
「同僚や仕事仲間の家族に不幸があった時、どこまで、何をしてあげるべきなんだろう」
働く人にとって、これは意外に悩ましい問題だ。
もちろん大手などでは、お通夜やお葬式に出席すべき立場、会社からの弔慰金などに関する社内規則があるので、基本的にそれ以上の対応は必要ない。
難しいのは、一緒にランチを楽しむ仲良しの同僚、いつも力を貸してくれる取引先の仕事仲間、個人的に敬愛する会社経営者などの家族が亡くなった時といった場合である。
思えば「親族以外のお葬式」に初めて出席したのは、高校2年生の時だった。
推し本を貸し借りし、感想を語り合うくらいには仲が良かった同級生のお父さんが急逝したと聞き、放課後にお通夜に駆けつける。
目の焦点も合っていないほどに憔悴し、疲れ果てた友人。
もうすぐ、自分のお焼香の番がくる…。
ご遺族の前に進んだ時にはせめて何か、励ましの言葉を伝えよう…。
そう思うが何を言っていいのか、17歳の私には余りにも重く難しすぎた。
「こ…このたびは…」
お焼香を終え彼女の前に進むと、そこまで言って言葉に詰まり、深々と頭を下げ会場を後にすることしかできなかった。
その後も、こういった場に慣れることができない。
年を重ねるにつれ、友人や仕事仲間がご家族を見送ったと聞くことも増えたが、十分な励ましができたことなど一度もない。
せいぜい、四十九日あけに一緒に酒を飲んだくらいのことで、いつもモヤついている。
そんな正解を見つけられないまま過ごしてきた、先日のこと。
「そうか、こう考えれば良かったんだ…」
そんなふうにストンと落ち、やっと理解できたことがある。
いい年をして何言ってるんだと笑われそうではあるが、やっとたどり着いた“正解”について、よろしければお付き合い頂きたい。
「パパ!私、お嫁に行くのやめる!」
話は変わるが、もうずいぶんと昔、友人の結婚披露宴に招待された時のことだ。
「頼むわ桃野!他に頼めるやつおらへんねん!」
「えー!!嫌やわ俺、人前で話すとか苦手やねん!」
中学時代からの親友だった新郎から、友人代表としてスピーチして欲しいと頼まれたのである。
大学時代、ホテルで給仕のバイトをしてたこともあり、ああいった場でのスピーチの下らなさは嫌というほど知っている。
主賓挨拶までは酒も入っておらず、それなりに聞くことはできる。
その後、乾杯の発声があり一通り酒が回った頃合いに登場するのが、友人代表とやらだ。
「彼は学生時代、誰からも好かれクラスの人気者で…」
そんな思ってもいないような“ほめ殺し”が始まり、言っている方も聞いている方もお尻をモジモジさせる、あの茶番である。
「頼む!なに話してもええねん」
「…わかった、俺は本当に好き勝手な話するぞ?恨むなよ」
褒め殺しだけはやりたくなかったので、そんな約束を取り付ける。
とはいえ逆に、褒め殺しをせずにいったい何を話せというのか…。
頭を抱えた私はもう開き直り、前代未聞のスピーチをやってやろうと心に決めた。
そして披露宴当日。
主賓挨拶、乾杯が終わり場が温まると、いよいよ私の出番だ。
司会から促され、マイクの前に立つ。
「新郎の友人で桃野と申します。今日は友人代表でお話させて頂くこと、とても光栄です」
案の定、酒が回った会場はすでに大騒ぎで、誰も話など聞いてねえ。というか、誰もこっちらすら見ていねえ。
「私はスピーチに自信がありません。そのため今日は、1冊の漫画を朗読し、スピーチに代えさせて頂きます」
大騒ぎしているオッサンたちの喧騒の中、さすがにマズいかと少しばかり後悔したが、今さらやめられない。
腹の底に力を籠めると、ひときわ大きな声を張り上げた。
「パパ!私、お嫁に行くのやめる!」
ビックリするほど一瞬で、会場が静まり返った。
一斉に集まる視線が痛いが、今さらやめてたまるものか。
「わたしが行っちゃったらパパ寂しくなるでしょ?これまでずっと甘えたりわがままいったり。それなのに私のほうは、パパやママになんにもしてあげられなかった」
「とんでもない、君はぼくらに素晴らしいおくり物を残していってくれるんだよ」
「おくり物?私が?」
「そう、数えきれないほどのね」
ドラえもんの誇る名作、「のび太の結婚前夜」である。しずかちゃんがパパに、お別れの挨拶をするシーンだ。
静まりかえった会場に向け、さらに朗読を続ける。
「病院を出たとき、かすかに東の空が白んではいたが、頭の上はまだ一面の星空だった。
この広い宇宙のかたすみに、僕の血をうけついだ生命がいま、生まれたんだ。そう思うと、むやみに感動しちゃって。涙がとまらなかったよ。
それからの毎日、楽しかった日、みちたりた日びの思い出こそ、きみからの最高のおくり物だったんだよ」
そこまで一気に読むと高砂に向き直り、友人に言葉を掛けた。
「わかってると思うけどこれ、ドラえもんの『のび太の結婚前夜』や。新婦さんのご両親はきっとこんなにも大事に、娘さんを育てられたんやと思う。それを今日改めて、心に刻んで欲しい」
そして新婦の両親席に向き直ると、さらに朗読を続ける。
「あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね。かれなら、まちがいなくきみを幸せにしてくれるとぼくは信じているよ」
本をたたみ、新婦のご両親に向けて話す。
「友人は本当に、のび太みたいなヤツです。不器用で運動もあまり得意ではありません。しかししずかちゃんパパの言うままのヤツです。昔から、人の幸せを喜び、人の不幸を一緒に悲しんでくれるようなヤツでした。誰にでも自慢できる、最高の親友です。本日は誠におめでとうございました!」
ビックリするほど、多くの拍手が鳴り響いた。
新婦のご両親が席に来て下さり、「感動しました」とビールを注いで下さった。
友人からも、「ヤバイ、感動した」と言って貰えた。
もう30年近くも前の話だが、人生の中で指折りの、ひそかに自慢に思っている記憶の一つだ。
「クッソ…やられた」
話は冒頭の、同僚や仕事仲間の家族に不幸があった時のことについてだ。
やっとたどり着いた“正解”とは、何なのか。
つい先日、母が亡くなることがあった。
父は若くして喪っているので、両親より1日でも長く生きられることが確定した。
不摂生に生きている自覚もあり、これで賽の河原で石積みをしなくて済むかと思いホッとした。
通夜や葬儀もあり、2~3日はどうしても仕事を制限せざるを得ないので、予定のリスケ(延期)を急ぎ連絡する。
当日や前日のリスケ相手には、失礼が無いよう母親が急逝したことだけ、淡々と説明した。
心遣いは不要であり、身内だけで早々に済ませるので数日後には、いつも通りお願いしますと伝える。
そして滞りなくすべてが終わった葬式翌日、大阪で経済会合に出席すると、後ろから腕を引っ張られることがあった。
リスケをお願いした、友人の一人である。
「金曜日は申し訳ございませんでした」
「いいんです、桃野さん。それよりこれ」
すると彼は、思いがけずお香典袋をねじ込んできた。
「いや、ちょ…」
「いいんです、ではまた後ほど」
(…アイツらしいな)
そんな風に思ったものの、正直言うと少しばかり戸惑いがあった。
ヤツは東証プライム創業会長の御曹司で、自らも世界各国で会社を経営する資産家である。
きっとすごい金額を入れてるんだろう…。
各地への出張をともにし、また数日に1度電話をするような“仲良し”ではあるが、しかし不祝儀で常識外れな心遣いは扱いに困るというものだ。
そんなことを思いながら家に帰り、袋を開け驚く。

(クッソ…やられた)
入っていたのは、くちゃくちゃにくたびれた、5000円札1枚。
何から何まで完璧な心遣いに、思わず涙が滲む。
黙っていることができず、思わず共通の友人に電話を掛ける。
「聞いて下さい、ヤツにこんなことされたんです」
「彼らしい、素晴らしいお心遣いですね。相手の負担に一切ならないよう、それでいていつも心を寄せていることを示して下さるなんて…」
そして後日、四十九日の数日前のこと。
今度はその共通の友人から、なにやらクロネコが届いた。

「四十九日、本来ならお線香をあげに駆け付けるべきところ、こちらで失礼します」
入っていたのは、お香の老舗として知られる鳩居堂のお線香だった。
良い香りとともに、お母さまの旅立ちをご親族で、静かに見送って下さい―。
そんな彼女の配慮に、ただただ感動する。
その時、こんなことを思った。
「こんなに素晴らしい人たちが、友人と思い付き合ってくれているのか…。負けてられねえ、一緒にいて見劣りしない人間にならないと!」
そして話は、友人の結婚披露宴についてだ。
ドラえもんの朗読などという奇抜なスピーチを、なぜしようと思ったのか。
「新郎は、とても素晴らしい親友に恵まれて育ったんだな」
あの時の私の目標は、出席者、とりわけ新婦のご両親に、そう思ってもらうことだった。
そうすれば、友人である新郎も心から喜んでくれるだろうと。
その目標を達成するために、「新郎を褒め殺し」にするなど逆効果である。
私自身こそが「素晴らしい親友」だと、新婦のご両親に思って貰わなければならない。
だからこそ、新婦を育てられたご両親に「のび太の結婚前夜」の朗読をお贈りすることにした。
本質さえ掴んでいれば、手法がなんであれ、心に届くということだ。
母の急逝に際して心を寄せてくれた友人たちも、同じである。
「…誇らしい友人に恵まれている」
そう思わせてくれたことこそが、何よりの励みになった。
前を向く、湧いてくるような力を貰った。
「同僚や仕事仲間の家族に不幸があった時、どこまで、何をしてあげるべきなんだろう」
だからこそ、この問いの答えはきっとこういうものなのだろう。
何かを“してあげる”必要なんかない。
誇れる仲間と思って貰えるよう、常日頃から研鑽すること。
何かあった際には、自然体でそっと心を寄せれば、それで充分であること。
その上で相手の心に届くかどうかは、“自分自身の通知表”でしかない。

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この記事を書いた人
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)など
余談ですが後日、私の披露宴の際にはこの友人にスピーチを頼みました。ものすごい褒め殺しをされたので、文庫本で引っぱたきました。
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
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