「定時」などという概念は、もはや無くしてしまった方がいい

「暇そうな社員が何人かおったけど、フレックスにせんのか?」
「先に同僚が帰ったら、仕事終わってへん社員のモチベーションが落ちるやん?」

少し以前のこと、夕方ごろに友人の会社に行き違和感を覚えた時の事だ。
忙しそうにしているシマがある一方で、ネットを見ながら遊んでいるシマもあり質問をしたのだが、そんな回答に驚くことがあった。
応接に通してもらい、会話を続ける。

「仕事が終わらん社員のモチベはわかったけど、終えてる社員のモチベも大事やろ」
「そういう社員には他のシマを手伝うように言うんやけどな…」
「インセンティブもないんに、するわけないやん。わかりやすく暇そうな態度を見せてくれてるだけ、まだマシやぞ」
「それはちゃうやろ。仕事してる社員に失礼やん」

昭和世代の上司には、このタイプがとても多かった。
そんなこともあり、仕事ができる友人の意外な一面に驚きを隠せない。

「うーーん。それって“昭和の校則”のように、無意味な形にこだわって本質を損なってる気がするぞ」
「ずいぶんやな、どういう意味やねん」

“常識という非常識”

「そうやな…。少しウチの業界の話を聞いてくれるか」

2010年代から盛んになったwebライターという仕事について、副業でやってみたいと思ったことがある人も多いだろう。
仕事は本当にピンキリで、メガバンクや大手メーカーの記事制作を1本数十万円で請け負う人から、個人ブログの執筆代行を1本100円で請け負う人まで玉石混交の世界だ。
そんな業界でディレクターをしていると、自称ライターを名乗る人から売り込みを受けることが多い。
そして99%の人が、このようなことをいう。

「文字単価1円でいいので、書かせてください」
「FPの有資格者ですので、文字単価3円以上でお願いしています」

文字単価というのは、「原稿を書くのに何文字使ったか」で報酬を決定する仕組みだ。
例えば「車で行ける東京近郊の温泉宿」というテーマの仕事があるとして、文字単価3円の場合、原稿用紙3枚分(1200文字)で3600円、5枚分(2000文字)なら6000円になる。
業界では、このような報酬体系が鉄板の常識になっている。
そんなことを説明し、質問をする。

「この報酬の計算方法、どう思う?」
「たくさんの情報を収集して長文を書く方が、そら報酬が高くなって当然やろ」
「…別の聞き方するわ。自分がその仕事を請け負ったライターなら、どうする?」
「なるべく多くの文字を投入して、たくさんの原稿料を貰おうとするに決まってるやん」

まさにその通りである。
文字単価というルールは必然的に、「できるだけたくさんの文字を盛り込む」というモチベーションを書き手に喚起する。
しかし止めどもない長文を書かれたら予算オーバーになるので、多くの場合発注者は、3000文字以内などと上限を設定する。
するとどうなるか。

「無駄な修飾語、関係の薄い情報なんかで目いっぱい水膨れさせて、楽に3000文字を埋めようとし始めるねん」
「そんな仕事するライターには、次の仕事出さへんだけやんけ」
「じゃあ本質で仕事ができるライターって、どれくらいいると思う?俺は今まで2万人以上の自称ライターさんから売り込みを受けたけど、僅か40人、0.2%以下の人にしか仕事出してないねん」
「そんなん、業界として成立してへんやんけ」

まさにその通りだ。
当たり前のことだが、自称ライターの多くの人は学校教育で習う程度の文章力しか身につけていない。
書き言葉と話し言葉の違い、ファクトとオピニオンの書き分けというような、物書きに求められる最低限の素養すら無い人が99%である。
画家や音楽家がそうであるように、商業ベースでお金を稼げるライターが0.2%しかいないのは当然のことだ。
もう一つケタが低くても、おかしくないくらいである。

「でもな、これ業界のクソルールのせいで“仕事ができる人”を潰している側面もあるねん」
「どういうことや」
「俺は、文字単価なんて発注は絶対しない。必要なコンテンツと、メディアの目的を説明して、1本いくらで発注する。文字数なんかどうでもいい。するとどうなるかわかるか?」
「…目的が変わるな」
「さすがやな、その通りや」

“文字単価5円、3000文字以内で東京近郊の温泉に関するコラムを書いて欲しい”
そう発注すれば、書き手は3000文字の尺に合わせて、できるだけ楽に水膨れの文章を書こうとする。
規定の文字数を埋めることが要件であると理解し、それが目的化するからだ。
このようにして、ネットにゴミみたいなコンテンツが溢れるようになり、今も溢れている。

では、こんな発注の仕方であればどうか。
“メディアの目的は、東京近郊の温泉地に車で出かける観光客を増やすこと。文字数はお任せ。報酬は15,000円”
このような依頼であれば、書き手の意思は「車で出かける楽しさを表現すること」に向かう。
それが要件であり、目的化するからだ。
逆に言えば、このやり方で要件を満たそうとしないなら、プロ以前の問題である。

ではなぜ、前者のような“常識という異常な非常識”がまかり通っているのか。
それはディレクターの目的もまた、「それっぽいものを納品すること」だからである。
メディアのことも読者の事も眼中になく、仕事の目的も理解していない。
ディレクター自身が「原稿を納品すること」が目的化しているのだから、成果物の仕上がりがそうなって当然というものだ。

こういった3流以下のディレクターが、これまた3流以下のいわゆる“1円ライター”に仕事を発注することで、webをゴミだらけにしてきた。
そんな業界では、1流ライターの素養がある人ほどすぐに見切りをつけ、去っていく。
当たり前だろう、“文字単価”などというふざけたルールで、プロの物書きが文章を書くわけがないのだから。

クソルールが人と組織を壊す

「ルールや制度って、その中で仕事をする人のモチベーションを強力に方向づけるねん。文字単価などという報酬で仕事を定義すると、それを満たすことが目的化するんよ」
「確かに、それは常識がおかしいわな」
「仕事が終わっても、定時まで座っていることが義務付けられたらどうや?」
「…」
「まったく同じやねん。時間という尺に合わせて仕事をし始めるんよ。だから本当は暇なんに、難しい顔して仕事を水膨れし始めるねん。せんでもいいダメ出し、どうでもいい説教、無駄な日報の強制とか、やってる管理職おらへんか?」
「なんかわかる気がする。ちょっと考えてみるわ」

“定時まで仕事をしている人のモチベーションに配慮すべき”
そんなリーダーの思想で動く組織は、「一番遅い人」が基準になって仕事が進む。
本来ならとっとと上がってリフレッシュに充てるべき時間が、無駄に心身を削られる最悪の時間に変わってしまう。

昭和世代の上司には、このタイプがとても多かった。
そしてこのような価値観のリーダーが、日本の生産性を破壊してきたと確信している。
仕事をしているフリをしなければならない職場の空気感ほど、人の意欲をへし折るものはない。

この記事を書いた人

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。主な著書『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)など

「おい待て!まだ仕事してるヤツがいるんに、自分だけ先に帰るつもりか?」平成初期の頃、20時や21時に帰ろうとしても、そんなことを言ってくる上司はまだまだいました。そういう上司ほど、成果を出せてなかった気がします。

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