部下にキレるリーダーは、何を勘違いしているのか

「またお時間ある時に、こちらの資料の確認をお願いします」

もう20年近くも前の話だが、友人が経営する会社で打ち合わせをしていた時のこと。
部下の男性が友人にそんな説明をしながら、書類を置いていこうとしたことがある。

「おい、なんやその言い方。俺、絶対に確認せんからな?」
途端に顔を青くして、言葉に詰まる男性。見たところ20代後半のリーダークラスだろうか。

「お時間ある時ってなんやねん。お前、経営者に暇って概念があると思うんか?」
「…申し訳ありません、言葉が不適切でした」
「ほな、言い直せよ」
「できれば1週間ほどで決裁が欲しい案件です。急ぐ内容ではありませんが、ご確認ください」

今の時代ならきっと、パワハラ認定されるような会話だろう。
職位の力関係と、言葉尻を理由に感情的な言葉で部下を“指導”しているからだ。
これでは言われた方も、なぜ怒られているかすらわからないに決まっている。
言葉の適不適はともかく、部下の男性が言った「お時間ある時」とは、忙しいであろう社長への気遣いでしかない。

「言葉のチョイスがアレなのはわかるよ。でもな、俺は上司が部下にあんな言い方で説教するの、昔から大嫌いやねん」
男性が退出した後、率直に不快感を伝える。

「なんでやねん」
「お前の目的は何なんや?言葉選びが不適切って言いたいんか。ほなわかるように説明したれよ」
「“お時間ある時”っていう、経営者意識のない発想が許せへんのや、当たり前やろ。ウチにそんな緩い社員を養う余裕はない」

一昔前、これを口にする血気盛んな経営者も本当に多かった。
決裁権限も責任も限定的で、なおかつ報酬も限定的。
にもかかわらず“経営者意識を持て”という、意味不明な説教をするリーダーである。

「わかりました、では経営者意識を持ちますので、職権と給与をあなたと交換して下さい」
令和の時代にもしこんなことを抜かす上司がいれば、遠慮なくそう言っていい。

とはいえ多かれ少なかれ、こんなビジネスシーンは今も日常茶飯事なのだろう。
いったいなぜ、日本のリーダーや経営者はこんなにも勘違いしている人が多いのだろうか。

「有給休暇?舐めてるんか?」

話は変わるが、自衛隊には「戦力回復」という概念があることをご存じだろうか。
文字通り、訓練や戦闘に臨む気力・体力を取り戻すために行う、休憩やレクリエーションの時間である。

「桃野さん、先日部隊の皆でお金を出しあってポータブルサウナを購入したんです。官品ではないので、持ち回りで個人保管するのが大変ですが」
「へー、おもしろいものを買いましたね。でもなんでまた、ポータブルサウナなのですか?」
「もちろん戦力回復目的です。サウナ好きにはこれが、何よりの癒しですので」
「失礼しました、愚問でした!」

こんな感じで、会話に登場する。
だから自衛隊には音楽隊がいるし、野外でも温かいメシが食べられる野外炊具があり、野外入浴セットがある。

「厳しい訓練や戦闘のさなかに音楽を聴いて遊ぶとか、温かいメシ食うとか、まして風呂に入るとは何事だ!訓練や戦闘を舐めてるのか?」

もしそのような感想を持つ人がいれば、そのような人こそ今すぐリーダーのポジションから降りた方がいい。
心身共に疲れ果てている時に頂く、誰かが作ってくれた温かいメシ、温かい風呂、音楽の力…。
それがどれほど人の心を癒す力に満ち溢れているか、明日に向き合う勇気になるかを知らないようなヤツなど、人の上に立つべきではない。

そのことをよく知っていた米軍は、例えば日米最大の激戦地の一つ、ガダルカナル島の戦いの時。
日本軍の飛行場を奪取したらすぐに、テニスコートをつくりレクリエーション施設を設営した。
まだまだ激しい攻防戦が続いている、まさにその真っ只中であるにもかかわらずだ。
それだけでなく、あの時代にアイスクリーム製造機まで持ち込み、灼熱の島で兵士たちの心身を潤す。

交戦中の敵兵が交代で休暇を取り、アイス片手にテニスに興じているのである。
そしてこれこそがまさに、「戦力回復」の概念というものだ。
それを見た日本兵の多くがどれほど心折られる思いであったか、想像に難くないだろう。
明日からの厳しい日々の為に、あるいは次の休みがあるから限界まで頑張れるように、優れたリーダーは部下たちの「戦力回復」を決して軽視しない。

補給や休養を軽視したことで批判されることが多い、戦前の日本軍ではある。
しかし令和の今ですら、日本の経営者でこの「戦力回復」という概念を知り、そして実践しているリーダーが、いったいどれだけいるのか。

「有給休暇の申請やと、舐めてるんか?」
「まだ20時やぞ、もう帰るつもりか」

そんな言葉で毎日のようにギリギリまで心身を削られているビジネスパーソンは、令和の今もきっと多くいることだろう。
まさに「補給や休養を軽視」する、クソリーダーによる現在進行形の犠牲者である。
そんなことを許している組織など、絶対に長続きしない。

「いいなああのオッサン(笑)」

話は冒頭の、部下に対する叱責についてだ。
「またお時間ある時に、こちらの資料の確認をお願いします」
そんな部下の言葉にキレた友人は、何を勘違いしているのか。

繰り返すが、この部下の言葉は単に、忙しいであろう上司への心遣いに過ぎない。
それ以上でもそれ以下でもない。
にもかかわらずキレた友人の心境は、きっとこんな感じだろう。

“俺は24時間365日、成果を追い求めて仕事をしている。暇な時間なんかあるわけねえだろバカ野郎!“

そう感じたであろう友人の感性はわからないではないが、完全に間違えている。なぜか。
一般に、時間の使い方に関する完全な自由は、経営者にだけ与えられている。
社員の場合、職権が上がるほどにある程度は高くなるが、若手社員にはほとんどない。
言い換えれば若手にとっては、“やることが無くても、定時まで仕事をしているフリをすることすら仕事”だ。
立場も違えば、働き方のインセンティブも違うのだから、彼のような言い方で通じるわけがないだろう。

そんな違いを理解できない経営者が、例えば深夜3時まで仕事をしたので朝10時に遅出をしてきたら。
もしくは大事なゲストとの会食の為に16時に会社を出たら、部下たちはこう陰口をたたく。

「いいなああのオッサン。朝はのんびり出社してきただけでなく、夕方には飲み会だってよ(笑)」

自分自身が認識のギャップを埋める努力をしないものを、部下が埋めてくれるわけないだろう。
このようにして、“いつも怠けているクソリーダー”として評価され、社員や部下の信頼は失われる。

だからこそ、経営者や組織のリーダーは「時間の自由裁量」について、もっと真剣に考えなければならない。
自分自身は時間の使い方に関する自由度が高いので、いつでも「戦力回復」ができるだろう。
だから時に、ムチャな働き方もできるし深夜早朝であろうがどこにでも行く。

しかし多くの部下、とりわけ若手などはどれだけ疲れていても業務集中していても、就業時間中に「戦力回復」することなど許されない。
会社によっては、昼休憩中に自分のデスクで仮眠をしていても怒られてしまう。
そんな役割や時間の使い方に対する立場の違いを無視し、説教などしたら、パワハラ認定されて当然ではないか。
このようにして、クソリーダーは自ら組織と社員を破壊していることに気づかず、会社は狂っていく。

繰り返すが、経営者やリーダーと呼ばれる立場にある人は「時間の自由裁量」について、ぜひ一度、真剣に考えて欲しい。
その最初の一歩として、「戦力回復」の重要性と職責ごとの行使の方法について、組織で議論をしてみるのもいいのではないだろうか。

なお当たり前のことだが、有給休暇の申請を渋り、あるいはサービス残業を強制するようなリーダーは論外のクズである。

この記事を書いた人

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。主な著書『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)など

しかしここ30年で本当に、空気感が一変しましたね。平成初期には、根性論で部下をぶん殴るリーダーが部長などと名乗ってました。。

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