経営者にとって合理的な選択と、労働者にとって合理的な選択は一致しない

つい先日、一部の社員が経費の節約を考えないとぼやく上司に向かって

「節約によるインセンティブを取り上げておいて、社員が節約をしないと怒るのはお門違いですよ。この場合、社員は『節約に励むことで自分は損をさせられている』と考えて当たり前。人間とはそういうものなんだから。
それが分からないなら、人間というものに対する解像度が低いです」

と言い放ってしまった。
息を飲んだ様子の上司を見て、「ちょっと言い過ぎたな」と思ったが、一度口に出したことは引っ込められない。

内容もさることながら、キツイ言い方が神経を逆撫でしたのか、彼女はムキになって反論してきた。

「そんなことない! 会社の経費を節約するかしないかは、社員おのおのの人間性の問題でしょ? 少なくとも濵田くんのやり方は賢くない。現にこうして、社長や私からの彼に対する評価は低くなっているわけだし。
賢い社員たちは、将来(出世)のことを見据えて、ちゃんと周りからの評価を考えて行動してるわよ」

私の勤め先は同族経営の小さな会社で、社長の妻が私の上司だ。そして、濵田くんとは、社内で唯一の20代、Z世代の社員である。

近々、営業活動のためチームで東京に行くことになったのだが、濵田くんだけが飛行機とホテルの予約をぎりぎりまでしておらず、結果としてフライトチケットと宿泊費が割高になった。出張にかかる費用は、もちろん会社持ちである。

「早く予約すれば飛行機代は安くなるのに、濵田くんは会社のお金だと思って、ちっとも節約しようとしない。ホテルだって、以前はできるだけ安いところを選んで、ボロボロのホテルでも平気で泊まっていたくせに、制度が変わってからはできるかぎり贅沢なところに泊まろうとして、図々しい」

上司は、そんな不満を隠そうとしなかった。

かつての濵田くんは、出張の予定が入るとすかさず航空券を押さえ、オンボロの安宿を探して泊まっていたという。当時は、たとえば東京に三泊するなら一律で10万円といった形で出張費が支給され、その範囲内で交通費と宿泊費を各自がやりくりする制度だったからだ。節約して余った分は、社員の手元に残る。
工夫次第では、出張費の半分近くを浮かせることが可能だった。

うちの会社に限ったことではないが、地方の中小企業は基本給が安い。
経営陣は、「うちの会社は、この地域の平均よりも高い給料を払っている」と胸を張るが、都会の企業と比べれば、若者のベース給与には大きな差がついている。

その「やりきれないほどの差」を埋める手段として、出張は社員にとって「おいしい仕事」だったのだ。出張費の支給に加えて、出張手当もつく。だからこそ、濵田くんは出張の予定が入ると喜び、張り切って節約していたのである。


ところが、その制度が見直された。
一定額を支給する方式ではなく、上限を設けたうえで、実費を会社が負担する形に変えられたのである。
経営者にとっては、経費削減を考えた合理的な判断だったのだろう。

しかし、社員にとってその制度変更は改悪だった。
制度が変わったことで、社員にとって出張はもはや“儲かる仕事”ではなくなってしまった。
努力して節約しても、手元に残るものはない。節約に励んで得られる利益を会社に取り上げられてしまうのであれば、それは搾取だと感じられる。

「もらえるものがないのに、これまでと同じように行動するのは損」だと考え、やる気をなくすのは人情というものだ。
社員は全員ガッカリしたに違いないが、中でも特に分かりやすく反応したのが、一番若い濵田くんだったというだけだ。

彼はそれまで殊勝な性格ゆえに節約に励んでいたわけではなく、手取りを増やす合理的な選択として、そうしていただけなのだ。
節約のインセンティブが消えてからは、航空券の予約は早割を狙わなくなり、宿泊もできる限りハイクラスなホテルを選ぶようになった。
節約が自分の利益にならない以上、許されるギリギリの範囲で最大限の贅沢を満喫することが、彼にとっての合理的な選択に変わったのである。

私は、それを当たり前の成り行きだと思ったが、上司は納得しなかった。
社内の制度が変われば社員の行動も変わるのは自然なことだと主張する私に対して、彼女は、そうした行動の変化を人格の問題として説明しようとするのだから、会話は平行線だ。

経営者にとって合理的な選択と、労働者にとって合理的な選択は、必ずしも一致しない。むしろ、その二つは簡単に食い違う。

インセンティブが消えてもなお経営者の意図に沿った行動を取り続けるのは、その会社に留まるしか選択肢がない社員だろう。

地方の中小企業では、40代後半から50代の社員が中核を担っていることが多い。いわゆる氷河期世代である。私もその一人だ。
人数が多く、競争が激しく、「お前の代わりはいくらでもいる」と言われてきた私たちは、社内の制度が改悪されても簡単には動けない。転職市場で厚遇されるわけでもなく、今の生活を守りたければ、不満があっても飲み込むしかない。

一方で、濵田くんには「若さ」という圧倒的な付加価値がある。
若者を採用できなくなっている地方の企業において、20代の若手社員は貴重なのだと、誰よりも本人がそれを自覚している。だから評価に怯えないし、会社に固執もしていない。
「俺はこの会社に“居てあげている”のであり、嫌になったら辞めればいい」と、気楽に考えているのだ。
実際、若さと資格を持っている彼は、いつでも他業種に転職が可能である。
中高年の社員に比べて不遜な態度は、人間性の差によるものではなく、単に持っている選択肢の差なのだ。

日本の労働者は、長らく真面目だと言われてきた。それは美徳だの国民性だのと言われてきたが、真面目に働けば、相応に見返りのある暮らしができたから成立していただけの話だ。

「努力しても報われない。真面目にすることに合理性がない」そう感じたとき、人は真面目さを手放す。それは堕落ではなく、適応である。

制度が変わって、濵田くんが変わったのではない。彼は一貫して「自分にとって最も合理的な選択」を続けているだけだ。
そうであるなら、経営者サイドが考えるべきは、社員にとっての合理的な行動が、会社にとっても利益につながる制度設計ではないだろうか。

という考えを、私は口に出さなかった。
いくら同世代で気安い仲の上司とはいえ、彼女をやりこめて関係がギクシャクすれば、同じ部署内で働きにくくなるだけだからだ。
それが、まだしばらくこの会社で働くつもりでいる私にとって、合理的な選択なのである。

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この記事を書いた人

マダムユキ

note作家 & ライター
https://note.com/flat9_yuki

※本稿は筆者の主観的判断及び現場観察に基づく主張であり、すべての読者に対して普遍的な真実を保証するものではありません。


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そしきLab編集部

【この記事は生成AIを利用し、世界のオフィスづくりや働き方に関するニュースをキュレーションしています】