
今回は人気Webライター、マダムユキさんに寄稿いただきました。
舞台は、ゴミが山積した地方の商店街組合の事務所。空間が荒れることで業務や組織運営がいかに歪んでいくか、そして“整理整頓”という一見地味な行為が、信頼される組織への第一歩であることを、鋭い視点とリアルな描写で描いています。
「おぉ。こりゃあ、すごいですね……」
粗大ゴミの処分に来てくれた業者さんが、事務所に詰め込まれたゴミの山を目の当たりにして、目を白黒させている。
大量のファイル、数十年分の古びた書類、誰も読まない広報誌の山、使いかけの文具、何十年も前の夏祭りの飾り、壊れた家具や電化製品。賞味期限の切れた食品や、食べ物や飲み物がこびりついたプラスチックコップや弁当の容器には、大きなゴキブリがたかっている。
ここは商店街組合の事務所だが、いわゆるゴミ屋敷というやつだ。
岡田さんは、そんな場所に毎日出勤していた。そして、ゴミに埋もれて仕事をしていた。
岡田さんとは、地方のとある商店街組合の事務局を、一人で切り盛りしてきた80歳間近のお婆ちゃんである。40歳を過ぎて子育てが一段落した頃、商店街に店をかまえる友人に頼まれて、組合の事務員として働き始めたという。
30年以上も商店街で働いている間には、夫を亡くしたり、自身も大病を患ったりと、辞め時はいくらでもあった。なのに、限界が来るまで岡田さんは働き続けた。大腸ガンの手術を受けた後でさえ、たった1週間しか休みを取らなかったと言う。
なぜそうまでして辞めなかったのかといえば、「この商店街が好きだから」ではない。
単に、本人のいい加減な仕事ぶりのせいである。整理整頓ができず、事務所の中はゴミだらけ。会計の基本を理解していないので、帳簿の数字はてきとう。金銭管理は杜撰を極め、組合の金庫はすっからかんになっている。そのため、運営費が足りない時は、ポケットマネーで補填して誤魔化すというありえなさ。
本人にも「マズイことになっている」という自覚はあったようで、ひたすら実情を隠し、実態を誤魔化すことに必死になっていた。
田舎の町で生きてきた岡田さんにとって、万が一にもバレたら面目丸潰れとなり、人前に出られなくなってしまうのが嫌だったのだろう。
岡田さんには悪気がなかった。しかし、能力もなかった。能力がないのに舵取りの難しい仕事を任されてしまった結果、組織はどんどん歪んでいった。
本当に悪いのは、そんな状態を何十年も放置してきた理事会の方だ。
なぜ誰も岡田さんの仕事ぶりをチェックしなかったのかと不思議に思うが、彼女は商業高校を出ており、結婚前は銀行に勤めていた。その経歴により、周囲から「しっかりしていて、会計が分かる人」だと見なされていたのである。
けれど、実際に銀行でやっていたのは窓口業務。45歳で組合の事務局に再就職する頃には、高校で習った簿記の知識などすっかり忘れていたに違いない。
そんな人が30年以上も一人で事務局の運営をしていたのだから、蓋を開ければ大惨事になっていて当たり前である。
けれど、岡田さんは悪びれなかった。誰かにいい加減さをちょっとでも非難されようものなら
「私がこの組合のために、どれだけ骨を折ってきたと思っているの?!」
と開き直るのだ。
長年、薄給で働き続けた彼女なりの犠牲を思うと、そう言いたくなる気持ちは分からないでもない。
けれど、「だったら自分の『やらかし』の後始末は自分でつけろ。それができないなら偉そうにするな」と、私は冷ややかな眼差しを岡田さんに向けていた。
人の良さそうな顔をしながら、彼女は何食わぬ顔で、ゴミ屋敷と化した事務所と、滞った業務と、破産しかけの組合を私に押し付けたのだから。
実を言うと、私は今もまだ岡田さんを許していない。
「ふざけんな!」と、心の中で何度叫んだかわからない。「ハメられた」と思ったし、知人の紹介とはいえ、よく調べもしないで仕事を引き受けた自分を呪いたくなる日もあった。
「だったら、さっさと辞めればいいだろう」と思われるだろうが、それができないのが田舎社会の理不尽さなのだ。
しがらみが多く、そんなことをすれば不義理とみなされて評判を落とすのは、岡田さんではなく私の方なのである。
「この組合を辞めるためには、問題を全て解決し、後任を見つけて、円満に退職するしかない」
と覚悟を決めた私が最初に取り掛かったのは、大量のゴミの処分と整理整頓だった。
ひたすらモノを捨て、譲れるものは譲り、什器と備品は最低限のものしか残さなかった。
数十年分の書類と広報誌には全て目を通し、処分して差し支えないものを捨てるだけでも軽トラック2台分のゴミになり、壊れた電化製品の処分だけでも数万円かかった。
面白いもので、空間が片付いていくと、頭の中まで整理されていく気がする。
事務所に溜まっていた表面的なゴミを片付けて、ようやく本当の問題に着手できた。
慢性化していた赤字を解消するためには、まず支出をカットしないといけない。足の踏み場もなかった組合の事務所は、ゴミが消えるとフットサルができそうなくらい広々としていた。岡田さんは「運営費が足りない」と言いながら、大量のゴミを保管するために、毎月10万円近い家賃を払い続けていたのである。
事務員が一人しかいない事務所に、こんな広さは必要ない。こぢんまりして家賃の安い部屋に事務所を移しただけで、月々の固定費は大きく下がった。
何にお金を使っているのかを洗い出しをしてみると、他にも不要な支出は山ほどあった。
燃えるはずのない街路にかけられていた火災保険に、とっくに電話機が撤去されている電話回線の基本料金、インターネットを使っていないのに引かれていた光回線など。
「メモやFAX、コピーにもチラシの裏紙を使って、私は節約してたのよ。組合にあんまりお金がないから、事務用品は自分で買ってたの」
と、胸を張っていた岡田さんは、チラシの裏紙を使って節約した気分になりながら、年間で80万円も無駄なお金を払っていたのである。
ちなみに「節約のため」と言って彼女が溜め込んでいたチラシは段ボール3箱分。なんと5000枚もあった。
組合の理事たちも、すっかり片付いたあとの事務所に来て、ようやく事態の深刻さに気がついたようだった。
空間がスッキリしたことで、「どれほどのゴミがここにあったのか」が可視化されたのである。おかげで、これまで目に見えなかった組織の膿が、逆に見えるようになったのだ。
以前は「何事も事務員任せ」だった彼らも意識を改め、少しずつ組織改革に協力してくれるようになっていった。
もちろん、片付けたからといって、すべてが解決するわけではない。組織の体制と運営には見直しが必要だ。岡田さんひとりに責任を押しつけて終わる話ではない。
いい加減な仕事ぶりがバレた岡田さんは、反省しているのかいないのか、「私がメチャメチャにしたばっかりに、大変な思いをさせてごめんなさいねぇ」と、何度もあやまってきた。
あやまられたところで、私は岡田さんを許す気にはなれない。
彼女のせいで筆舌に尽くしがたい大変な思いをさせられたのだ。けれど、問題から逃げず、真っ向から取り組んだことで大いにスキルアップした実感と、やり遂げた充実感はある。岡田さんのことは今後も許すつもりはないが、やがて忘れる日も来るだろう。
物理的にもソフト的にも、余分なものを捨てるのは大事だ。無駄のない空間は、無駄のない仕事につながる。風通しのいい空間でこそ、仕事も風通しがよくなる。
整理整頓とは、単なる美徳ではない。 組織の再生とは、こういう些細で地味な作業からしか始まらないのだ。
この記事を書いた人

マダムユキ
note作家 & ライター
https://note.com/flat9_yuki

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