
「ちょっといい加減にして欲しいんやけど。店長呼んでくれるかな?」
何年か前の年の瀬、中学以来の友人たちと旧交を温めていた時のこと。
全国チェーンの居酒屋さんで、注文したお酒がなかなか出てこないことにイラついた一人が、店員さんに凄むようなことがあった。
「飲み放題なんに、出てくるん遅いやん。20分も待ってるんやで」
普段は紳士で良いヤツなのだが、酒が入っているせいか言葉が荒い。
店員さんは20代前半くらいにみえる、おそらくアルバイトであろう若い女性だ。
キツい言葉にびっくりして、言葉にならない返事を返すとバックヤードに向かう。
「ちょっと待て、店長さん呼んで何を言うつもりやねん」
「クレームに決まってるやろ。俺はこうやって、飲み放題なんに出し方を“調整”して、少しでも利益を上げるような不誠実なやり方が嫌いやねん」
「おい、いろんな意味でお前は間違えてる。後で説明するから、ここは俺に預けろ」
程なくして現れた店長さんに、酒が来るのが遅いという趣旨のクレームを言おうとする友人。
それを制して、言葉を挟む。
「お呼びしたりして、申し訳ございません。これだけお客さんが入っていますし、お忙しいですよね」
「はい、大きな団体さんの来店時間が重なって、ご迷惑をお掛けしお詫びします」
「人手不足な上に年末なので、大変なこと理解しています。コイツのクレームは忘れて下さい。とりあえず1杯飲ませたら落ち着くと思います」
「ありがとうございます、なるべく早くお持ちできるよう、スタッフと共有します」
「感謝します。大変だと思いますが、お仕事頑張って下さい」
何度も頭を下げながら、バックヤードに戻る店長さん。
それをひとしきり見ていた友人は不満そうに、こんなことを言った。
「桃野は甘すぎるねん。ちゃんとクレームいわんと、いつまでもオペレーションが改善せーへんやんけ」
「さっきも言ったけど、お前は明らかに間違えてる。説明するわ」
「舐められたらアカンねん」
話は変わるが、もう20年以上も前のことだ。
ご縁があり、29歳の若さで従業員800名を超える中堅企業のCFOを任されることがあった。
当然のことながら、これだけの規模の会社なので役員はみな、50~70歳といった年代のおじさんばかり。
29歳の私がCFOといったところで、素直に言うことを聞いてくれるような役員など、ほぼ誰もいない。
そんな中、一番コミュニケーションに苦労した人間関係が、大手商社を定年退職し再就職で取締役に就いていた、事業部長だった。
いわゆる団塊の世代ど真ん中で、“人生経験”で根拠のないマウントを取ってくるので話がかみ合わない。
年齢で人をカテゴライズするようなことは全く本意ではないが、それを差し引いても、少なくとも良い思い出とは言えない関係だった。
そんなある日のこと、事業部長と少し本格的に揉める出来事が起きてしまう。
「事業部で課長以上に毎週提出を義務付けているこの報告書、内容的に意味のある作業と思えません。目的を聞かせて下さい」
「桃ちゃんはまだ若いからわからんと思うけど、組織を動かすには部下に舐められたらアカンねん。効率だけが経営ちゃうぞ」
「申し訳ございません、意味が分かりません。部下に舐められないために、無意味な仕事をさせてるのですか?」
「上下関係をハッキリさせることも事業部長の大事な仕事や。規律が乱れたら、部下は言うことを聞かへんこともわからへんのか?」
要旨、説教をする材料を探すための報告書であり、それそのものが目的という。
フリー書式の作文形式であり、「新たな気づき」「今週の反省」「来週の目標」というような、まるで小学生の“帰りの会”のような内容である。
報告に基づく指導も、「分量が少ない」「今週の反省はこの程度なんか」ということしか言っておらず、文字通り部下を押さえつけるためのツールだ。
「申し訳ございませんが、まったく意味のない仕事です。この報告書は即日、廃止させてもらいます。この報告書にストレスを感じていると、多くの相談が来てるんです」
「勝手にせえ。何もわかってへんくせに!」
そんなことでますます関係が悪化した年の瀬、ちょっとしたハプニングが起きる。
事業部の忘年会を社員食堂で開くというので参加したのだが、少し遅れていくとすでに場はだいぶ出来上がっている。
会社のお金で少し良い酒が飲めるというので、ここぞとばかりに飲んだ若い社員などはバカ騒ぎだ。
そんな中、総務・経理の部屋を見に行くと、部長以下、社員がみな、まだ仕事をしていた。
聞けば年末の業務量に追われて、忘年会にとても参加できないという。
さすがに気の毒になり、社員食堂に戻ると人数分の「プレミアムモルツ」と、家に持ち帰れそうな食べ物を少しパックに詰め、届けようとする。
すると酔っぱらった若い社員が大声で、こんなことを言った。
「あー!桃野さん、さすがにそれは卑しくないですか?いい酒ばかり狙ってそんなにたくさん持ち帰るとか、アカンでしょ!」
「ちゃうちゃう、総務・経理の皆がまだ仕事してるんで、家で楽しんでもらうために届けるんやって」
「本当ですかぁ、怪しいなあ。後で確認しますよ?」
そんなじゃれあいを見ていた事業部長だったが、近づいてくるとこんなことを言った。
「どっちが上かわからへんな。若手からも、完全に舐められてるやんけ(笑)」
その時、完全に理解できた。
この事業部長はなぜ、仕事ができずに結果も出せないのかを。
ソフトの欠陥はハードでリカバリーできない
話は冒頭の、友人との飲み会のことだ。
酒の提供が遅いとクレームを言った友人は、何を間違えているというのか。
「お前の目的は何や?」
「飲み放題なんに酒が遅いことへのクレームやんけ」
「文句を言うことそのものが目的なんか。そんなクソみたいなこと、二度とするな。なるべく早く、飲みたい酒を出して欲しいということじゃないんか」
「もちろんそれもある」
「であれば、クレームよりももっといい方法があるわ」
そして、先の“仕事のできない”事業部長との思い出を一通り話すと、改めて友人に聞く。
「この事業部長は結局、大株主からの圧力で1期もたずに辞任に追い込まれた。なにを間違えてたと思う?」
「偉そうで人望がなかったからか?」
「それは結果論や。あのオッサンは、目的も手段も何もかも間違えてた」
そして結果を出すためには、なによりも“部下から舐められない”という、歪んだ手段こそ有効と信じていたこと。
実際は全く逆で、部下を威圧すればするほど正しい情報も入らず、裸の王様になってしまい成果から遠くなること。
役職とは文字通りただの“役割”であって、上下関係などではないことすら、理解していなかったことを話す。
「おもしろいことにな、この事業部長。そんなことで硬直化した部下との関係やコミュニケーションを、形で修正しようとするねん」
「どういうことや?」
「思い付きでフリーアドレスを導入したり、“目安箱”と称する自分への意見ポストを設置したり、事業部長のデスクを末席に置いたりとかやな」
しかしそのどれも、1か月もせずに形骸化し、何も機能することはなかった。
当然である。人と人とのコミュニケーションは、“話しやすい仕組みやオフィス”というハードと、“話す意思のあるリーダー”というソフトの両方が揃ってこそ、初めて実現するのだから。
ソフトの欠陥をハードで修正しようとしても、できるわけがない。
そんなことを説明したうえで改めて、友人に聞いた。
「その上でや。注文した酒を早く届けてほしいという目的のために、店長を呼びつけてクレームを言うというのは、一番有効な手段か?」
「それも一つの方法やろ」
「俺はそうは思わん。常連でもない一見のお前のクレームなんか、俺ならカエルのツラに小便やわ。適当に謝ったフリして、もっと提供を遅くする。ムカついたら、異物入れたろくらいに思うわ」
そして、希薄な人間関係の中で相手に自分の望みを聞いて欲しいのなら、最初に敬意と感謝、心遣いを示すことが目的達成のために、一番有効だと考えていること。
威圧的な手段と態度で人を動かそうとすると、目的から遠ざかるだけでなく、必ず手痛い何かが返ってくると話した。
「ハードの欠陥は、リーダーの姿勢で多少はリカバリーできる。しかし“話す意思のないリーダー”というソフトの欠陥は、ハードではリカバリーできへんねん」
「そうかもしれんな」
「だからこそ、何かにむかついた時にはまず、敬意と感謝、心遣いを示したうえで、店員さんと話す姿勢をみせてくれ。会社でもそうせんと、お前もすぐにあの事業部長になるぞ」
その後、彼が具体的にどう行動を変えてくれたのかまでは、承知していない。
年末年始になると思い出す、何年か前の忘年会でのヨタ話だ。

この記事を書いた人
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)など
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
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