音楽を聴くという行為はだらしない、サボっている、といったネガティブな印象が持たれているかもしれません。
しかし「静かすぎる」ことが逆に社員の居心地を悪くしてしまっていることもあるようです。
一方、自然界で川の流れる音や海から押し寄せる波の音の中では、人はリラックスしたり集中できたりします。適度な「音」が業務効率を上げることもあります。
光や音など、自然の要素を反映したデザインは「バイオフィリックデザイン」と呼ばれ注目されています。
今回は「音」の観点から、心地よいオフィスの在り方を探ってみましょう。
静かすぎる職場に半数以上が「居心地が悪い」
2013年に、USENが20代から50代の人にこのようなアンケート調査を実施しています。
職場の静けさに関するものです。

(出所:USEN「半数以上 が「職場が静かすぎて居心地が悪い」と感じ、最も気になる音は「話し声」ー職場の「音環境」調査ー」)
https://usen.com/cms_data/newsrelease/pdf/2013/20130724_1010.pdf
1枚目もグラフでは7割近くの職場が「非常に静か」「どちらかというと静か」であり、また、2枚目の静かすぎる職場については半数以上が「非常に居心地が悪い」「たまに居心地が悪い」と感じている、という結果です。
音環境と集中力の関係
オフィスとは静かなところである。そんなイメージは「当たり前のように」あることかもしれません。確かに、スピーカーからずっと音楽が流れ続けている状態は職場にふさわしくない、仕事中にイヤホンをつけているのはマナーに反する、と思われがちかもしれません。
しかし皆さんには、「ラジオを聴きながら勉強していた」経験があったりするのではないでしょうか。自分の中に「この曲を聴くとやる気が出る」「これを聴いていると集中できる」といった音楽の1つや2つはあるのではないでしょうか。
USENの別の調査では、調査対象の約2割が「仕事中にマイ音楽を聴く」としており、その理由として約7割が「集中したいから」と答えています。*1
また、特に自然音には、思わぬプラス効果があることがわかっています。
「バイオフィリア」とは
人間と自然界の関係として「バイオフィリア」という考え方があります。アメリカの社会生物学者エドワード.O.ウィルソンが提唱したもので、人間が「生命および生命に似た過程に対して関心を持つ生得的傾向」と定義されています。*2
人間には”自然とつながりたい”という本能的欲求がある、という概念で、この概念を空間に反映し、建築物に植物、自然光、水、香り、音等の自然環境の要素を反映したデザインは バイオフィリックデザイン(Biophilic Design)と呼ばれています。
バイオフィリックデザインをオフィス空間に取り入れると、緑や自然音などの効果でオフィスワーカーのストレスが軽減し集中力が増すことで、幸福度、生産性、創造性が向上するという研究結果が発表されています。*3
シアトル・ダウンタウンのAmazon本社では大規模に導入されています。

(出所:Amazon「Amazonのオフィスツアー vol.1:シアトルにあるAmazonの都市型熱帯雨林「The Spheres(スフィアーズ)」の16のおすすめポイント」)
https://www.aboutamazon.jp/news/amazons-offices/office-tour-seattle-the-spheres
また、国内では観葉植物や自然音のハイレゾ音源の有無とストレス軽減の効果の関係を調べた結果もあります。

(出所:国土交通省「平成30年度 首都圏整備に関する年次報告 要旨」)
https://www.mlit.go.jp/common/001294641.pdf p32
植物に加えて自然音があると、さらにストレスが軽減されていることがわかります。
自然音が心地よく感じる理由は「1/fゆらぎ」
さて、なぜわたしたちは自然環境や自然音にリラックス効果を感じるのでしょうか。
その理由は「1/fゆらぎ」にあるとされています。*4
1/fゆらぎとは「半分予測できて、半分予測できない動き方」のことをいいます。
川の流れる音や小鳥のさえずり、波の音などは一定の間隔があるように感じられつつも厳密にはそうではなく、ゆらいでいます。人間はこのゆらぎを心地よく感じる、というものです。
ヤリイカを使った実験では、イカの神経軸索の一端に完全にデタラメな間隔、つまり全く予測不能な間隔で電気パルスを与えると、軸索の反対側から出てくるときにはきれいに1/fゆらぎの間隔に整理されているといいます。*5
実は身近なところでも使われています。
筆者にはデジタルでの音源制作に携わっている知人が数人いますが、例えばドラムの音などは完全にメトロノーム通りにするのではなく、所々「わざとずらす」のだそうです。機械的なものにしないためです。
ですから音源では、ドラムは一定の間隔で規則正しく叩かれているようでいて、そうではないのです。まさに「半分予測できて、半分予測できない」状況を作り出していると言えます。
ストレスを軽減する「ホワイトノイズ」
ストレスを軽減するもうひとつの種類の音があります。
先日筆者は自宅の不動産管理会社から電話を受けたのですが、隣の建物の住人から「深夜に金属音のような雑音が聞こえるが心当たりはないか」という話でした。
冷蔵庫の音をすごく大きくしたようなものの存在には筆者も気づいていて、特に在宅で仕事をする筆者には苦痛なほど耳障りでした。
そこで試してみたのが「ホワイトノイズ」です。YouTubeに大量にアップされています。ホワイトノイズとはさまざまな周波数の音を同じ強さでミックスした音で、音の「マスキング」ができるというものです。耳障りと感じる音の周波数と同じ高さの音を聴くことで、雑音をかき消してくれるというものです。*6
様々な種類のものがあるので、筆者は時々選んで使っています。
いまは特定の周波数を強調した音源もYouTubeによくアップされているので、筆者はその雑音の周波数に近いものを探して流してみたところ、集中できました。
同じ周波数の音でも、機械的なノイズや不快と感じる人の話し声などよりも、自然音のほうが聴いていて心地よいということでしょう。
「音」を活用したオフィス設計も検討してみよう
オフィスでBGMが流れている、イヤホンで自分の好きな音を聴きながら業務している人がいる、という状況はいまいち想像がつかない、という方は多いことでしょう。しかし実際、「音」もまた空間を構成する要素のひとつです。
ただ、音楽の好みは人それぞれですから、オフィス全体に特定の音を流し続けるというのは難しいかと思います。
ですから、音のあるリラックススペースを設けたり、通路では心地よい音を流すという形があるでしょう。
サテライトオフィスがある場合は、それぞれにテーマを変えるという方法もあります。


また、いまは節電のために通路や廊下の照明を落とし、薄暗くなっているオフィスを筆者も多く目にします。こうした殺風景になってしまう場所にバイオフィリアを導入するという考え方もあります。
部分的な導入であっても休憩時間を「自然浴」で満たすという方法などで、その後の業務に集中できるといったメリットを生み出すこともできます。バイオフィリアには様々な導入方法があり、社員のエンゲージメントを高めてくれることでしょう。
この記事を書いた人

清水 沙矢香(しみず さやか)
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアや経済誌に寄稿中。
資料一覧
*1 USEN「仕事中5人に1人が「マイ音楽」で「集中」、同僚の約半数は「不快」ー仕事中に個人で音楽を聴くことに関する調査ー」
https://usen.com/cms_data/newsrelease/pdf/2013/20130710_1008.pdf p2-3
*2 山本容子「中学生のバイオフィリアに関する認識の実態ー「自分と他の生物とのかかわり方」を考える授業を通してー」日本科学教育学会研究報告Vol.33 No.8(2019)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsser/33/8/33_No_8_180812/_pdf p61
*3 国土交通省「平成30年度 首都圏整備に関する年次報告 要旨」
https://www.mlit.go.jp/common/001294641.pdf p31
*4 大阪音楽大学「心を癒やす音楽の力、1/fゆらぎのひみつ①」
https://www.daion.ac.jp/muse/feature/01-1/
*5 大阪音楽大学「心を癒やす音楽の力、1/fゆらぎのひみつ②」
https://www.daion.ac.jp/muse/feature/01-2/
*6 オーディオテクニカ「ひそかに話題!ホワイトノイズとはどんな音?」
https://www.audio-technica.co.jp/always-listening/articles/white-noise/
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