
「好きを仕事にする」とは、どういうことだろうか?
「好きを仕事にできている人」とは、どういう人なのだろうか?
数ヶ月前、自治体が主催するあるセミナーに参加したことで、私はその答えのようなものを得た。
それは、「4児の母が好きなことを仕事にして売上2.5億になった話」「自分の“好き”を発見し、これからのビジネスに活かす」という触れ込みの、ハンドメイド作家を招いたセミナーだった。
私は以前、ハンドメイド作家として活動していた時期がある。10年以上も前の話になるが、ハンドメイドブームの真っ只中の頃だ。
当時はまだ今のように人手不足が顕在化しておらず、子育て中の主婦が子育てに配慮してくれる職場を探すのは難しかった。だから、自宅でアクセサリーや雑貨を作り、マルシェやネットで販売することを仕事や副業にしたがる人が急増していた。TVの主婦向け情報番組でも「ハンドメイドで稼ぐ!」という特集がよく組まれていた。
minneなどのハンドメイド作品を売買できる専用サイトの登場が、ブームの火付け役となった。それまで雑貨店での委託販売や、イベント出店に頼るしかなかった販路が、一気に広がったのだ。ブームに後押しされる形で、ハンドメイドのイベントも増えていった。
ネットとリアルの両方で売り場が増え、頑張ればそれなりに売り上げが立った。しかも当時、パートの時給は800円前後。
平日の間に作品を作り、週末のマルシェで売れば、外で働くのと同じくらいの収入になる。家にいられれば、家事や子育ても他人任せにせず、自分で手をかけられる。
ハンドメイドを「仕事」にしようとする人が増えたのは、こうした背景があった。
だが、作家人口が急増した結果、競争が激化した。最初は簡単に売れていた“ちょっとした手作り品”が、次第に売れなくなっていく。一部のハイセンスな売れっ子だけが注目を浴び、本を出し、作品が飛ぶように売れていく一方で、多くの作家は“売れなさ”に悩むようになった。
ハンドメイド市場は大きくなったように見えていたが、実際には作って売りたい人ばかりが増えて、買いたい人は増えていかなかったからだ。
そこで流行したのが、「売れっ子作家になる方法」を教えるセミナーやコンサルだ。
しかし、その多くは、「マインドが大事」などのふわっとした内容で、具体的な指導もないくせに高額なサービスばかり。さらに、参加者同士で商品を買い合って、サービスを受け合うことで“見せかけの売上”を作る小さな経済圏を作っていた。
仲間内でお金をぐるぐる回すだけのサークル活動を仕事と呼ぶのは、さすがに無理があるだろう。
私は、そうした界隈にほとほと嫌気がさしてハンドメイドから離れたが、やがてブームも沈静化した。
消費者が手作り品に慣れ、商業施設でも普通に売られるようになり、珍しさが消えたのだ。SNSの主流も、当時の作家たちが愛用していたアメブロやFacebookから、YouTubeやInstagramへと移っていった。
何より、人手不足が叫ばれ始め、女性の社会進出を政府も後押しするようになって、子育て中の女性たちが外で働きやすくなったことも、ハンドメイド作家を辞める人が増えた理由だろう。いつのまにか、大勢のライバルと競争しながら自宅でハンドメイド雑貨を作るよりも、給料をもらって働く方が、確実で簡単に収入が得られるようになっていたのだ。
そうした時代の変化も、ハンドメイドに熱狂した人たちを外の仕事に戻らせた。
私も今は、会社員として働いている。
ハンドメイドに戻ろうという気持ちは微塵もないが、当時は作家として必死に試行錯誤していたし、セミナーを招致したこともあった。
だが結局、挫折した。セミナーに集まるような人たちは、本人も作品も野暮ったく、小手先のテクニックを磨いても、人気が出る未来が見えなかった。実際に、そこから人気作家になった人はいない。
今回のセミナー参加は、あの時代に“本当に売れた人”とはどんな人だったのかを知りたかったからだ。
しかし、そのセミナーはセミナーとして成立していなかった。
講師である服飾作家は、コミュニケーション能力が著しく低く、言語化ができない。人前で話すのが根本的に向いていないタイプだった。
けれど、彼女の歩みには学ぶところがあった。というより、作家として認められる人は、そもそも出だしから違うのだということを痛感させられた。
彼女は、思春期の頃からファッションが大好きで、専門学校で服飾を学び、アパレル業界に就職したそうだ。つまり、素人の「趣味の延長」ではなく、基礎となる知識と技能と実績がもともとあったのだ。
さらに、活動を始めてすぐの頃から作品は飛ぶように売れ、制作が追いつかずにてんてこ舞いになったという。ということは、最初から光るセンスもあったということだ。
そこから先の伸びも尋常ではない。売れすぎて価格を上げ、作業を外注するようになっても、なお売れ続けた。睡眠時間を削り、子育てと制作に明け暮れ、連日連夜働き詰めだったという。
けれど、それをまるで苦にしていないどころか、努力とすら思っていない様子だった。彼女は、ワークライフバランスとは無縁の、ただ好きなことに邁進し続けることに喜びを見出す人だったのだ。
そして、時代も味方した。思考の言語化ができないためブログは苦手だったそうだが、視覚化が得意な彼女はInstagramと相性が良く、楽しく投稿するうちにフォロワー数は順調に増えていったという。
彼女の話す内容は、ブーム期に流行った“マインド系セミナー”で教えていたこととは真逆だった。
マインドの持ちようや小手先のテクニックで売れっ子になれるのではない。
売れっ子ハンドメイド作家になる人とは、知識があり、経験があり、そして何より“作ることが好きすぎる”のだ。
よく「好きを仕事にする」と言うが、実際に“好きなこと”を仕事にするには、“好き”のレベルが常軌を逸していなければ成り立たないのだろう。
彼女が子どもを4人も産みながら活動を続け、年商が2億を超えるようになったのは、ファッションも子育ても本気で好きで、楽しんでいたからだ。その他のことはどうでもよく、ただ好きなことだけに全振りしていたら、結果的にビジネスが大きくなっていた。
もちろん、夫や周囲のサポートも大きい。しかしそれは、彼女の熱量と才能を周囲が理解し、認めていたからこそだ。誰だって、本気で打ち込む人には手を貸したくなる。
物が売れるのは、その裏打ちがあるからなのだ。消費者はバカではない。どれだけSNSで見せかけを飾っても、見掛け倒しは見破られる。
「好きを仕事にする」とは、生半可では成立しない。「外に働きに出るのがしんどいから」「家にいたいから」、そんな理由ではモチベーションが続くはずもない。
“作りたい、届けたい、広めたい、楽しい!”
そういうエモーションが手や足を勝手に動かし、気づけばどんな大変さも走り抜けてしまっている。そういう人だけが、“好き”を仕事にできる。
結果は、そのあとから勝手についてくるのだ。
この記事を書いた人

マダムユキ
note作家 & ライター
https://note.com/flat9_yuki
※本稿は筆者の主観的判断及び現場観察に基づく主張であり、すべての読者に対して普遍的な真実を保証するものではありません。

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