
これまで組織は、大部分の人にとって「仮面」をつけて働く場所だった。
自分のありのままの姿を隠し、自分らしさの大部分を家に置いて出勤する。
そして、職場では組織に受け入れられるように装いを整え、ふるまう。
しかし、その一方で、ありのままの姿で働くことが自然にでき、従業員がお互いの内面を支え合いながら働き、それぞれの精神的な全体性「ホールネス」を自然に保っている組織もある。
それは、どのような職場なのだろうか。
ホールネスを軸に、誰もが自分らしくいられるオフィス、そしてそこにいることが誰にとっても幸せだと感じられるオフィスとは何かについて考えてみたい。
「ティール組織ブーム」はもう終わったのでは?という疑問をお持ちの方も、ぜひどうぞ。
ティール組織のブレークスルーの1つ「ホールネス」
そもそもティール組織とはどのようなものだろうか。
そして「ホールネス」とはどのようなコンセプトなのだろうか。
ティール組織とは
人類が進化してきたように、組織も段階的に発達してきた。そして現在は、一歩先のステージに踏み込んだ、新たな組織モデルが現れつつある。*1
そう指摘するのは、マッキンゼーで長年、組織変革プロジェクトに携わった経験をもつ、フレデリック・ラルー氏である。
今は多くの人が組織の中で働くことに疲れ、幻滅を感じ、苦しんでいる。
ラルー氏は現在の組織モデルが限界に近づいていることを感じとり、次のような問いを立てた。
「人々の可能性をもっと引き出す組織とはどんな組織だろう?」
「どうすればそんな組織を実現できるのだろう?」
その問いを抱え、2年半にわたって世界のあちこちに出向き調査したところ、新たなステージにあるパイオニア組織にいくつか出会った。
それが、「ティール(進化型)組織」である。
ティール組織にはさまざまなセクター、規模の組織があるが、お互いにその存在を知らず、それぞれが独力で実験的な試行錯誤を重ねていた。
それなのに、その結果、驚くほど似たような組織構造と慣行に辿りついていたのである。
この事実に気づいたとき、ラルー氏は興奮を覚えずにはいられなかったという。
ラルー氏は発達段階に応じて、それぞれの組織タイプを色で表現している(図1)。

出所)フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)p.2
「ティール」とは日本語で青緑色。進化型の組織を指し、「セルフマネジメント(自主経営)」「ホールネス(全体性)」「存在目的」を重視する独自の慣行をもつのが特徴だ。
ホールネス(全体性)とは
先駆的なティール組織のブレークスルー(突破口)の1つである「ホールネス(全体性)」に注目してみよう。
従来型の組織では、強い意志や決断力など、力を示すことが重視され、疑いや弱さなどは表に出しにくい雰囲気があった。*1
なによりも合理性を優先し、情緒的であること、直感的であることなど、精神的な部分を開示することは歓迎されない。そうした側面を見せるのは、場違いだとみなされるのだ。
しかし、心のもっとも根本的なレベルでは、私たちはバラバラになった自分自身を統合して自分らしくありたいと望んでいるのではないのか。
それなのにそうできないのは、自分自身のすべてをさらけ出すことに危険を感じるからだと、ラルー氏は指摘する。
それに対してティール組織は職場に人間性を呼び込んでいる。
そして、従業員の精神的なホールネス(全体性)を取り戻し、ありのままの自分で職場に来ようという気にさせるような、一貫した慣行を実践しているというのだ。
それはどのようなものだろうか。
ホールネスを取り戻すオフィスとは
ティール組織がどうやって人間性を呼び込み、ホールネスを取り戻してるのか—それはオフィスのあり方に顕著にあらわれている。
ラリー氏が著書『ティール組織—マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』で取り上げたティール組織のオフィスを覗いてみよう。
犬連れ、パジャマで大集合
アメリカのサウンズ・トゥルー社のCEOは創業当時、自分の犬を連れて出勤していた。*1
事業が拡大すると従業員は増え、彼らも犬を連れてくるようになった。2018年時点で、同社には従業員90人と20匹の犬がいたという。
ミーティング中に2~3匹の犬が足元で寝ているような会議室も珍しくない。
ドアが解放され、犬が自由に移動する。
犬をかわいがるという、なんでもなことをするだけで心がなごみ、気持ちがしずまり、人間の良い面が引き出される。
同社には気軽さとユーモアもある。*2
たとえば、あるとき、数人の社員が「パジャマ・デー」を始めた。
朝早くパジャマを着たまま出勤し、一緒に朝食を摂るのだ。そのあとは着替えていつも通り過ごすのだが、あまりに楽しくて、彼らはパジャマで仕事をするようになった。
それが、大勢を巻き込んだ大イベントにまで発展する。
みんなそのイベントに熱中し、それぞれが凝ったパジャマを着てきた。
中には、犬とお揃いのパジャマの人もいる。
サウンズ・トゥルー社は、ティール組織ではあっても従来の階層が残っている組織なのだが、ふざけたパジャマ姿の上司を見ると、関係性は多少、変わるという。
やりすぎだ、極端だと思われるだろうか。
だが、ユーモアや気軽さや好奇心は、従業員の人間性を取り戻すのにとても役立つ。
どんな形でも構わない。
真剣さの仮面を脱いでユーモアと気軽さを持つと自分らしくなれて解放感が味わえると、ラルー氏は推奨する。
このことは、リーダー自身の変革でもある。
組織にユーモアや気軽さを取り入れると、逆説的だが、深く真剣な対話が可能になるというのだ。
多くの組織にあるのは「偽りの真面目さ」である。
しかし、本当の真剣さがなければ、自社の目的がいかに意義あるものか、あるいは人間関係について、深い会話が成立しない。
「気軽さ」と「真剣さ」は、どちらかが増せば、もう一方も増す。
気楽さを持てば持つほど真剣さも深まると、ラルー氏はいう。
職場に子どもがやって来る
次の事例は、アウトドア用アパレル・メーカーのパタゴニアである。
同社の本社敷地内には「チャイルド・ケア」と呼ばれる託児所があり、生後数か月から幼稚園児までの小さな子どもたちが、外の遊び場ではしゃいでいたり、親のデスクにやってきたりする。*1, *3

出所)パタゴニア「パタゴニアは有給家族休暇を支持します。」*4
https://www.patagonia.jp/stories/patagonia-supports-paid-leave-you-should-too/story-105387.html
メインオフィスのなかにあるカフェテリアも託児所の一部に隣接していて、従業員はランチタイムを子どもとともに過ごす。

出所)パタゴニア「パタゴニアは有給家族休暇を支持します。」*4
https://www.patagonia.jp/stories/patagonia-supports-paid-leave-you-should-too/story-105387.html
同社は、従業員が子どもを持つかどうか、持つとしたらいつ持つかを自分で選択できるように支援している。
そして親になった従業員が仕事と子育てを両立できるように、以下のようなサービスを提供している。*5
- 妊娠に伴う障害に対する4週間の有給休暇、または12週間の有給の育児休暇
- 乳児に授乳できるプライベートスペース
- 出張時の親へのチャイルドケア支援
- 補助金付きの、高品質な社内託児所
- 託児所の近くに住んでいない親へのチャイルドケア手当
こうしたサポートによって、パタゴニアでは産休後、母親は安心して職場復帰している。
そのことによって、復帰するまでの間に失われた生産性や求人費用、移転費用、職業訓練時間などを含む離職コストは削減できる。
その削減コストは、被管理職社員の場合には年俸の35%、管理職は125%、部長・副社長では2年分の年俸に当たるのだという。
さらに、会社にサポートされていると感じている社員は、仕事により熱心な傾向があり、それは生産性向上にもつながっている。
つまり、従業員に対するサポートはコストではなく投資なのだと、パタゴニアは唱える。
それは社員とその家族にとって「正しいこと」であると同時に、ビジネスのためにも良いことだというのだ。
カフェの中にあるオフィス
ラリー氏の『ティール組織』の中で唯一、取り上げられた日本企業がオズビジョンである。
同社は「組織パフォーマンスの向上」を目指して2023年に本社移転を行った。*6
それは、どのようなものだったのだろうか。
オズビジョンは常に革新的で大胆なワークスタイルの提案を行ってきた。
2016年にフルリモートワークとフルフレックスを可能とする「完全自律型勤務制度」を導入、2018年にはオフィス概念を一新するコミュニティ型ワークスペース「WeWork」への移転を果たした。
そして、アフターコロナの現在、個人の働き方やオフィスのあり方の多様化をふまえ、「新オフィス」と「新ワークスタイル」を再定義した上で、本社移転を果たしたのである。
コンセプトは、「社員みんなが集まりたくなる」。
オフィスは「moo(ムー)」の中にある。一般の人も利用できるオフィスだ。*7
敢えて壁をつくらずシームレスな空間にして、オフィスの緊張感を緩和。リラックスした雰囲気で働ける空間設計である。

出所)バチャナビ「〈東京都渋谷区〉株式会社オズビジョン – Be a big fan」
https://app.vachanavi.com/2023/08/22/ozvisin
カフェの奥にはフリースペースが用意されており、業務や休憩など、多様な用途で使われている。ソファやスタンディングデスクなどがあり、それぞれの好みのスタイルで作業をすることができる。社員だけでなく同社の代表も、いつもこのスタンディングデスクで働いているという(図5・左図)。
2階の執務エリアは比較的静かな雰囲気で、より集中できる環境で作業を行うことができる。
1階の賑やかな雰囲気か、2階の静かな雰囲気か、その時々の気分やそれぞれのスタイルに応じて、業務に取り組むことができるのだ。
執務エリアにはラウンジスペースもあり、カジュアルなミーティングや、ソファの上でのゆったりとした作業に使われている(図5・右図)。

出所)バチャナビ「〈東京都渋谷区〉株式会社オズビジョン – Be a big fan」
https://app.vachanavi.com/2023/08/22/ozvisin
ラウンジスペースの奥には、カウンタースペースがあり、ドリンクやお酒などが並べられている。
オフィスに併設された屋上では、都心の景色を眺めながら、開放的な空間で作業に取り組むことができる(図6)。

出所)バチャナビ「〈東京都渋谷区〉株式会社オズビジョン – Be a big fan」
https://app.vachanavi.com/2023/08/22/ozvisin
ティール組織は目指した途端、遠のく?
一世を風靡した「ティール組織ブーム」は去るべくして去ったという記事を最近、読んだ。
それをどう捉えたらいいのだろうか。
オズビジョン社のこれまでの道のりを事例に考えてみよう。
同社は創業から時間が経つにつれ、部署間での軋轢が生まれるようになったという。*8
そこで組織を束ねる軸を創るために、ある理論を企業理念に採り入れ、人事考課にも反映させた。
しかし、熱意のあまりかなり強引にことを進めたため、3分の1の社員が辞めてしまうという状況に陥ってしまう。
その後も試行錯誤が続き、その一環として取り組んだ2つの慣行が『ティール組織』で紹介されたのである。
だが象徴的なことに、現在はその慣行はどちらも行っていないというのだ。
ティール組織は道標ではあるが、ティール段階であるということ自体に絶対的な価値があるわけではない。
試行錯誤は絶え間なく行われるものであり、その営みの過程で企業が経験したことが、企業の独自性を産み出す。
そこにこそ価値があるのではないかという考えだ。
筆者が参加したある集まりでも、『ティール組織』の解説を書かれた嘉村賢州さんは、「自分の組織がティール組織かどうかを考える必要はない」「ティール組織を目指した途端、それが遠のいてしまうという経験をしたことがある」と仰っていた。
既存のティール組織を外形的になぞることには意味がない。
また、誰か1人がそれを強引に推し進めるという構図は、そもそもの目標からかけ離れたものだ。
大切なのは、その本質を理解し、自分たちのスタイルややり方でそこに近づいていこうとすることではないだろうか。
仮面を外して職場に行こうと思える。
従業員の1人ひとりが無理をせず自分らしくいられる。
それが可能なオフィスになっているかどうか点検してみたら、思わぬ発見があるかもしれない。
この記事を書いた人

メルマガ限定で配信中
プロが教える“オフィス移転の成功ポイント”
- 組織づくり・ワークプレイスのトレンドを素早くキャッチ
- セミナーやイベント情報をいち早くお届け
- 無料相談会やオフィス診断サービスを優先的にご案内!
資料一覧
*1
出所)フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)
*2
出所)ティール組織ラボ ビデオシリーズ「2-13 ユーモアと気軽さ(Humor and lightness)」(2023年10月25日)
https://teal-lab.jp/videos/video-2-13/
*3
出所)パタゴニア「『glide STYLE – パタゴニア主義。』での取材エピソード」
https://www.patagonia.jp/stories/glide-style-patagonia/story-108020.html
*4
出所)パタゴニア「パタゴニアは有給家族休暇を支持します。」
https://www.patagonia.jp/stories/patagonia-supports-paid-leave-you-should-too/story-105387.html
*5
出所)Patagonia Works“Patagonia supports choice”
https://www.patagoniaworks.com/press/2022/6/24/patagonia-supports-choice?utm_source=chatgpt.com
*6
出所)オズビジョン「プレスリリース 本社移転のお報せ(株式会社オズビジョン)カフェの中にオフィス機能を付加” した新コンセプトオフィスをオープン」(2023年3月10日)
https://www.oz-vision.co.jp/news/737/
*7
出所)バチャナビ「〈東京都渋谷区〉株式会社オズビジョン – Be a big fan」
https://app.vachanavi.com/2023/08/22/ozvisin
*8
出所)オズビジョン「サイボウス青野慶久社長と『ティール組織』をサカナにして話してみた。真のティールはBeing、Doingへの果てなき挑戦に潜んでいた。」
https://www.oz-vision.co.jp/ozmedia/283/
組織力の強化や組織文化が根付くオフィス作りをお考えなら、ウチダシステムズにご相談ください。
企画コンサルティングから設計、構築、運用までトータルな製品・サービス・システムをご提供しています。お客様の課題に寄り添った提案が得意です。

