
日頃のオフィスで、なかなか部下や上司に話しかけにくいと感じている人は少なくないことでしょう。
なぜでしょうか。精神的な距離を感じるから?忙しいから?
いずれも当てはまりそうですが、実はちょっとした工夫でコミュニケーションは変わります。座る位置を変えるだけで話の内容や距離感は変わる、というものです。
この現象を心理学の観点から見ていきましょう。
コミュニケーションを取りにくい理由
エン・ジャパンが20代〜50代の会社員を対象に実施したコミュニケーションについてのアンケート調査によると、7割が「上司または部下とのコミュニケーションに課題がある」と回答しています。*1
その理由としては、下のような項目が挙げられています。
まず、上司のほうです。
【図2】現在、上司の方に伺います。具体的にどんな課題を感じますか?(複数回答可)
2.png)
(出所:エン・ジャパン「1800人のビジネスパーソンに聞いた「上司・部下間のコミュニケーション」調査ー『AMBI』『ミドルの転職』ユーザーアンケートー」)
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2024/38805.html
注目したいのは「相手との精神的な距離感を感じる」「深い議論になりにくい」「自分の仕事のペースに影響が出る」という点です。
これは、部下の側も感じていることだからです。
【図3】現在、部下の方に伺います。具体的にどんな課題を感じますか?(複数回答可)
3.png)
(出所:エン・ジャパン「1800人のビジネスパーソンに聞いた「上司・部下間のコミュニケーション」調査ー『AMBI』『ミドルの転職』ユーザーアンケートー」)
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2024/38805.html
相手との心理的な距離、深い議論になりにくい、自分の仕事のペースに影響が出る。
この3つは上司、部下ともに共通の課題になっています。
「忙しい」は会話できない理由にならない
しかし、「忙しい」は言い訳にならない、そんな事例があります。
ある特別養護老人ホームでの出来事です。*2
利用者になかなか声をかけられずにいたAさんに、上司であるBさんがもう少し入居者と会話できないか、声かけをしてあげてほしいと伝えたところAさんは、
「自分は忙しすぎるから会話をする余裕がない」
と答えていました。すると上司Bさんは意外な指示を出します。Bさんは、
「では、2時間何もしなくていいから、お話だけをしてください」
とフリーな時間を与えたのです。
さて、その結果はどうだったでしょうか。
2時間後、上司BさんがAさんにどうだったか聞いたところ、Aさんは
「会話だけしようとすると案外難しかったです」
と答えたのです。
つまり、会話ができない理由は忙しさではなかったということです。
人との向き合い方が会話を変える
Aさんが会話をできなかった理由として、論文では入居者とAさんの「位置関係」が一つの要因だと考えられています。*3
立食パーティーの場を想像してみてください。
まず、テーブルで下のような位置(薄いグレーのポジション)に自分がいたとしましょう。そして他の2人は向き合って会話をしています。

(出所:京都大学学術情報リポジトリ「コミュニケーションと環境」三浦研)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/259655/1/traverse_17_106.pdf p107
Aさんは何か話さなければと考えすぎてしまい、向かい合って話し合っている2人のように、真向かいから話しかけようとして、会話が続かなかったと考察できるのです。
一方で立ち位置が異なり、下のようになっていたとしましょう。2人が斜めに向き合う形です。

(出所:京都大学学術情報リポジトリ「コミュニケーションと環境」三浦研)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/259655/1/traverse_17_106.pdf p107
これであれば、2人で会話をする場合、斜めに向き合うことで互いが見ている景色を共有でき、話のネタにしやすいという効果もあるでしょう。見ている景色が一緒であれば、天気の話や窓の外に見えるものも会話のきっかけになり得ます。
実はこの現象は、「スティンザー効果」として心理学の領域で知られていることです。
「スティンザー効果」とは
スティンザー効果とは、アメリカの心理学者スティンザーが発見した法則です。
会議など人が集まる場においては、3つの傾向があるといいます。*4
- 以前、会議などで議論を戦わせた人間は、その議論相手の正面に座りたがる
- ある発言の次に寄せられる発言は、反対意見である場合が多い
- 会議のリーダーの力が弱い場合は、参加者は正面にいる人間と話したがり、リーダーの権限が強い場合は、隣同士で会話がされる場合が多い
何らかの力関係が意識されているようにも感じられます。
そして、会議の流れはテーブルの形や出席者の座る位置にも影響を受けるとされています。テーブルの形は角テーブルよりも丸テーブルのほうが力関係の優劣が生まれにくく、自由に出席者から意見を出してもらいやすいと考えられています。*5
他の角度での座り方
また、他の角度で対面すると、以下のような心理が生まれるといいます。*6
・対面型で向き合うと相手の表情や視線を把握することができるが、一方で対立や緊張という心理的圧力を与えてしまう。
・90度型は「カウンセリングポジション」と呼ばれ、目線がずっと合うことはなく自由に逸らすことができるため、リラックスできる。
・平行型では、視線のプレッシャーを全く受けることなく、両者が同じ方向を見ることが可能になる。心理的に気持ちが近くなり、味方になってくれるかのように感じられる。


これらの角度を、時と場合に応じて使い分けるのが良いでしょう。
相手や人数に応じて座る位置を使い分ける
小学校教諭の経験を持つ香川大学の神野幸隆准教授は、保護者との面談で座る位置を使い分けているといいます。*6
保護者と一対一の面談では「90度型」、管理職や学年主任等も交えて面談する場合は、正面に管理職に座ってもらい、自分は保護者の隣に「平行型」で座り、担任と保護者が仲間として困り具合を共有している、というスタンスです。
オフィスの中にそれぞれの角度で座れる場所の選択肢を複数設置するのも良いでしょう。
「忙しい」を言い訳にしない新しいコミュニケーションの形が生まれるかもしれません。
この記事を書いた人

清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアや経済誌に寄稿中。
資料一覧
*1 エン・ジャパン「1800人のビジネスパーソンに聞いた「上司・部下間のコミュニケーション」調査ー『AMBI』『ミドルの転職』ユーザーアンケートー」
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2024/38805.html
*2 京都大学学術情報リポジトリ「コミュニケーションと環境」三浦研
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/259655/1/traverse_17_106.pdf p106
*3 京都大学学術情報リポジトリ「コミュニケーションと環境」三浦研
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/259655/1/traverse_17_106.pdf p107
*4 マルコ社「他人を支配する黒すぎる心理術」p155
*5 マルコ社「他人を支配する黒すぎる心理術」p156
*6 教育出版「#5「保護者との面談」の後悔」
https://www.kyoiku-shuppan.co.jp/line/library/topics/2023-2024/kokaikokai/0215.html
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