
「僕が作ったんじゃないので知りません」
もうずいぶん昔のこと、大学生だった私の兄貴がラーメン店でアルバイト中に、お客さんにそう言い放ったことがある。
「なんやこのラーメン、スープがぬるいやないか!」
そんなクレームに返した言葉らしいが、ホール係である自分にそんなこと言われても知らんがな、という想いだったようだ。
相手はガラの悪そうなお客さんだったというが、予想外の返事に面食らったのだろう。
「兄ちゃん、お前おもろいやつやな。おとなしく食べとくわ」
帰宅後にそんな話を聞かされたが、いくらなんでもなんちゅう無責任なヤツやねんと応じる。
少なくとも、そこはまず謝罪やろと。
その上で店長に聞きに行き、作り直すか返金の判断を求めるのが常識的な対応というものじゃないのかと議論を交わす。
「わかった、もうええわ(笑)」
こんな店員なら言っても無駄だと諦め、お客さんがそう返すのも無理はない。
しかしそれからずいぶんと時間が経ち、今はこう思っている。
実は兄貴の対応こそが、正しいのではないのか。
私たちはもっと、「そんなん知らんがな」と、“責任放棄”すべきではないのだろうかと。
“頭の良い人の屁理屈”
話は変わるが、平成初期あたりに20代をすごしたビジネスパーソンであれば、「アイゼンハワーマトリクス」という言葉に聞き覚えがあるのではないだろうか。
職場の教育や研修で叩き込まれた記憶がある人もいるだろう。意識の高い人であれば、自ら書籍で学んだことがあるかもしれない。
時間の使い方を「緊急」「重要」の2軸に分けて、効率よく仕事を消化しろという“ビジネススキル”である。
少しだけおさらいすると、チャッピーAIに「アイゼンハワーマトリクスの概念を図にして」とお願いしたら出してきたのが、以下である。
ネット上でどう解説されているのか、その最大公約数的なものなのだろう。

【第1領域】
重要かつ緊急な課題処理などの仕事は、今すぐやれ。
【第2領域】
重要だけど緊急ではないスキルアップや自己投資の仕事は、計画的にやれ。
【第3領域】
緊急だけど重要ではない突発的な来客の仕事など、部下に任せろ。
【第4領域】
重要でも緊急でもないSNSや動画の視聴など、やめてしまえ。
要旨そのようなことだが、これほどバカバカしい考え方があるだろうかと、当時も今も“頭の良い人が考えた屁理屈”だと思っている。
というか、第4領域の「意味のないSNSや動画視聴」「無駄な時間の浪費」など、仕事ですらないやんけ。
結論ありきの恣意的な誘導がネット上の最大公約数であることに、改めて驚く。
その上で、この考え方の最悪なところは、組織運営という概念が完全に抜け落ちていることだ。
20代の若者で、言われるままに仕事をこなす立場であれば、まだ許される。
自分の仕事と時間を効率化することが求められる立場なので、一部正しいともいえる。
しかしこれが中間管理職、まして経営者になれば全く話が違う。
例えば部長がこの教えを愚直に守り、突発的な来客の仕事などを課長にムチャ振りしたらどうなるか。
それは課長にとっても、第3領域の「突発的な来客の仕事」でしかないではないか。部長の不始末を押し付けられた、“効率ごっこ”の犠牲者である。
「重要でない会議や報告」を軽く扱うことも、同様である。
自分にとって重要でなくとも、課長や主任クラスにとって、部長の判断を待たないと動けない仕事ならどうなるのか。
軽視し適当に扱ったら、たちまちスタックしてろくでもない結果になるに決まっているだろう。
全体最適をはかるべきポジションにありながら、「自分の都合を優先させる部分最適」な判断を促す、とんでもない考え方ということだ。
しかしそれ以上に、この「アイゼンハワーマトリクス」の概念には致命的な欠陥があるが、おわかりだろうか。
「部下は本質的に、効率化なんぞに1mmたりとも興味がない」
そんな、人として当たり前の前提が欠落しているからだ。
考えてもみて欲しいのだが、こんなオモチャみたいなマトリックスを渡されて、目から鱗のように感じる社員がどれだけいるだろうか。
100歩譲って、この概念を身に着けることで本当に仕事が効率化するとする。
そうなれば、同じ勤務時間の中で余計にたくさんの仕事を押し付けられるか、人余りで同僚がクビになるか、あるいは給料が減らされる未来しかないではないか。
仕事の効率化にメリットがあるのは経営者だけであり、世の中のほぼ100%の「働いてくれる人」は、何一つ得をしない。
8時間職場に在席していることを義務付けられている人が、同じ仕事を6時間で片付けられるようにスキルアップしたらこう怒られるのである。
「なに暇そうにしてるねん、仕事やる気あるのか!」
結局のところ、「効率化すれば得をする」というモチベーションとセットでなければ、このような施策は組織にとって、まったく意味をなさない。
だからこそ、“頭のいい”上司などがこの手の「効率化」施策を持ち込んでくることがあれば、ぜひ質問して欲しいことがある。
「それをやる私のメリットは何ですか?」
「仕事を効率化して、定時より早く帰ることが許されるのですか?もしくは給料が増えるのですか?」
そこまで言わないと頭の悪いリーダーは、けっして現実を理解しない。
「謝罪してくれてありがとう」
話は冒頭の、学生時代の私の兄貴の“非常識”についてだ。
「僕が作ったんじゃないので知りません」
ラーメン屋さんのアルバイトで顧客にそう言い放ったことをなぜ今は、正しい対処法だと考えているのか。
もっと言えば私は、お客さんからクレームを入れられたらアルバイトは極論、ここまで言っていいと思っている。
「おっしゃるとおり、ウチのラーメンマズいですよね」
「ウチの店長、温度管理もできない出来損ないなんですよ」
ホール係のアルバイトであれば、商品のクオリティや味などに、なにの職責も持っていないからだ。
「それは違う。自分の職責を超えて責任を負う覚悟があるからこそ、上に行けるのが組織というものだ」
会社経営者であれば、そんな発想をする人がいるかもしれない。
給料をもらっている以上、組織や上司を傷つけるような言動は許されないと考える人もいるだろう。
しかしそれは、怠慢で無能なリーダーの言い訳でしかない。
当然だろう。なぜ職責もなく、改善する権限もないことで、現場のアルバイトが経営者やリーダーの失敗を謝罪しなければならないのか。
まして、顧客の罵声を引き受けストレスに晒されなければならないのか。
正社員であっても同じである。
「お前じゃ話にならん、話ができる上司を呼べ!」
そんな言葉を、遠慮なく顧客から引き出せばいいのである。
その仕事の仕組みをつくったのは、経営者であり上司なのだから。
「まずは現場が謝罪し、その後リーダーや経営者に報告をする」
現実的な対応としてそのように振る舞うことは、もちろん理解できる。
しかしそれは、「そうするのが当然」などでは決してないということだ。
「自分に代わり、謝罪してくれてありがとう」
リーダーは必ず、そう言葉にして感謝をする仕組みにしなければならない。
上司や経営者を甘やかすと、無能なリーダーがますます勘違いし、組織は急速に劣化していってしまうからだ。
「アイゼンハワーマトリクス」も同様である。
仕事をしているフリをしたい上司や経営者が、流行りのカッコイイ論理を組織に持ち込もうとしても、絶対に甘やかしてはならない。
「まったく意味がないと思います。余計な仕事が増えるだけでモチベーションも落ち、逆に生産性が阻害されると思いますが、本当にいいのですか?」
もし仕事や組織を本当に大事に思うのなら、そう直言すべきだ。
もちろんそんなこと、組織人であれば難しいことは理解している。
誰だって生活ありきで仕事をしているのであって、穏やかにやり過ごせるのであればそうしたいものなのだから。
だからこそ、このメッセージ性は部下というよりも、リーダーと呼ばれる人たちに理解して欲しいと思い書いている。
「筋を外して部下を叱責していること、理解できてますか?」
そんな思いに少しでも共感してもらえるなら、こんなルールを導入することをぜひ、考えて欲しい。
「僕が作ったんじゃないので知りません」
現場にそんなことを言う自由を与え、「なにかあったら責任者を引き出し、キッチリと筋を通す」こと。
リーダーにそのような仕組みをつくる度量があれば、きっとその組織はますます強くなれるはずだ。
“現場の責任感”が上司や経営者を甘やかすことなど、けっしてあってはならない。
各組織・会社にあったやり方でぜひ、それを形にして欲しいと願っている。

この記事を書いた人
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)など
若い頃、女性社員が8割を占める中堅企業で、No.2を務めてたんです。どの人たちもものすごく怖く、役員といえど全く甘やかしてもらえませんでした。現場の状況や会社の体たらくを厳しく突き上げて下さったので、本当に勉強になり会社も良くなりました。そんな原体験を思い出しながら、今回のコラムにしました。
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
組織力の強化や組織文化が根付くオフィス作りをお考えなら、ウチダシステムズにご相談ください。
企画コンサルティングから設計、構築、運用までトータルな製品・サービス・システムをご提供しています。お客様の課題に寄り添った提案が得意です。
