
新しいオフィスに移った日の朝を、覚えているだろうか。椅子が変わり、窓が広くなり、社員は写真を撮って家族に見せる。
ところが半年もたつと、その椅子も窓も「あって当たり前」になる。移転のときにあれほど喜んだ社員が、今度は会議室の予約が取りにくいと言い始める。
私はこれを、オフィスが給料と同じ「衛生要因」だからだと考えている。欠けると一気に不満になるが、足しても足しても満足は伸びない。
では、オフィスに投資する意味はないのか。そうではない。
自社のエントランスで毎年見ていることから、オフィスへの投資を社員の心に届かせ続ける方法を考えてみたい。
東京本社のエントランスは年に4回、壁が変わる
ウチダシステムズの東京本社では、エントランスの壁面の一部を、3か月に1回、季節のグラフィックに作り替えている。始まりは大阪拠点で、大阪のオフィスはいまも毎月変えている。東京は2020年以降、それにならって続けてきた。
理由は、お客様へのおもてなしである。オフィスツアーだけでなく、移転やリニューアルを任せていただいたお客様に来ていただき、椅子に座り、テーブルの手触りを確かめ、内装の素材を選んでもらう。
展示会やセミナーも自社のオフィスで開くので、お迎えする壁を季節ごとに変えている。
お客様に向けた工夫だが、声は思わぬところからも届く。同じフロアに入居している別の会社の方から、「グラフィックが変わると季節の変わり目だと感じる。次はどんなデザインか楽しみにしている」と言われる。
正直に言えば、壁の一部を変えたところで生産性が上がるわけではない。それでも人は反応する。壁そのものではなく、前回と違うことに価値があるからだ。
新しいオフィスの喜びは半年で「当たり前」になる
心理学者フレデリック・ハーズバーグらは、1959年の共著『The Motivation to Work』で、満足の反対は不満ではない、と言った。満足を生む要因と、不満を生む要因は、別々にある。
- 出典:ハーズバーグの二要因理論(英語版Wikipedia)。ピッツバーグの会計士と技術者203人への面接がもとになっている
- 不満を生む側の「衛生要因」:会社の方針、上司、人間関係、労働条件、給与
- 満足を生む側の「動機づけ要因」:達成、承認、仕事そのもの、責任、昇進
労働条件、つまり働く場所は、衛生要因のほうに入っている。ハーズバーグは1968年のハーバード・ビジネス・レビュー誌の論文でも、給与や労働条件を整えることは不満を防ぐだけで、人を動機づけはしないと繰り返した。
給料に置き換えるとわかりやすい。昇給した月はうれしいが、3か月もすればその額が基準になり、次に不満が出るのは上がらなかったときだ。
オフィスも同じである。私が見てきた移転後の会社で、1年たっても「新しいオフィス」と呼び続けている社員はほとんどいない。
オフィスはいま、人的資本経営や健康経営の文脈で追い風を受けている。日本の会社は長いあいだ働く場所に投資をしなさすぎたので、それ自体はよいことだと思う。
ただし、欠くとパフォーマンスはがた落ちし、足しても足した分の伸びは期待できない。電気や水道と同じで、意識されるのは止まったときと、変わったときだけである。
日本の職場は荒れていない、ただ熱がない

仕事に熱意をもって向き合えている人は、世界で20%、日本では8%にとどまる。Gallupが2026年に公表した「State of the Global Workplace」の数字で、調査は2025年の1年間、140以上の国と地域で行われた。
- 世界のエンゲージメント:20%(2022年の23%から低下)
- 日本:8%(東アジアは18%)
- 日本の働く人が前日に強く感じた感情:怒り13%、悲しみ9%、孤独11%。世界平均はそれぞれ22%、23%、22%
- ただしストレスは日本39%、世界40%で、ここだけは世界並み
注目したいのは感情の数字だ。日本の働く人は、怒ってもいないし、悲しんでもいないし、孤独でもない。荒れてはいないが、燃えてもいない。
断っておくと、Gallupはオフィス環境を測っていない。「日本は8%だからオフィスを変えよう」とは言えないし、私も言わない。
それでも、不満が少ないことと熱があることは別物だという点は、衛生要因の話と同じ形をしている。オフィスの不満を消し切っても、熱は生まれない。熱に近づける経路があるとすれば、「整っていること」ではなく「動いていること」のほうだ。
共用エリアの家具を「返せる」形にする
エントランスの壁と同じことを、もう少し広い面積でやる道具がある。法人向けの家具サブスクリプションだ。市場はまだ小さく、オフィス家具の主流にはほど遠い。
家具は一度入れると、なかなか入れ替えない。10年は使う前提で買う会社がほとんどで、その結果、オフィスの景色は移転の日に固定される。
サブスクなら、返せる。返せるなら、替えられる。半年に一度リフレッシュエリアのソファが変わると、社員は「変わった」と気づく。
ただし使いどころを間違えてはいけない。執務席の椅子とデスクは、人が1日8時間体を預ける道具で、頻繁に替える性質のものではない。
- 向く場所:リフレッシュエリア、ラウンジ、カフェ、社内イベントの場、来客の待合
- 向かない場所:執務席の椅子とデスク(体に合わせて選ぶ道具。変化より安定)
- 規模:一区画だけでよい。全社の家具をサブスクにする必要はない
運用のイメージはこうだ。半年に一度、リフレッシュエリアのソファとテーブルだけを入れ替える。社内に告知はせず、気づいた人が「変わりましたね」と言い、それが会話になる。
fittingbox と subsclife、「返せる」型はどちらか

このニッチな市場で、2026年7月に動きがあった。欧州家具の輸入商社インターオフィスが、家具サブスク「fittingbox」をリニューアルし、返ってきた家具を自社で点検・整備して次の会社へ回す循環型に切り替えた。
- 発表:2026年7月1日、PR TIMES
- STANDARD PLAN:1席あたり月額8,800円〜(エルゴノミクスチェアと電動昇降デスクを含む)
- 納期と解約:在庫があれば最短2週間で導入。STANDARD PLANは契約開始から6か月以降、中途解約金なし
- 在庫:VitraやHerman Millerなどを自社で保有。海外取寄品は通常2〜4か月かかるところを、在庫があれば2週間で届ける
- 経緯:2021年4月の開始時は2年契約が基本で、年に最大50%の家具を入れ替えられる形だった
つまり、返せて、替えられる。私が共用エリアで欲しいのは、この機能である。
もう一社、ソーシャルインテリアは思想が違う。個人向けの「subsclife by TOKYOROOMS(サブスクライフ)」で知られ、法人向けにも同じ仕組みを広げている。
- 品揃え:600ブランド12万種
- 初期費用:初期導入費用95%カット、12か月または24か月の契約
- 満了後:購入(商品価格との差額を一括)、継続、返却の3択。使い続けても商品価格を超えない料金設計
- 実績:利用期間終了後に返却するのは全体の8%程度(2023年10月の報道、過去2年の実績。個人向けと法人向けを合わせた数字)
返却が8%、つまり9割超が買い取る。月額の合計が商品価格を超えない設計だから、金利ゼロの分割購入に近い。実際、個人向けの subsclife は2024年2月のリニューアルから一括払いの購入も選べるようにしている。
初期費用を抑えて気に入った家具を手に入れたい会社にとって、これ以上ない仕組みだと思う。ただ、買い取ってしまえば、その家具は「入れ替わらない家具」に戻る。
制度上はどちらも期間後に継続・返却・購入を選べる。それでも実績と料金設計を見るかぎり、前者は回して使う型、後者は買い取りに向かう型であり、景色を動かし続けたいなら選ぶのは前者だ。
fittingboxの看板は「1席8,800円」という執務席の単価だ。顧客の4割強がスタートアップやベンチャーなので、人数の増減に合わせて席を足し引きする売り方になっている。
ただ、対象の家具にはカフェやリフレッシュのカテゴリも入っている。「一区画の景色を半年ごとに替える」という使い方は、いまの料金表でも組める。席の増減で使い始めた会社が共用エリアの入れ替えに気づく日が来たとき、この市場は一段広がると私は見ている。
まとめ
オフィスは衛生要因である。欠けば不満になり、足しても青天井には満足度は伸びない。だからオフィスが人の心に触れるのは、「変わった」と気づく瞬間だけである。
ウチダシステムズのエントランスの壁面グラフィックは、年に4回、その瞬間をつくっている。家具サブスクは、その拡大版だ。ただし使う場所は共用エリアで、選ぶのは返せて替えられる型である。
次にオフィスに投資するとき、金額の前に「どこを、どれくらいの間隔で変え続けるか」を決めてほしい。

この記事を書いた人

吉田 学
オフィスづくりの現場に12年。起業直後のマンションの一室から4,000坪超の本社移転まで、100件を超えるプロジェクトで経営者や総務・人事の方々と対話してきました。その経験を物差しに、公開情報から企業の「場づくり」の意図を読み解きます。
参照
二要因理論
- Two-factor theory|Wikipedia(英語版)
- One More Time: How Do You Motivate Employees?|Harvard Business Review(1968年初出・2003年再掲)
エンゲージメント調査
- State of the Global Workplace: 2026 Report|Gallup
- State of the Global Workplace: Japan country-level data|Gallup
fittingbox(インターオフィス)
- インターオフィス、「fittingbox」をリニューアル|PR TIMES(2026年7月1日)
- fittingbox 公式サイト
- fittingbox プラン内容のご案内
- インターオフィスが家具のサブスク「Fittingbox」を開始|TECTURE MAG(2021年4月5日)
ソーシャルインテリア
- オフィス家具のサブスクサービス|ソーシャルインテリア
- サブスクライフが新しくなりました|ソーシャルインテリア(2024年2月9日)
- subsclife by TOKYOROOMS 公式サイト
- 家具・家電サブスクのソーシャルインテリアが好調な理由|ネットショップ担当者フォーラム(2023年10月3日)
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