オフィスに起因するバイアスも!組織のバイアスはこうして防ごう

バイアスは人間の脳の処理方法に起因するため、誰にとっても避けることが難しい。
また無自覚であるため、ビジネスでは誤った判断を招くことが多く、注意が必要である。

職場に共通してみられるバイアスは実に150種類以上あるといわれるが、そのなかにはオフィスが原因で生じるバイアスがあることもわかっている。

私たちはどのようにしたらバイアスを回避することができるのだろうか。

2002年にノーベル経済学賞を共同受賞した行動経済学の祖、ダニエル・カーネマン氏の著作を中心にみていこう。*1

2つのシステム

人間の認知システムには、反射的に動く「システム1」と、じっくり考えて反応する「システム2」の2通りあると考えられている。*2
まず、この2つのシステムについて押さえていこう。

「システム1」は高速で働く

システム1を理解するために、まず次の写真を見るようカーネマン氏は促す。*3

図1 女性の写真
出所)ダニエル・カーネマン著・村井章子訳『ファスト&スロー(上)』早川書房(電子書籍版)p.39

この写真を見るやいなや、この女性が怒っていることに気づくだろう。
また、この後、彼女が大声を発すると感じた人もいるかもしれない。

このように彼女の感情や今後の行動が頭に浮かんだのは自動的に生じたことで、この女性の気分を判断しようとか今後の行動を予想しようとか思ったからではなかったはずだ。

それと同じように、突然聞こえた声の方角を感知したり、おぞましい写真を見せられて顔をしかめたり、「2+2」のような単純な計算をしたり‥‥‥、これらはシステム1の例である。

システム1は自動的に高速で働き、努力はまったく必要ないか、必要であってもわずかである。また、自分でコントロールしているという感覚は一切ない。

「システム2」はスピードが遅い

一方、「17×24」という計算をしようとしたときはどうだろう。
少し時間をかけて計算しないと、答えが出ないのではないだろうか。
自分が今なにをしていて、次になにをしなければならないのか順序だてて考える必要がある。

このように、一連の計算手順をふんで答えを出すようなプロセス、複雑な計算など頭を使わなければならない困難な知的活動において働くのがシステム2である。
その典型は、熟慮、努力、秩序を要する作業だ。

2つのシステムの関係性とバイアス

次に、2つのシステムの関係性とバイアスについて考えていこう。

システムの分担

どちらのシステムも私たちが目覚めているときには、常にオンになっている。
システム1は自動的に働き、印象、直感、意志、感触をひっきりなしに産み出してはシステム2に供給する。

一方、システム2は通常は努力を低レベルに抑えたモードで作動しており、システム1から送られてきた材料を大抵、無修正かわずかな修正をしただけで受け入れる。

しかし、ものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握り、最終決定を下すのはたいていシステム2の方である。

こうした分担は非常に効率的である。
努力を最小化しつつ成果を最適化するようになっているからだ。

そして、ほとんどの場合、この分担がうまくいくのは、システム1が「いい仕事」をしているからにほかならない。
慣れた状況なら、システム1が作り上げるモデルは正確で、予測もおおむね正しい。
困難な状況に遭遇したときの初期反応も機敏でだいたい適切である。

しかし、例外もある。
それはシステム1が産み出すバイアスだ。

錯覚とバイアス

私たちは、何かを見たり、聞いたり、感じたりしたときなどに「無意識に“こうだ”と思い込むこと」がある。
これがアンコンシャスバイアス(以下、「バイアス」)である。*4

なぜバイアスが生じるのだろう。
次の図2をみてみよう。
上の直線と下の直線とでは、どちらが長いだろうか。*3

図2 「ミュラー・リヤー錯視」 
出所)ダニエル・カーネマン著・村井章子訳『ファスト&スロー(上)』早川書房(電子書籍版)p.53

一見して、下の線の方が長いと思ったのではないだろうか。
ところが、実際には2本の直線の長さは同じなのである。

では、「同じ長さだ」とわかったところで、もう一度見直してみたらどうだろう。
2本の線は同じ長さに見えるだろうか。
「同じ長さだ」ということはわかっているのに、それでも上の線より下の線の方が長く見えるのではないだろうか。

私たちは「同じ長さだ」という事実を知っていても、そう見えることを自分では決められない。つまり、システム1がやっていることを止めることはできないのである。

バイアスに直結する錯覚は、こうした目の錯覚だけでなく、記憶や思考にも起こり得る。

オフィスに起因するバイアス

上述のように、脳の無意識的な処理が私たちが下す決断の大部分を支配している。*5
SHRM財団は、職場に共通するバイアスには150種類以上あると指摘している。

そのなかにはオフィスに起因するバイアスがあることも明らかになっている。*6
それは、近接性バイアス(Proximity Bias)である。

近接性バイアスとは、「権力のある立場の人が、物理的に距離が近い従業員を優遇すること」を指す。*7

Slackが設立したリサーチ・コンソーシアム「Future Forum」がホワイトカラー1万人を対象に実施した調査では、40%以上の経営層がリモート社員とオフィス内社員の潜在的な不公平感を一番の懸念事項として挙げている。*6

このバイアスは次のような行為につながりやすいという。

  • 客観的な業績評価基準に関係なく、現場の従業員の仕事を遠隔地の従業員の仕事より高く評価する。
  • もっとも興味深いプロジェクト、任務、能力開発の機会を、現場の社員に提供する。
  • リモート社員を重要な会議から排除したり、通話中に発言するよう促さない。

こうした近接性バイアスは、ハイブリッドワークにおいては見過ごせない課題である。

バイアスはどうやって回避する?

では、バイアスはどうすれば回避することができるのだろうか。

個人の回避は難しい

カーネマン氏は、個人がバイアスを回避することについて懐疑的である。*3

なぜなら、システム1は自動運転していてスイッチを切ることができない上、システム2がエラーの兆候を察知できないことも多々あるため、バイアスは常に回避できるとは限らないからだ。
エラーの兆候があったとしても、それを防げるのは、システム2による監視が強化され、精力的にシステム1への介入が行われた場合だけである。

ところが、日常生活においてシステム2が絶えず監視するのは高コストであり、現実的ではない。四六時中自分の直感が正しいかどうかチェックするのは疲れるし、そもそもシステム2はゆっくりしか働かないため効率が悪いのだ。

それで、私たちにできる最善策は、失敗しやすい状況を理解してそれを見抜く方法を学習し、重大な失敗を防ぐべく努力することくらいしかないと、カーネマン氏は述べている。

組織におけるバイアスの対処法

ただし、それは個人の場合であって、組織ではバイアスを回避することがより容易である。
なぜなら、ほとんどの意思決定は多くの人たちの影響を受けるからだ。*8
そして、意思決定者には他者の思考に根づいているバイアスに気づく能力があり、それを活用できる。

それで、個人から集団へ、意思決定者から意思決定プロセスへ、ビジネスリーダーから組織へというように視点を転じれば、バイアスを意識化し回避する希望がもてるのである。

カーネマン氏が著者の1人であるハーバードビジネスレビュー論文『意思決定の行動経済学』では、カーネマン氏等が開発したチェックリストの活用を推奨している。

チェックリストは以下のように、3つのカテゴリーからなる12の質問で構成されている。
それぞれのカテゴリーごとに見ていこう。

<意思決定者が自問すべき質問>

このカテゴリーには、3つの質問がある。

提案者の私利私欲を疑う
ひとつめの質問では、提案者が私利私欲にかられて誤りを犯したのではないかを確認する。
ただし、この質問を提案者に直接、問いかけてはならない。そんなことをすれば、提案者の努力やモラルを疑っていると受け止められかねないからだ。
ここでの問題は、わざと嘘をつくということより、無意識の自己欺瞞や自己正当化の方が生じやすいということである。
その提案から通常以上のものを得る立場の人たちの提案については特に注意を払う必要がある。

②「感情ヒューリスティック」の影響を受けていないか
次の質問は「提案者たち自身が、その提案にほれ込んでいるか」というものである。
「感情ヒューリスティック」とは、好きなものを評価するときはそのリスクやコストを最小化しメリットを誇張する一方で、嫌いなものを評価するときにはその逆になるということだ。

③提案チームのなかに反対意見があったか
多くの企業文化では、上位者に対する忖度がある。
また、皆から支持されているように思われる決定に寄与することで、争いを最小限に抑えようとする傾向もある。
明らかに反対意見が抑え込まれたと思われる場合には、意思決定者は私的な会合などを通じて提案チームのメンバーから反対意見を慎重に集めるのが有益だ。
その際、意思決定プロセスで同調圧力に屈しなかった人の意見には特に注目すべきである。

<提案者に問うべき質問>

2つ目のカテゴリーには6つの質問が設定されている。

①類似例に影響されていないか
多くの提案は過去の成功の影響を受ける。類似した提案によってその成功を繰り返そうとするのである。
特別に印象深い出来事や類似例がチームの判断に過大な影響を与えたのではないかという疑いがある場合には、提案チームに別の検討をさせる。他の類似例を探させ、それぞれの事例を検討することを通じて、もともとの提案の妥当性を判断させる。

②信頼できる代替案が検討されたか
優れた意思決定プロセスでは、考えられるすべての代替案が事実に基づいて客観的に評価される。しかし、私たちには1つのもっともらしい仮説を立て、それを裏づける証拠だけを探そうとする傾向がある。
意思決定者は提案者に、どのような代替案を検討したのか、どの段階でその案を捨てたのか、提案の反証となるような情報を積極的に探したのかを問う。

③1年後に同じ意思決定をする場合どのような情報が必要か、それは入手できるか
私たちは直感によって、手元にある証拠に基づいて理路整然としたストーリーを組み立て、どこかに穴があれば埋めようとする。
それで、実はそこに欠けているものがあっても、それを見過ごしてしまう傾向がある。
この質問はデータの妥協性を確認するのに役立つ。

④数字の出所を承知しているか
この計画のうち、どの数字が事実で、どの数字が推定値か。それらの推定値は別の数字を整理して求めたものか、表に最初の数字を入力したのは誰か。
このように、提案の基礎になっている主な数字に集中してチェックすると、バイアスを見抜けるかもしれない。

⑤「ハロー効果」がみられないか
私たちには、目立ちやすい特徴に引きずられて、他の特徴に関する評価がゆがんでしまう傾向がある。
こうしたバイアスから、優良企業はすべての面でお手本のように思えてしまい、その企業が手がけたのと同様のプロジェクトを企画することがあるかもしれない。

⑥過去の意思決定にこだわりすぎていないか
未来ではなく、過去のある時点から選択肢を評価すると、判断を誤ってしまうおそれがある。
「埋没費用の錯誤」といわれるバイアスがその代表的なものだ。
新しい投資について考えるとき、将来のコストや売り上げに影響しない過去の支出は無視しなければならない。
意思決定者は、提案者に対して、過去ではなく次のCEOの視点で判断するように指示する。

<提案を評価するための質問>

3つ目のカテゴリーには3つの質問がある。

①予測は楽観的すぎないか
提案にはほとんどの場合、予測が含まれているが、それらの予測は過度に楽観的になりやすいという傾向がある。
予測と試算、計画と目標は影響し合うことが不可避であるため、混同しやすい。
たとえば、予測は正確でなければならないが、目標は高く掲げなければならない。
リーダーはこれらの数字を混同しないように注意する必要がある。

②最悪のケースは本当に最悪か
重要な意思決定を下す際、企業の多くは戦略チームにさまざまなシナリオを用意させるが、その中の最悪のケースが本当に最悪であることはめったにない。
そこで、意思決定者は、最悪のケースの出所はどこか、それは競争相手の出方にどれくらい影響を受けるのか、どのような想定外のことが起こり得るかを問い、そのリスクを減らすべきか、それとも提案を再評価すべきか検討しやすくする必要がある。

③提案チームは慎重すぎないか
提案者たちはリスクを伴う意思決定を行う場合、損失を回避したいという気持ちの方が、利益を得たいという気持ちを上回る。だれも失敗したプロジェクトの責任を負いたいとは思わないからだ。
こうした状況を改善するためには、メンバーが安心できるような保証を与えたり、リスクの責任を明確に共有したりするとよい。

最後に、以上のようなチェックリストは、重要な案件に限定して使うこと、意思決定者と提案チームが同じ検討チーム・メンバーにならないこと、また任意の項目だけでなく全体を使う必要があることに注意する必要がある。

おわりに

カーネマン氏はこう説く。

適切な意思決定をしようとするビジネス・リーダーにとって本当の課題とは時間でもコストでもない。
経験豊富で能力が高い善意の経営者であっても間違いを犯すことを認識できるかどうかだ、と。

健全な戦略のカギは適切な意思決定プロセスである。
そうしたプロセスでバイアスを回避できるかどうか―それは組織が醸成する文化にかかっている。

この記事を書いた人

横内 美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
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資料一覧

*1 出所)独立行政法人経済産業研究所「行動経済学の光と影 期待過剰は信頼失墜をもたらす」
https://www.rieti.go.jp/users/hirono-ayako/serial/005.html

*2 出典)讀賣新聞オンライン「「情報的健康」へデジタル・ダイエット宣言…[情報偏食]第1部<特別編>」(2023/02/04 05:00)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20230203-OYT1T50300/

*3 出所)ダニエル・カーネマン著・村井章子訳『ファスト&スロー(上)』早川書房(電子書籍版)pp.39-42, 48-49, 53-54, 56-57, 109-110

*4 出所)一般社団法人 アンコンシャスバイアス研究会「アンコンシャスバイアスとは」
https://www.unconsciousbias-lab.org/unconscious-bias/

*5 出所)Fandation SHRM “Recognizing and Mitigating Unconscious Bias in the Workplace”(2024月4月3日)
https://www.shrm.org/topics-tools/news/inclusion-diversity/recognize-mitigate-unconscious-bias-workplace

*6 出所)Fandation SHRM “Preventing Proximity Bias in a Hybrid Workplace”(2022月3月22日)
https://www.shrm.org/topics-tools/news/employee-relations/preventing-proximity-bias-hybrid-workplace

*7 出所)Forbes Japan「リモート勤務者への偏見、「近接性バイアス」に負けない仕事術」
https://forbesjapan.com/articles/detail/71088

*8 出所)ダニエル・カーネマン/ダン・ロバロ/オリバー・史ボニー著・DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー論文 編集部訳(2016)『意思決定の行動経済学』ダイヤモンド社(電子書籍版)p.11, 15, 17-23, 26, 29-31, 34, 36-39, 42-45


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この記事を書いた人

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