
「心理的安全性」のイメージはどのようなものでしょうか。
みんなが親切に感じよく振舞う。相手を思いやり、気を遣い、優しく接する。それで、チームの誰もが気楽に心地よく過ごせている―そんな職場でしょうか。
一方で、自分の弱みを見せるのは心地のいいことではありません。ましてや失敗したことを正直に打ち明けることも、逆に誰かの間違いを率直に指摘することも愉快なことではないでしょう。それどころか、リスクや脅威を感じるのがふつうではないでしょうか。
しかし、心理的安全性に関わるのは、実はこちらの方なのです。
それは、なぜでしょうか。
心理的安全性を軸に、チームでの働き方とオフィスづくりについて考えてみましょう。
Googleが探り当てた「もっとも重要な因子」
最近は、各業界の専門家の間でも心理的安全性という考えが支持され、学びやイノベーション、従業員エンゲージメントを促す戦略として、推進されています。*1
そのきっかけを作ったのは、2012年に始動したGoogleのプロジェクト「アリストテレス」。
ただし、心理的安全性を初めて提唱したのがGoogleというわけではありません。Googleは心理的安全性をまさに「探り当てた」のです。
大切なのは誰がチームのメンバーかではなく「チームがどのように協力しているか」
「アリストテレス」に配属された優秀な研究者たちは、何百ものグーグルのチームを調査し、効果的なチームの特徴を解明しようとしました。*2
彼らはまず、有能なチームに関する学術文献を丹念に調べ、その内容に基づいて、チーム編成を検討しました。180以上のグーグルチームについて、250以上の属性を調査したのです。
チームメイトの学歴が似ていることが重要か。ジェンダバランスが整っていることが大切なのか。学歴、経歴、趣味、友人関係、性格、スキルは……? *1
ところが、これぞという発見は1つもありません。
途方に暮れた研究者たちは、やがてチームの「暗黙のルール」や「文化」、「規範」に目を向け、膨大なデータを見直すことにしました。
そして、あらためて学術論文に当たったとき、心理的安全性という概念を見出したのです。
もっとも重要な因子
こうしたプロセスを経て、「アリストテレス」は「成功しているチームと他のチームを区別する5つの重要な因子」を突きとめました。*3
それは以下のようなものです。

出所)Google re:work「「効果的なチーム」とはなにかを知る」
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness#identify-dynamics-of
-effective-teams
この5つの因子のうち圧倒的に重要なのが心理的安全性だと、「アリストテレス」を主導したジュリア・ロゾフスキ氏は、2015年に発表した論文の中で指摘しています。*2
「アリストテレス」が膨大なデータから導き出したのは、心理的安全性が高いチームに所属するメンバーは、Googleからの離職率が低く、チームメイトの多様なアイデアの力を活用するポテンシャルが高く、より多くの収益をもたらし、経営幹部から効果的であると評価されている頻度が他の2倍であるという事実です。
同氏は、心理的安全性は他の4つの因子の基盤だと述べています。
このことが影響力のある大手メディアに次々に取り上げられ、心理的安全性は一気に注目を集めることとなりました。*1
安心して自分の失敗を報告できるか
「アリストテレス」によって「発見」されたのは、1999年に出版された論文でした。*1
著者はハーバード大学で組織行動学を研究するエイミー C. エドモンドソン博士(以下、「博士」)。

出所)Harvard Business School “Amy C. Edmondson”
https://www.hbs.edu/faculty/Pages/profile.aspx?facId=6451&view=publications
博士のベストセラー『恐れのない組織』やインタビュー記事から、心理的安全性の重要性についてみていきましょう。
対人関係のリスクをとっても制裁されない
博士は心理的安全性について、以下のように述べています。*1
心理的安全性とは、支援を求めたりミスを認めたりして対人関係のリスクを取っても、公式、非公式を問わず制裁を受けるような結果にならないと信じられることだ。心理的に安全な環境では、失敗しても支援を求めても、ほかの人たちが冷たい反応を示すことはない。
そして、リーダーは、従業員が不安を覚えることなくアイディアを提供し、情報を共有し、ミスを報告する企業風土をつくるよう訴えています。
建設的な対立を厭わない
一方で博士は、心理的安全性の概念が誤解される危険性が強まっていると警鐘を鳴らします。
「心理的安全性とは常に心地よく感じられることが大切で、誰かを不快にするようなことを言ってはいけないし、それは心理的安全性を侵害することだと思っている人が多すぎる。しかし、それは誤解だ」と博士は説きます。*5
学んだり、失敗したり、間違いを指摘したりすることは、心地よいことではないでしょう。しかし、難しいことを達成するためには、そうしたプロセスが必要だという指摘です。
心理的安全性とは、多様な観点を備え、そこから学ぶために、建設的な対立を厭わず率直に発言することなのです。*1
博士はこんなエピソードを挙げています。
ある都会の病院の新生児集中治療室。そこで、双子が生まれました。幸い元気そうですが、27週の早産です。
医療チームの若い看護師は、ハイリスク児にできるだけ早く投与されるべき薬を医師が指示しないことに疑問をもちます。
そこで、さりげなくそのことを医師に伝えようと思いましたが、そのとき、ある場面が脳裏に浮かびました。
その前の週に、医師の指示に疑問を呈した別の看護師を、その医師が人前で厳しく叱責していたのです。
そこで看護師は「双子はきっとだいじょうぶだろう」と自分に言い聞かせます。「それに、医師にはなにか考えがあるかもしれない」と。
このとき、この看護師は無意識に、軽視あるいは叱責されるリスクと、たとえ叱責されても投薬を促さなければ双子を危険にさらしかねないリスクとを天秤にかけていました。
医師の方が知識が豊富だし、意見を言ったところで受け入れられるはずがないという思いもありました。
彼女に限らず、大抵の人は、頭がよく有能で役に立つ人間だと思われたいと願っています。
また、その反対に、勤め先で無知・無能に見えたりトラブルメーカーだと思われる「対人リスク」を避けたいと誰もが望んでいます。
そこで、私たちはそのリスクをコントロールする術を、無意識に、いつの間にか身につけています。
しかし、そうした傾向は大きな問題につながりかねないと博士は指摘します。
イノベーションが阻害されたりサービスが低下したりするおそれがあるだけでなく、避けられたはずの事故を引き起こし、最悪の場合には人命が失われてしまうかもしれないのです。
3つのメリット
ここで、心理的安全性のメリットを整理してみましょう。*5
- 心理的安全性は、チームメンバーが自分の貢献が重要であると感じ、報復を恐れることなく発言できるため、チームメンバーのエンゲージメントや士気を高めることにつながる
- 自分の意見や懸念を言いやすいと感じることによってチームは多様な視点を得ることができ、より良い意思決定につながる。
- チームメンバーが気軽に失敗を共有し、そこから学ぶことで、継続的な学習と改善の文化を育むことができる。
心理的安全性を測るテスト
博士は、心理的安全性を測る意識調査の質問項目を提供しています。
それは以下のようなものです。*1
- このチームでミスをしたら、きまって咎められる。(R)
- このチームでは、メンバーが困難や難題を提起することができる。
- このチームの人々は、他と違っていることを認めない。(R)
- このチームでは安心してリスクを取ることができる。
- このチームでのメンバーには支援を求めにくい。(R)
- このチームには、私の努力を踏みにじるような行動を故意にする人は誰もいない。
- このチームのメンバーと仕事をするときには、私ならではのスキルと能力が高く評価され、活用されている。
これらの質問に対して、「非常にそう思う」から「全くそう思わない」までの7段階、あるいは5段階で回答してもらいます。
得点の集計では、(R)のついた項目の得点を(R)のついていない項目の得点と「逆にする」ことが重要です。
心理的安全性をつくるオフィス
心理的安全性はどうやったらつくることができるのでしょうか。
その実現に貢献するのが、オフィスづくりです。
ポイントは「密なコミュニケーション」
博士はコミュニケーションを密にすることが、心理的安全性を産む方法の1つであると指摘しています。*1
お互いに話をすればするほど心地よく話せるようになるというのです。
では、密なコミュニケーションを可能にするオフィスとはどのようなものでしょうか。
コミュニケーションを産むオフィス
インタラクション(相互作用)を生じさせるためのスペースとして、共用スペースのあり方に注目して行ったヒアリング調査があります。*6
ハード面の境界だけでなく、人と人とのさまざまな境界を取り除き、交わることを可能にするインタラクションは、コミュニケーションやコラボレーションを産み出すと考えられています。
この調査の主な対象は、従業員のコミュニケーションを活性化させることにより、生産性を向上させることを模索している企業です。
この調査を通して、コミュニケ―ションを活性化するためには、以下のような取り組みが有効であるという示唆が得られました。
- 壁をあえて設けないオープンな環境の整備
⇒ 緩やかな区切りを意識しつつ、「見る・見られる・感じ合う」環境を整えることで、コミュニケーションの発生だけでなく、情報共有も図れるという効果が発生する - 専任管理者の配置
⇒ 共用スペースの利用者と自社のワーカーを結び付けられるような役割を付与した管理者により、単なる場の維持管理に留まらない共用スペース利用の活性化が図れる - ハード面・ソフト面両輪の整備
⇒ スペース活用のソフト面の仕組みも取り入れることで、コミュニケーションが活性化する - 意識の変革
⇒ 経営層・従業員の双方が共用スペースの機能や、ワークプレイス内での雑談を含めたコミュニケーションについての有用性を認識することで、より良質なコミュニケーションがワークプレイス内の各所で発生する - アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW:従業員が自分の仕事内容に合わせて勤務場所を選べる働き方)の考えに沿った共用スペースの多様な配置
⇒ ワーカーがもっともその作業を行うのに相応しいと判断した場で業務を行うことが可能
おわりに
心理的安全性が組織のイノベーションや従業員のエンゲージメントを高める上で重要な要素であることは、常識となりつつあります。
その心理的安全性を実現するための方法の1つがコミュニケーションの活性化です。
オフィスづくりはそのための大きなカギとなるでしょう。
この記事を書いた人
資料一覧
*1 出所)エイミー・C・エドモンドソン著・野津智子訳(2021)『恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版株式会社(電子書籍)p.15, 17, 18, 23-26, 37, 40, 41, 49, 76, 85
*2 出所)JULIA ROZOVSKY(ANALYST, GOOGLE PEOPLE OPERATIONS)“The five keys to a
successful Google team” (2015年9月17日)pp.1-3
https://www.michigan.gov/-/media/Project/Websites/mdhhs/Folder4/Folder10/Folder3/Folder110/Folder2/Folder210/Folder1/Folder310/Google-and-Psychological-Safety.pdf?
*3 出所)Google re:work「「効果的なチーム」とはなにかを知る」
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness#identify-dynamics-of-effective-teams
*4 出所)Harvard Business School “Amy C. Edmondson”
https://www.hbs.edu/faculty/Pages/profile.aspx?facId=6451&view=publications
*5 出所)Harvard Business Review Amy Gallo “What Is Psychological Safety?”(2023年2月15日)
https://hbr.org/2023/02/what-is-psychological-safety
*6 出所)一般財団法人日本総合研究所「一般財団法人ダイオーズ記念財団助成研究 オフィスにおけるインタラクションゾーンの実例と効果に関する研究 ~インタラクションゾーンの効果的な運用に向けて~ 報告書」(2018年1月) p.1, 46, 47
https://www.jri.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/9259f1ec5057366249e7dc9e00526da1.pdf
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