
「どうすればチームが良くなるか、みんなで意見を出しあう場にしたい」
もうずいぶんと昔、中堅企業で財務責任者をしていた時のことだ。
中途入社で入ってきた40歳くらいのオッチャンが、若手たちにそんなことを呼び掛ける会議に同席したことがある。
大手企業からの転職なので、役職はいきなり課長を与えられていた。
異業種だったこともあり、正直どうやって製造チームをまとめるのか興味があったのだが冒頭、課長が話したのが先の言葉だった。
「私は正直、この分野は素人です。ですので、皆さんには自由に意見を出して欲しいのです。責任は私が取ります」
言っている趣旨は理解できる。
しかしこの人はきっと、リーダーとして長続きしないだろうと、嫌な予感がする。
「最近、経費削減で在庫が薄く、必要な時に必要なものがない事があります。なんとかなりませんか?」
「パートさん、忙しい週末を避けて暇な日にばかりシフトを希望するんです。不公平です」
案の定、予想通りの流れになってきた。課長の返答は当然のように、しどろもどろで的外れである。
こんな無責任な采配で会議が進むと、そのうち私まで被弾しかねない。
そのためタイミングを見計らい、そっと席を外す。
すると1時間ほどして課長が席にやってくると、こんなことをいう。
「今日の会議で、とても大事な収穫がありました。予算の話は桃野さんにと言われたので、少しお時間ください」
「はい、どんなことでしょう」
「現場から、工場の熱源をオール電化にすべきという意見が上がりました。コスト的にも有利なはずですし、排熱もなくなるので快適になるという要望です。検討できませんか?」
どこから何を言っていいのか、思わず言葉に詰まる。
そのため不本意ながら、つい本音を言ってしまった。
「課長、申し訳ございません。そのやり方でチームは本当に上手くいきますか?」
「何もしないことを決めました」
話は変わるが先日、陸上自衛隊で最高幹部にまで昇った、田浦正人・元陸将(以下敬称略)とご一緒して頂いた時のことだ。
興味本位でつい、こんな質問をしたことがある。
「田浦さんってやはり、若い頃からあらゆる競技会で、連戦連勝だったのですか?」
日本最大の火力・兵力を誇る北部方面総監にまで昇り、35,000人のトップを担った田浦のことだ。
若い頃から部隊指揮官として華々しい活躍をしたのであろうと推測し、聞いたものだった。
「それが桃野さん、大隊長時代まで私、連戦連敗の全然勝てない指揮官だったんです(笑)」
「え…本当ですか?」
「はい、同期からは『もう田浦は現場に口出しするな』とまでいじられてました」
思いがけない返事に、どのように返せばいいのか言葉に詰まる。
そんな私の戸惑いを見透かすかのようにニコリと笑うと、ビールを口に運び言葉を続ける。
「そんな私が連隊長を命じられたのは、名門の第72戦車連隊でした。しかし当時は2年間、あらゆる競技会で全敗していたのです。そのタイミングで、連隊長に上番しました」
「…では失礼ながらやはり、連隊長としても敗け続けたのでしょうか」
「いえ、私が上番してすぐに、あらゆる競技会で連戦連勝を誇る常勝軍団に復活しました」
「…はへ?」
思わず変な声が出て、口に含んだビールを危うく吹き出しそうになる。
「いったい何をされたのですか?敗け続け指揮官の田浦さんが、敗け続けの連隊で指揮官になったのですよね?」
「はい、その通りです。しかも連隊長に上番した時、私は何もしないことを決めました」
「…意味が分かりません」
すると要旨、田浦は以下のようなことを話した。
自分は大隊長時代まで、自分の能力を過信しマイクロマネジメントをしていた。
俺の言うとおりにやれ、こうすれば勝てると部隊を指揮していた。
その結果、一度も勝てなかったのだと。
そのため連隊長に上番してからは、陸曹(現場を担う下士官)たちを集めると折につけ宴席を設け、こんなふうに語りかけたのだという。
「勝ちたいねぇ~、敗け続けで悔しいよなあ。勝ちたくないか?」
「勝ちたいです!!」
「だよなあ、俺も勝ちたい。何をすればいいと思う?」
すると陸曹たちは先を争うように、部隊が何をすべきか、どんな練成をすべきか、アイデアを出す。
「お、いいねえ!それやろうぜ!」
「良いアイデアだね!でもそれをやる前に、他に優先することはないか?」
現場を担う猛者たちから、次々に湧き上がるアイデア。
田浦はそれを全て聞き、決して否定することなく、その上でプライオリティを整理した。
「これをやれば、俺たちは勝てるんだな?」
「はい、勝てます!」
「よし、全部やろうぜ!必要な準備は俺に任せろ!」
そんなことで一気に現場の士気が盛り上がったと、懐かしそうに話す田浦。
しかし話は、そう単純ではなかったという。
「桃野さん、これだけだとこの話の解釈を誤ります。この後、陸曹たちは何をしたと思いますか?」
「想像もつきません…」
「現場からのアイデアの一つに、早朝、戦車の機動訓練を自主練したいという申し出があったんです。当然私はそれを許可しました。すると現場から、連隊長にも観に来て欲しいと言われたのです」
自主練をするというのだから、連隊長が視察に来れば士気が上がるし、見に来てくれないなら逆に士気は落ちる。
しかしここで罠を仕掛けられたのだという。
「例えば第2中隊の朝練が翌朝にある時、前の晩に第1中隊の連中が私を飲みに誘うんです。『連隊長、強くなるために相談があるんです!』と。断れません」
「何時くらいのことですか?」
「勤務後ではありますが、帰ろうとすると『連隊長、まだいいじゃないですか!』と、深夜まで引き留められました」
「それってもしかして…」
「はい、第3中隊の朝練が翌日にある時には、第2中隊の連中が来ました。『強くなるために、相談があります!』と」
田浦は元々、酒があまり強くない。そんなことは部下も現場の隊員も、誰でも知っている。
そんな田浦に深夜まで、翌朝自主練のない部隊の陸曹たちが、交代で酒を飲ませにきたのだという。
早い話が、本気で現場の話を聞く気があるか。
深夜まで酒を飲ませても、本当に翌朝の5時に、演習場に視察に来るか。
指揮官としての本気と覚悟を試されたということである。
「もう必死でした。立ってはいるんですが目は閉じてたと思います」
「バレませんでしたか?(笑)」
「戦車機動の視察では、双眼鏡で観ないとわからない高台から観ますので大丈夫でした(笑)」
(さっきまで飲んでたはずなのに、連隊長今朝も本当にきてるよ…)
現場も双眼鏡で必ず、田浦が観に来ているか毎回、確認する。
そこに田浦の姿を見つけるとテンションが上がり、部隊はどんどん精強になっていった。
そして各種競技会で連戦連勝を重ね、迎えた連隊長離任式の日。
思いがけないサプライズが起きる。
「本気の連隊長に恵まれ、幸せでした!」
式典が終わるや否や、部下の一人がそう叫ぶと隊員たちが田浦のもとに殺到し、胴上げが始まったのだという。
そんなことを話すと田浦は、強くない酒を少し多めに呷り、最後にこう言った。
「指揮官として育ててもらった、忘れがたい想い出の部隊の一つです」
“良いことを言うだけのポンコツ”
話は冒頭の、大手企業から転職してきた課長についてだ。
「そのやり方でチームは本当に上手くいきますか?」
まとめてきた意見をなぜ突っぱね、聞く耳を持たなかったのか。
「課長、オール電化を導入した際のコストと償却年数、それによって削減が見込まれる経費を教えて下さい」
「…コストの計算はまだです。しかし現場が排熱で苦しんでいるのであれば、コスト以上の効果があります」
「スポットクーラーという選択肢を検討しましたか?それでも解決が難しいかどうか、実際に現場に立って仕事をしたことがありますか?」
「…」
皆の意見を聞き集約をするといえば、理想的なリーダーに思えるかもしれない。
しかし彼のやり方は単に、日常の不満をだらだらと聞いて、ストレスを増幅するだけの悪手だ。なぜか。
会議そのものに加え、出される意見にも、なんら目的が設定されていないからである。
漠然と意見を聞かせて欲しいなどと言われたら、誰だって仕事に対する不満だけを吐き出すに決まっているだろう。
なおかつ課長は、仕事の流れを把握していないだけでなく、現場に立ったことすらなかった。
そんな状態で不満を取りまとめ、予算を要求するなど、子供の使い以下でしかない。
そして話は、田浦についてだ。
「連隊長に上番した時、私は何もしないことを決めました」
現場からボトムアップで意見を集約し、部隊の精強化に成功したやり方と課長のやり方。
似ているようで何が違うのか。
田浦とその部下たちの目的意識は明らかだ。
「どうすれば勝てるのか。俺たちは強くなれるのか」
当たり前すぎる前提で見落としてしまうかもしれないが、この最初のベクトル付けがリーダーと議論の質を全くの別物にしている。
リーダーとして求める結果を最初に示し、議論の出発点とゴールを共有しているのだから、不平不満の解決という部分最適など誰も求めない。
むしろ全体最適の結果、部分最適も解決されることを皆が信じている。
そう信じるために、部下たちは時に“深夜まで酒を飲ます”ことで、連隊長を試した。
信じられるリーダーであるか、良いことを言うだけのポンコツなのか、見極めようとした。
それをクリアした田浦だからこそ、ボトムアップのやり方で部隊を精強にすることができたのだろう。
責任とは、部下からの信頼無くして取り切ることなどできるものではないのだから。
思えば私たちは、“リーダーとしてカッコいいセリフ”を口にすれば、仕事をした気になっているということはないだろうか。
「責任は私が取ります」
「自由に意見を出して下さい」
こんなセリフは、部下が上司を信頼しているからこそ機能する言葉である。
信頼していない上司からこんなことを言われたら、思わず笑ってしまうだろう。
だからこそ、自分は本当にカッコいいセリフに見合うリーダーであるのか。
部下から信頼されるに足る上司であるのか。
良いことを言おうとした時に、ぜひ一度考えてみて欲しい。
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この記事を書いた人

桃野 泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。主な著書『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)など
だから私はカッコいいことを言うのが苦手なんです泣
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
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