
過去に「管理職研修」をやっていたころ、その中で頻繁に、積極的に部下を褒めなさい、という指導がなされていたことを記憶している。
当時この話は、米国の心理学者のドン・クリフトンという人物の提唱した「バケツ理論」に基づいていた。
バケツ理論は、人間の心理についての一種の比喩表現だ。
誰もが目に見えない「バケツ」を持っており、バケツが満たされているとき、人は前向きでエネルギーに満ち、自信をもって行動できる。
逆に空になると、気分が沈み、意欲や人間関係、ひいては健康にまで悪影響が出るというもの。
承認、感謝、励ましといったポジティブな言動は相手のバケツを満たし、批判、無視、皮肉といったネガティブな言動は相手のバケツを減らす、というものだった。
したがって、上司は部下に意欲を持ってもらうためには、部下に関心を持ち、肯定し、賞賛せよ、というロジックだ。
もちろん誰だって、けなされたり叱られたりするよりは、褒められるほうが良い。
だから一見、この話は「まあ、そうだよね」と感じる。
相手を褒めると「見透かされる」
しかしこの話を仕事、あるいはプライベートにおいて、本気で実践しようとすると、困ったことが起きる。
端的に言うと
「褒めても、相手はうれしいと感じない」
という現象が起きるのだ。
むしろ、普通の大人は褒められた時に、こう感じる。
「この人は心から褒めているのではないのでは」と。
もっと直接的な表現を使えば、この人はお世辞をつかって、自分に都合の良いように、私の感情を操作しようとしている、との疑念を持たれてしまう。
そもそも、我々日本人は基本的に子供のころから、他人から褒められることに慣れていない。親ですら、子供を公然と褒めたりはしない。
だから「大したことをしていないのに褒められる」
という状態は、大変に気持ちが悪い。
実際、他人が理由もなく自分を褒めたら、気持ち悪いと感じるのではないだろうか。
だから、褒められた側は、こう感じるのだ。
「お世辞なんじゃない?」
「他に意図がある?」
「騙そうとしている?」
「媚びている?」
と。
褒める必要などない
ではどうすればよいのか。
結論から言えば、仕事でもプライベートでも、人を褒める必要など、まったくない。
どのように褒めたとしても、基本的に普通の人間は
「お世辞」を敏感に察する。
そうして「あの人はすぐにお世辞を言う」とか「媚びている」などという評判ができてしまう。
そういう人の言うことは、いざという時に信用してもらえない。
もちろん、社交辞令として「今日の服はお似合いですね」くらいのことを言うのは良いだろう。
しかしそれはあくまで社交辞令程度にとどめるからよいのであって、相手をやたらに褒めることは、かえって警戒心を強めてしまうのが現実だ。
思い出してみていただきたい。
SNSなどで、
「~はスゲー!」
などと、賞賛を惜しまない人々を。
もちろん賞賛すること自体が問題ではないのだが、あまりにもそんな発言ばかりしていると、周囲からは「あの人は驚き屋だよね」と、意見を信用してもらえなくなる。
だから「相手を褒めなさい」という言葉をそのまま実践するのは、ちょっと具合が悪い。
褒める時には本当に「心から」の時でなければ、逆に怪しい人になってしまう。
褒めるのではなく「自慢してもらう」
とはいえ、相手に気持ちよく話してほしい時もあるだろう。
そんな時に、褒めてはいけない、というのであれば、何をすべきなのか。
コンサルティング会社で我々が使っていた技術の一つが、「自慢してもらう」だった。
例えば、以下の比較を見てほしい。
「社長、今期の業績すごいですね!社長の手腕に感服しました!」 ✕
これは、良くて社交辞令、悪いと単なるお世辞、媚びに見えるのでダメである。
「(業績が良いことを知っていて)社長、今期の業績についてお尋ねしてもよいですか?」 〇
この言い方のほうが、圧倒的にマシである。
相手の「話したい欲求があるけど、自分から話すには憚られること」について触れてあげるだけでよいのだ。
これはプライベートにおいても、相手の「濃い趣味」や「家を買ったこと」、あるいは「子供の話」など、幅広いことに応用が可能で、そこに言及するだけで、相手の心をほぐすことが可能だ。
本質的に「褒める」という行為は、こちらの立場が相手より上である、評価をしている、というニュアンスを出してしまう時もある。
褒めるのはよほどコミュニケーションに自信があるか、あるいは相手との距離が近く、素直に賞賛したい時にとどめておいたほうが良い。
無理にほめるべきではない。安易に人を褒めない。
これは社会人になって私が知った、人間関係における貴重な知見の一つだ。

この記事を書いた人
安達 裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」100万部(2026年9月末時点)(https://amzn.to/49Tivyi)
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
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