
日本の育休制度は世界一。*1
企業も「推進」を掲げ、育休取得は、ようやく社会に定着しつつある。
2025年度育児休業取得者の割合は女性86.6%、男性40.5%。*2
ちなみに、30年まえの1996年には、それぞれ49.1%、0.12%(!)だった。
数字の上では、確かに大きく前進している。
だが、だからこそ、このことは別の問題をあぶりだすことになった。
育休の「その後」だ。
焼き菓子という「緩衝材」
「育休明け お菓子」でググると、こんな記事が現れる。
「産休・育休を終えて職場復帰するときには、お菓子を添えて挨拶すると感謝がより伝わります」
老舗百貨店の「指南記事」である。
それを読んで、考えこんでしまった。
職場復帰は、常温保存可能で個包装の、センスのいいお菓子選びから始まるというのだ。
賞味期限は長め。
予算は3,000円から5,000円。
のしは紅白で「御礼」とする。
その几帳面さ、律儀さ、細やかさ。
さらに、これでもかというくらい、有名ブランドの焼き菓子の写真が並ぶ。
クッキー、フィナンシェ、マドレーヌ……。
たしかに、どれもおいしそうで、見栄えがいい。
だが、そのお菓子に託されているのは、「ありがとう」だけなのだろうか。
厚生労働省の調査報告(以下、「厚労省調査」)では、育休復帰後に不安や違和感を感じたこととして、
「自分だけ取り残されているように感じた」(男性)
「休みがちになり、人間関係が不安だった」(男性、女性)
「自分が休んでいる間に、同僚に負担をかけた後ろめたさがあった」(男性、女性)
といった声が並ぶ。*3
制度の利用が広がる一方で、復帰後の心理的な負担は、必ずしも軽くなってはいないのだ。
そんな不安を軽減するためのアイテムがお菓子ということなのだろうか。
フィナンシェは未来への「予防線」?
老舗百貨店の指南は続く。
育休明けには、子どもの急な発熱があるかもしれません。
すぐに以前のパフォーマンスが戻らないかもしれません。
だから復帰時にお菓子を配り、あらかじめそのことを伝えておくと理解が得やすいのです、と。
実際、厚労省調査でも、
「子どもの体調不良で突発的な休みを取らなければならない。休みを取るたびに謝らなければならない」(男性、女性)
「人員不足で業務を行っているため、休む時の雰囲気が悪い」(女性)
「短時間勤務だと、夕方に主要議題会議があると職務遂行が難しいと感じてしまう。ただ、どうにもならず困惑している」(男性)
といった戸惑いが語られている。
小さな子どもが急にぐったりするのはよくあることだ。
それだけでも不安で押しつぶされそうなのに、まっさきに職場に連絡して謝罪する。
休み明けにはさらに頭を下げて回る。
筆者にも経験があるだけに、ああいう状況がまだ続いているのかと思うと、暗澹とした気持ちになる。
「これからもご迷惑をおかけするかもしれませんが」
フィナンシェを配りながらそう言っておけば、自分を取り巻くであろうとげとげしい空気を、あらかじめ中和しておけるかもしれない。
それができるのなら、高級フィナンシェも安いものだ―そんなふうに思ってもおかしくない状況があるのだ。
やらずにはいられないんですよ
一方、SNSにはさまざまな声が溢れている。
「復職初日、完璧じゃなくても大丈夫です。気を使いすぎる必要もありません。近くの席の方に『今日から復帰しました。よろしくお願いします』と一言伝えるだけで十分です」
「初日は挨拶だけでいい。あとは自分のペースで、少しずつ慣れればいい。」
健全な提案だ。
だが、現実は決して生やさしくはない。
厚労省調査では、職場の人間関係に関する違和感として、
「復帰の歓迎はしてくれたが、明らかに期待はされなくなったと感じる。おそらく短時間勤務のせいだと思う。周囲が『仕事より子どもを優先すべき』と勝手に思っている。意見をしたいが、残業をできるわけでもないので、いつも自分に『がまんがまん』と言いきかせて、時が過ぎるのをじっと耐えている」(女性)
「実家に理解があるのであれば親を頼って働けといわれた。短時間勤務制度を利用しても良いが、『夕方からの会議はどうするのか』『他のスタッフに迷惑をかけるのか』と制度を利用しづらいように誘導された」(女性)
といった声が挙がっている。
「復職した人が、部署の30人に謝罪しつつお菓子を渡して回っていた」というポストは決して誇張ではないのだろう。
それをさせるべきではないという声ももちろんあるが、当事者の声は切実だ。
「やらずにはいられないんですよ」
受ける側のときは「気にしなくていい」と本気で思っているのに、いざ自分が復帰するときには、お菓子を携えて行く。
理屈では不要だとわかっている。
それでも罪悪感は消えない。
そんな暗黙のプレッシャーがあるのだ。
さらに、こんな指摘もある。
「そういう文化に逆らえる人だったら、そもそもくよくよ気を病まないはず」
胸に刺さる言葉だ。
つまり問題は、「やらなければならない気がする空気」「そうせざるを得ない企業文化」ではないのか。
菓子折りが埋める企業の責任
制度上、育休や、育児にともなう時短勤務、時差勤務は労働者の権利であり、その穴を埋めるのは企業の責任である。
しかし調査では、
「残業前提の業務量となっており、終わらないと評価が上がらない。ただ、子どもがいることで残業に制限があるため、評価を下げられてしまう」(男性)
「短時間勤務にしたことにより、退職金やボーナスの査定が下がった」(男性、女性)
「残業ができないのは仕方ないが、責任ある仕事も全くできないのはおかしいと思った。子どもを持つことが、出世に不利になると思った」(女性)
など、制度利用が不利に働くといった声が並ぶ。
下の図1は、厚労省調査で、育児をしながら仕事をしていることが業務への評価にネガティブな影響があると思う理由である。

出所)内閣府 男女共同参画局「令6年度 仕事と生活の調和推進のための調査研究 ~キャリア形成と育児等の両立を阻害する要因に関する調査~報告書」p.41
https://wwwa.cao.go.jp/wlb/research/wlb_r0707/1.pdf
「責任のある業務を任せてもらえないため、評価されにくく、キャリアアップが図りにくいと考えるから」(45.4%)が最も多く、次いで「労働時間の長さが評価の軸になっているため、評価されにくいと考えるから」(39.1%)が多かった。
「残業しない代わりに責任ない仕事しか任せてもらえないか、残業して責任ある仕事を任せてもらえるかの2つしか選択肢がないように感じた」(女性)
「短時間勤務制度を利用していたが、育児休暇前と業務量が変わらず、短縮した時間ではとても仕事を終えて帰ることができなかった」(女性)
「折に触れて嫌味を言われ、責任ある仕事は任せてもらえないが、時間内に終わらない程度の仕事を振られる」(男性)
といった構造的な負担も指摘されている。
増員もなく、評価制度も変わらないまま、現場の「善意」と「我慢」で回している職場が少なくないことが窺える。
この「少しずつの無理」が積み重なっていく現場に、彼女たちは戻っていく。
しかも、多くは時短勤務という「定時より先に帰る」制約を背負って。
「早く帰ってすみません」
「子供が熱を出してすみません」
この終わりのない謝罪の連鎖を少しでも緩和するために、彼女たちはデパ地下の有名ブランドのお菓子を、いわば「盾」にしてデスクを回るのだ。
フィナンシェよりフレックスを
本来、企業が担うべきなのは、誰かが休んでも回る体制を整えることである。
また、段階的復帰の設計、業務の標準化、評価の透明化も欠かせない。
下の図2は、育休後、会社・団体の正社員・正職員の就業形態をやめ、「正社員・正職員以外」として復帰もしくは離職した人が、正社員・正職員のまま勤務し続けるために必要だったと思うサポートである。

出所)内閣府 男女共同参画局「令6年度 仕事と生活の調和推進のための調査研究 ~キャリア形成と育児等の両立を阻害する要因に関する調査~報告書」p.36
https://wwwa.cao.go.jp/wlb/research/wlb_r0707/1.pdf
回答が多かった順に並べると、以下のようになる。
- 勤務先の柔軟な勤務制度(フレックスタイム 制度、始業・就業時間の繰り上げ・繰り下げ、テレワーク制度など)や、そうした制度の利用のしやすさ」(57.8%)
- 「子どもがいる人に対して仕事と育児の両立やキャリアア ップを応援する職場の上司の姿勢」(48.4%)
- 「保育所などの子どもの預け先」・「仕事と育児を両立する人を支える職場全体の雰囲気」(いずれも 39.1%)
企業がやるべきことは明確だ。
育児中でも無理なく働ける制度をまずつくり、それを利用しやすい運用や企業風土を整える。
復帰を円滑にする責任は、個人の気遣いや我慢ではなく、組織設計にあるのだ。
「今日から復帰しました。よろしくお願いします」
「戻ってきてくれて、ありがとう」
このやりとりが、制度として保障されていること。
それを企業が明確に打ち出し、社員が制度を利用しやすいようにサポートすること。
職場復帰に必要なのは、個人の罪悪感に依存しない組織風土と、企業の覚悟である。
その覚悟が備わったとき、
菓子折りはようやく、軽やかな存在になるだろう。
「お菓子、おいしかったよ、ありがとう」
という言葉にそえて、
「早く帰って子どもとご飯食べなよ」
そう言える同僚や上司が増えること。
それが、30年かけて積み上げてきた「86.6%」という数字に血を通わせる、唯一の方法ではないだろうか。

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この記事を書いた人
資料一覧
*1
出所)UNICEF「子育て支援に関する報告書や情報」
https://www.unicef.or.jp/about_unicef/advocacy/childcare.html
*2
出所)厚生労働省「「令和6年度雇用均等基本調査」の結果概要」(2025年7月30日)p.16
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/71-r06/06.pdf
*3
出所)内閣府 男女共同参画局「令6年度 仕事と生活の調和推進のための調査研究 ~キャリア形成と育児等の両立を阻害する要因に関する調査~報告書」 p.36, p.41, pp.42-43
https://wwwa.cao.go.jp/wlb/research/wlb_r0707/1.pdf
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