
今回は人気Webライター、マダムユキさんに寄稿いただきました。
題材は「捨てないパン屋」として知られるブーランジェリー・ドリアン(広島)の物語。パン業界の「当たり前」に挑んだオーナー・田村陽至さんの奮闘と気づきを通じて、「頑張っても報われない」働き方から脱却するためのヒントを描いています。
売上はあるのに利益が残らない構造、長時間労働に疲弊する現実、そしてヨーロッパで学んだ“シンプルな工程で豊かさを得る”経営哲学。さらに「お客を選ぶ」ことで持続可能なビジネスを築く姿勢は、オフィスワーカーや企業経営にも通じる視座を与えてくれます。
「ただ真面目に働くだけでは豊かになれない」という世代の痛みと、そこから見えてきた新しい働き方の可能性を、鋭い観察と等身大の語り口で提示しています。
私は働くことが嫌いなわけじゃないし、決して「楽して稼ぐ」を目指しているわけでもない。
けれど最近、「自分がやっている仕事の価値」や「今の働き方」について、疑問を感じることが増えてきた。
朝起きて、会社に行って、山のように振られるタスクを休む間もなく片付けていく。
日々やらなくちゃならない作業に追われて、仕事の意味や、自分の役割をじっくり考えている余裕はない。
たとえ仕事が定時に終わっても、くたびれ切っているから生産的な過ごし方はできず、夜の貴重な自由時間はYouTubeやSNSに吸いとられていく。
そんな日々を過ごしていたある日、YouTubeでなにか面白い動画はないか探していたところ、「捨てないパン屋」についての番組が目に入った。「捨てないパン屋」とは、パンを捨てないパン屋のことだ。それって、業界ではかなり珍しいことらしい。
毎朝たくさんパンを焼いて、毎晩たくさん売れ残ったパンを捨てる。
そんな業界の「当たり前」を打破した「捨てないパン屋」こと、ブーランジェリー・ドリアン(広島)のオーナー・田村 陽至さんによると、パン屋の仕事は超ハードで、一般的なパン屋さんでは1日13時間〜15時間労働が普通だそうだ。
彼はもともと家業がパン屋で、両親は休むことなく働いていた。バブル時代は、考えなくても作れば売れる良い時代であったらしい。けれど、バブル崩壊後は次第に売上が落ち、ついに赤字を出すようになる。
テコ入れのために田村さんが実家に戻って家業を継ぎ、薪窯を導入して店や商品のラインナップをリニューアルすると、珍しさからメディアに取り上げられ、話題になり、あっという間に人気店になったそうだ。
ところが、店の経営状態は全く改善しなかった。お店の中はお客さんでごった返しているのに、利益が出ていなかったのだ。
よくある商売の落とし穴だが、人気があるのと利益が残るのは別の話なのである。
店にはお客さんが並んでいる。卸先もいっぱいある。通販でもそこそこ売れている。
それなのに、利益が全く残らない。
全国紙に30回も取り上げられて、そのたびに「あぁ、これで楽になる」と思うけれど、経営は思い通りに上向かない。
その原因は、まず売っている商品の種類が多いことだった。作業量が多く、忙しいとスタッフをたくさん雇う。すると、人件費を稼ぐ為にもっと売り上げを増やさなければならなくなる。どんどん長時間労働になって、十分な休養が取れなくなる。
ろくに眠れず、目覚めた時には、すでに疲れているのだ。
そんな田村さんの話に、私は自分の、そして今働いている会社の姿を重ねた。
うちの会社も新商品やサービスを次々と打ち出しているが、どれも腰を据えた売り込みができていない。商品はたくさん並んでいるのに、利益に結びつかず、徒労感が増していく感覚は似ている気がする。
田村さんは「これ以上は無理です」というフルスロットルで働いても、まったく儲からず、頑張ってくれているスタッフにも十分な給料が払えなかった。
儲からないから「もっと頑張ろう」「もっと工夫しよう」「もっと販路を増やそう」と考えて一層努力するけれど、それでもやっぱり儲からない。
この頃の田村さんは、早朝からたくさんのパンを焼いて、夜になると大量の売れ残りを捨てていたそうだ。
「どんなに頑張っても利益のでない仕事に疲弊していく。しかも、これはパン屋だけの問題じゃない。日本では、みんながボロボロになりながら働いているのに、もらえる対価と、仕事にかけている時間が釣り合ってなさ過ぎる」
そんな疑問で頭がいっぱいになり、どうしたらいいのか分からなくなった田村さんは、一度店を閉める決断をして、ヨーロッパへと旅立った。
日本ではバカンスなど考えられないが、どうやってヨーロッパ人はそれを実現しているのか、仕組みを学びに行くことにしたのだ。
田村さんを受け入れてくれたオーストリアのパン屋では、手間をかけないが最高の材料を使って、美味しいパンを作っていた。お客さんは安い値段で最高の材料を使った美味しいパンを買い、従業員はそれなりの給料をもらいながら、労働時間は短く、休みも多い。何より、その経営の仕方で店のオーナーはしっかり潤っていた。
商品の質に手を抜くのではなく、工程をシンプルにすることで余裕を作っていたのである。
一方の日本では、職人が自分のこだわりで手間をかけていくから、そこにコストがかかって売値を安くできない。かといってあまり高額では売れないため、高級な材料は使えない。
そのせいで、お客さんが得られる商品の質も、従業員の給料も、自分の生活の満足感も、商売の利益率も、すべてが低くなっていたのだった。
一生懸命手をかけて作った自分のパンより、作り方は手抜きでも、最高級の材料を使ったパンの方が圧倒的に美味しいという事実。そして、お客さんが満足し、自分たちの働く時間も短いと、仕事が楽しくなるという発見。
「費用対効果が合わないのに、ほんの少しクオリティを上げる為に無理をする」のをやめると、楽になれる。
そのことに気づいた田村さんは、考えを改め、以前は年中無休で働いていたのが、帰国後は1日8時間労働で週休1日。プラス1ヶ月のバカンスを取るようになった。そこからさらに週休3日を目指して仕事の配分を考え、現在は1日あたりの労働時間は増えたものの、効率的に働くことで、休みと利益をいっそう増やせたそうだ。
働き方に加えて、「本当に豊かになれる仕事」をするためにもう一つ大切なのは、「お客を選ぶ」ことだという。多くの人に選ばれることを目指さず、自分を支持し、買い支えてくれる限られた人数のファンにしっかり向き合う。ドリアンの場合、最低300人定期購入してくれるお客さんが居れば、経営は十分成り立つという。
それと似た話を、ひとり出版社「夏葉社」の島田潤一郎さんも語っている。
「作ったものを短く、多くの人に届けるよりも、ちゃんと見てくれている読者の信頼を裏切らないこと。誠実でいれば、商売というものはだんだん上手くいくのだと思っています」
と。
「夏葉社の本は、初版2500部ほどが、2年、3年かけて売り切れていく。だから、本を買ってくれる2500人に対して誠実であろうとすること。あとの1億2000万人には誠実でないかもしれない。けれど、夏葉社の本を認めてくれる2500人に対してきちんと誠実に対応していれば、出版社というものは継続していける」
「捨てないパン屋」ドリアンの田村さんと、「ひとり出版社」夏葉社の島田さんは、二人とも1976年生まれだ。
私も彼らと同世代だが、豊かさが失われていく中で、ただ真面目に働くだけでは、働いても働いても豊かにはなれなかった世代である。
「商売はスピード感が大切だ」「もっとたくさんの人に売ろう」「販路を増やそう」「もっといろんな方法でPRしよう」「飽きられないよう常に新商品を投入しよう」
そんな風にせきたてられる働き方は、平成時代には「当たり前」の風景だった。
けれど今は、少しずつ潮目が変わってきているのだと思う。
田村さんや島田さんのような生き方や働き方は、もう一部の特殊な人の話ではなく、確実に支持を集めている。時代が変わりつつある証拠だ。
氷河期世代の私たちが見てきた「頑張っても報われない」景色の先に、ようやく違う地平が見えてきているのかもしれない。
この記事を書いた人

マダムユキ
note作家 & ライター
https://note.com/flat9_yuki

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