
2025年、企業の本社は再び東京エリアへ集まり始めた。地方から首都圏へ本社を移した企業は363社で、過去35年で最も多い。アクセンチュアやアマゾンが週5日出社化を打ち出すなど、世の中は「出社回帰」「東京回帰」の真っ最中だ。
ところが、その流れに乗らずに「長野」を選ぶ企業が増えている。2024年、長野県に本社を移した企業は26社で過去最多を記録した。2025年も転入22社に対して転出は6社、差し引き16社の転入超過で、2年続けて「来る企業」が「出る企業」を大きく上回った。
なぜ今、長野なのか。本社移転を検討する経営者にとって、ここから読み取れる長野の魅力と、本社誘致で予想される効果は、どのようなものか、読み解いていく。
全国は東京へ戻り、長野はその逆を行く

長野へ来る企業の中身を見ると、この動きの主役は東京だとわかる。2024年に長野県へ来た26社の出身地は東京都の11社が最多で、2025年も転入元の45.5%を東京都が占めた。業種も製造業中心ではなく、本社機能を含むサービス業が主体だ。
- 転入元:2024年は東京都からの11社が最多、2025年も転入元の45.5%が東京都
- 業種:2024年はサービス業8社、卸売業5社、製造業4社
- 転出は減少:2025年の転出は6社で、前年の12社から半減
実例の顔も出てきている。ホームセンターや建設を手がける綿半ホールディングス(東証プライム)は1598年創業の長野発の企業だが、2024年6月、東京・新宿の本社に加えて創業地の飯田市へ本社機能の一部を順次移す2本社制への移行を明らかにした。世の中の本社が東京へ戻る流れの中で、東京から長野へという逆向きの判断が、じわじわ積み上がっている。
長野ってどんなところ?

長野市は長野県の県都で、人口は約37.3万人(2020年国勢調査)。国宝・善光寺の門前町として1400年の歴史を持ち、1998年冬季オリンピックの開催地としても知られる。本社誘致の文脈で押さえると、こんな顔をしている。
- 東京駅から最速1時間17分:北陸新幹線「かがやき」で最速1時間17分(指定席8,450円〜)
- 産業集積:長野市本社の新光電気工業(半導体パッケージ大手)を筆頭に、県内にはセイコーエプソン(諏訪市)など精密機械・電子部品が長年蓄積
- 観光・食:善光寺、戸隠そば、信州牛、ワイン、温泉(湯田中渋温泉郷など)
- 教育・研究:信州大学(工学部・経法学部)。長野市が信州大学と連携したスタートアップ創出業務(起業教育プログラム)を実施
東京から1時間17分というのは、神奈川県の郊外通勤と同じ距離感だ。日帰り出張も普通に成立する圏内に、半導体・精密機械の産業集積と、善光寺の門前町が並んでいる。新幹線に乗ってしまえば、東京と長野は実質的に地続きと言っていい。
出社回帰の中で「長野」を選ぶ理由

2025年、出社回帰は強い流れになった。アクセンチュアは6月から国内約2万7,000人の全社員に週5日出社を義務づけ、アマゾンも週5日出社へ戻した。それでも、本社の場所そのものを動かす判断は、働き方の議論とは別の論理で進んでいる。
ここで誤解したくないのは、長野に動く企業は「リモートで働ける場所として長野を選んだ」のではない、ということだ。出社は出社。ただし、その出社する場所そのものを首都圏から離して置く。人材を首都圏との取り合いで奪われない、家賃と雇用コストが首都圏の水準に引きずられない、首都圏の災害リスクと本社機能を切り離せる──こうした「本社のあり方」を選び直す判断が、いま長野に集まる動きの中身だ。
長野市が動く理由 ── 若い世代という痛み

長野市が「呼ぶ側」として動く根本にあるのは、人口減少と若年層流出という痛みだ。
- 2020年国勢調査:総人口約37.3万人
- 2060年推計:約27.4万人まで減る
- 男女とも15〜19歳・20〜24歳で転出超過(進学・就職が主因)
- 「長野市産業立地ビジョン」:「若い世代の流出が顕著で、人手不足が企業の経営上の大きな課題」と明記
呼ぶ側の本音は雇用数の絶対値ではなく、若い世代がここで働ける選択肢を増やすことだ。経営者にとっては、「人手不足の地方市場に出ていく」のではなく、「若手人材を首都圏との取り合いで奪われない側」に立つ、という構造が用意されつつある。
すでに長野市にいる企業の顔ぶれ
長野市に腰を据えている企業の顔ぶれを並べると、本社誘致の説得力が見えてくる。後述するBOOST NAGANO セミナーに登壇したのも、長野市で実績を持つ3社だ。
- 新光電気工業:長野市本社の半導体パッケージ大手。長野市の産業集積を代表する企業
- ベネフィット・ワン:福利厚生アウトソーシング大手(第一生命グループ)。2022年3月、長野市にオペレーション拠点「長野BPOセンター」を開設し、事務業務の新拠点として地元就業・UIターン人材を雇用している
- d-ネクスト:長野市の土地活用・開発コンサルティング会社。1974年創業、旧・第一土建コンサルタント
- 信州大学との産学官連携:スタートアップ創出・人材獲得の動線
3社の役割は分かれている。地場の製造業大手(新光電気)、首都圏から機能を移した大手サービス業(ベネフィット・ワン)、地元の開発を担うコンサルティング会社(d-ネクスト)。特にベネフィット・ワンの長野BPOセンターは、首都圏企業が長野市に本社機能の一部を置いた実例そのものだ。「長野=製造業の町」というイメージから一歩出た生態系が、既に動いている。
本社移転コストはどれくらい減るのか ── 国・県・市の助成

本社を長野に移す経営判断で最初に効いてくるのは、初期投資と運用コストがどこまで減るかだ。長野は国・県・市の3つの助成が重ねて取れる設計になっており、本社機能を一部だけ切り出すケースから、本社全体を移すケースまで、規模ごとに入口が用意されている。
- 長野県:本社等移転促進助成金 最大3億円(建物・設備取得費の一部、賃貸料、雇用助成)
- 長野県:産業投資応援助成金 最大10億円(製造業などの工場・研究所の新増設向け)
- 長野市:オフィス家賃の半額を3年間助成
- 長野市:新規雇用1人につき10万円を助成(雇用人数などの要件あり)
- 長野市:固定資産税相当額を最大3年間助成
- 国:地方拠点強化税制(本社機能の地方移転で税制優遇)
経営企画・人事・経理といった一部門だけを長野市内のオフィスに切り出す小さな入口から、本社全体を移す大掛かりなケースまで、規模によって使える制度は変わる。県と市の制度は対象も要件もそれぞれ異なるため、移転を本気で検討する段階では、自社が移す機能の規模と中身でどの助成が取れるかを設計するところから始めることになる。
長野市×JLLで「ブースト」── BOOST NAGANO
2026年3月12日、東京・紀尾井タワーで長野市主催の企業誘致セミナー「BOOST NAGANO 〜産学官協創で未来を拓く企業誘致のマスタープラン〜」が開催された。協賛は不動産大手のJLL(市委託事業者)。長野市がここまで積み上げてきた本社誘致の打ち手を、首都圏の経営層に直接届ける場として企画された。
- 日時:2026年3月12日(木)16:00〜19:30、JLL日本本社(紀尾井タワー)にて開催(講演・パネルの後に懇親会)
- 主催:長野市、協賛:JLL(市委託事業者)
- 登壇:長野市 荻原健司 市長/経済産業省 地域経済産業政策課 斎藤智哉氏/新光電気工業/ベネフィット・ワン/d-ネクスト
- 司会:アナウンサーの延友陽子氏
不動産プロを「自治体側」に立たせる構成は、企業の不動産パートナーを通じて誘致情報を直接届けることを意味する。長野市の「呼ぶ」動きに、JLLが持つ首都圏企業ネットワークが乗ることで、本社誘致のリーチが一段増幅される。BOOST NAGANO は、そのブーストが具体的に開いた場だった。
まとめ

世の中の本社移転は東京回帰の流れにある。その中で長野市は、若い世代の流出という痛みを起点に、助成制度と実例、そしてJLLの首都圏ネットワークまで揃えて「呼ぶ側」に回った。企業の側の判断も、東京か地方かの二択ではなく、本社機能をどこに、どれだけ置くかという設計の問題に変わりつつある。
本社移転を検討する経営者にとって、長野は東京から1時間17分の場所に、本社機能の受け皿を制度ごと用意した自治体だ。本社をどこに置くかの答えは、これから企業ごとに分かれていく。長野は、その問いに対するひとつの具体的な答えとして、見ていきたい。
この記事を書いた人

吉田 学
ウチダシステムズのスタッフを中心に、組織作りや場づくりについて議論を交わしています。業務の中で実際に役に立ったことなどを紹介していきます。
参考資料
全国の本社移転動向(マクロ)
- 首都圏「本社移転」動向調査(2025年)|帝国データバンク
- 首都圏「本社移転」動向調査(2024年)|帝国データバンク
- 出社回帰企業一覧|エデンレッド
- アクセンチュアが6月から全社員に週5日のフル出社を要求|日経クロステック
- 世界で広がる「出社回帰」がわかる記事10選|日本経済新聞
長野県・長野市の本社移転動向
- 長野県への本社移転26社で過去最多 2024年、民間調査|日本経済新聞
- 長野県・本社移転動向調査(2024年)|帝国データバンク
- 長野県・「本社移転」動向調査(2025年)|帝国データバンク
- 長野市、企業誘致でJLLと連携 大企業呼び込み若年層つなぎとめ|日本経済新聞
- 綿半ホールディングス、飯田市にも本社 東京と2本社制に移行|信濃毎日新聞
長野市のキャラ・データ
- 長野市人口ビジョン 改訂版(PDF)|長野市
- 長野市産業立地ビジョン|長野市
- 長野市への立地をご検討の方へ|長野市
- 長野市と信州大学との連携によるスタートアップ創出業務委託|長野市
- 東京駅から長野駅までの新幹線料金・時間・時刻表|駅探
助成制度
- 本社等移転促進助成金|長野県企業立地ガイド
- 長野県産業投資応援助成金|長野県企業立地ガイド
- オフィス家賃等補助事業|長野市
- 雇用創出企業立地支援事業|長野市
- 工場等設置事業(固定資産税3年助成)|長野市
- 地方拠点強化税制(長野市)|長野市
BOOST NAGANO セミナー(副軸)
- JLL、長野市と3月12日に「長野市企業立地セミナーin東京」を開催|JLLニュース
- 長野市 PRESS RELEASE「長野市企業立地セミナーin東京 BOOST NAGANO」(PDF)
- JLL日本について
登壇企業・立地企業
- 綿半ホールディングス 企業概要
- 新光電気工業株式会社
- 株式会社ベネフィット・ワン
- ベネフィット・ワン 長野県にオペレーション拠点を開設|PR TIMES
- ベネフィット・ワン、長野市に事務作業の新拠点開設|日本経済新聞
- 株式会社d-ネクスト
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