味の素が「TODA BUILDING」へ本社移転 なぜ京橋?狙いとオフィス移転で予想される効果は?

画像:TODA BUILDING外観(出典:戸田建設)

味の素の本社移転が、2026年7月1日に完了した。移転先は、「TODA BUILDING」。住所は東京都中央区京橋1-7-1、1909年から本社機能を置いてきた京橋の中である。

同社は今回の移転理由として、主に以下の点を挙げている。

  • 事業領域の拡大や働き方の多様化が進むなかで、新たな価値を生むコミュニケーションを活性化する環境が必要になっていたこと
  • 環境負荷50%削減に向けた省エネ対応
  • 竣工から30年以上が経過し、大規模な改造が必要な時期に来ていたこと

同じ街の中で、なぜこのビルを選んだのか。そして味の素は、この移転に合わせて自社の本社ビルそのものを手放している。今回のオフィス移転から透けて見える本当の狙いと期待できる効果は、どのようなものか、読み解いていく。

京橋 どんな街?

画像:中央通り沿いの広場と京橋彩区(出典:戸田建設)

東京駅八重洲口の南隣、中央通り沿いの一帯が京橋だ。味の素が八重洲から京橋区南伝馬町へ本社機能を移したのが1909年以来117年、住所は京橋のままである。

近年この街を性格づけているのはアートだ。2020年1月にブリヂストン美術館がアーティゾン美術館として再開館し、2024年11月にTODA BUILDINGが開業した。この2棟と中央通り沿いの広場が、永坂産業と戸田建設による「京橋彩区」を構成している。都市再生特区として、芸術文化の拠点づくりと地域の防災力強化を掲げた区域だ。

  • 京橋彩区:ミュージアムタワー京橋(アーティゾン美術館)とTODA BUILDINGの2棟+中央通り沿いの間口約120mの広場
  • 最寄り駅:東京メトロ銀座線京橋駅から徒歩3分、日本橋駅から徒歩5分、JR東京駅八重洲中央口から徒歩7分
  • 利用路線:銀座線・東西線・都営浅草線に加え、徒歩圏の東京駅からJR各線・東海道新幹線

東京駅まで徒歩7分という条件は、全国に工場と研究所を持ち、海外売上比率の高い食品メーカーの本社立地として効いてくる。国内出張も海外顧客の往訪も、玄関が同じになる。

TODA BUILDINGに集まる顔ぶれ

画像:TODA BUILDINGのフロア構成(出典:戸田建設)

このビルは、オフィスビルの下に文化施設が付いているのではない。1階から6階までが丸ごと芸術文化施設と商業施設で、オフィスは8階から上にある。しかもその8〜12階には、施主であり設計・施工も担った戸田建設自身が入る。残りのフロアに入居したのが、コスモエネルギーホールディングスと味の素である。

CREATIVE MUSEUM TOKYOのこけら落としは『鬼滅の刃』の「柱」をテーマにした展覧会だった。1階にはGallery & Bakery Tokyo 8分(THE CITY BAKERY併設)、2階には「和食日和 京橋 おさけと」がある。出社した社員は、エレベーターで6階の展示を見てから27階の自席に上がることもできる。取引先を待たせる場所にも、昼に抜ける場所にも困らない立地だ。

手放した本社ビルと、借りた3,600坪

画像:新本社が入るTODA BUILDING(出典:味の素)

今回の移転は、荷物を運ぶ話ではない。持ち方を変える話である。味の素は移転に先立ち、自社の本社ビルを譲渡した譲渡価額451億円、譲渡益は連結で406億円にのぼる。買い手を味の素は「国内事業法人」とだけ記しているが、清水建設が451億円で取得したと建設通信新聞が報じ、日経不動産マーケット情報は清水建設と野村不動産による取得としている。清水建設は1991年にそのビルを施工した会社であり、自社本社ビルの北隣にあたる土地でもあった。

味の素自身が2024年のリリースで、本社ビルは「竣工後30年以上が経過し大規模な改造が必要」と書いている。持ったまま働き方を変えるなら、1991年竣工の14階建てをフロアをまたいで人が行き来する設計に組み替えることになり、費用も工期も相当なものになる。その改修に投じるはずだった資金を、406億円の譲渡益とあわせて事業側へ戻し、空間の自由度は新築ビルの広いフロアで取る。無形資産への投資という言い方で発表されているが、同時にバランスシートの組み替えでもある。

味の素はいま、何を目指しているのか

画像:4つの無形資産(出典:味の素IR)

味の素は2023年2月、中期経営計画そのものを廃止し「中期ASV経営2030ロードマップ」に切り替えた。3年刻みの計画を置かず、2030年に向けた道筋と無形資産の強化で経営を回すという判断だ。移転リリースが同社の強みの源泉として「人財」「技術」「顧客」「組織」の4つを挙げているのは、これがロードマップの中核に据えられているからである。

中村社長は、大事なのは「過去の成功例にしがみつくのではなく、『自己破壊モデル』で自分を超えていくこと」だと語っている。食品とバイオ・ファインケミカルの融合領域を伸ばせることがグループ最大の強みだとも位置づけており、7月1日のリリースにある「多様な人財や知見が出会い、交わり、価値を生み出す『場』」という表現は、この事業観の空間版として読める。

エンゲージメント76%の会社が、次に狙うもの

画像:ASVマネジメントサイクル(出典:味の素グループ)

味の素の人的資本KPIで目を引くのは、従業員エンゲージメントスコアだ。2024年度の実績は76%で、2030年の目標は85%以上に置かれている。

  • 従業員エンゲージメントスコア:76%(2024年度)→ 2030年目標85%以上
  • 設問設計:志への共感、顧客志向、ASVの自分ごと化、チャレンジの推奨、インクルージョンによる共創、生産性向上、イノベーション創出など9問の平均
  • 測定開始:2020年度から実施
  • コーポレートブランド価値:2030年までCAGR 7%以上

76%はすでに高い水準にある。ここから9ポイント積み増す局面で効くのは、新しい制度をもう一段重ねることではなく、部署をまたいだ接触の頻度そのものを上げることだ。本社移転が、その打ち手として置かれている。

「熟考のもと」「共鳴のもと」「試行のもと」

画像:新オフィス内装イメージ(出典:味の素)

7月1日のリリースで味の素が公開したのは、フロアごとにコンセプトを与えた設計である。掲げているのは「個性の発揮が、共創・共成長につながる」という考え方で、社員が目的に応じて場を選ぶ前提でつくられている。

  • フロアコンセプト:「熟考のもと」「共鳴のもと」「試行のもと」など
  • 部署同士がつながる執務エリアに加え、少人数で思考を深める静かな場、多様な人と交流し視野を広げる場、新たな挑戦を実践する場を設置
  • アート、展示、ライブキッチン、食を通じた体験スペースを配置

この命名が、今回いちばん見るべきところだと考えている。

「集中フロア」「コラボフロア」のような機能名ではなく、「熟考のもと」という言い方をしている。素材から味をつくってきた会社が、働く場も素材として名づけた、と読むこともできる。そして何より、背景を説明されなくても、そのフロアで何をする場所なのかが一発でわかる。ここは熟考する場所、ここは人と交わって高め合う場所、ここは試す場所。名前だけで伝わっている。

空間に名前をつける手法自体は、珍しいものではない。会議室に名前をつける、カフェスペースに名前をつける。よくある話だ。私たちの東京本社でも、各エリアに名前をつけている。こういう使い方をしてほしい、という願いを込めて名づけ、その背景をきちんと社員に伝えてある。すると「今日は◯◯でやろう」が共通言語になり、場所の指定がそのまま働き方の指定になる。名前をつけることと、その名前に込めた意味を伝えること。この2つが揃うと、空間は運用に食い込んでいく。

一方で、共創のための空間を作ったのに、使われ方が結局もとの部署の島と変わらない、という状態も現場では起きる。同じ図面でも結果が割れる。

その分かれ目について、命名を専門とする知人が示唆に富むことを言っていた。名前は、ひらめきで降ってくるものではなく、先に決めたコンセプトから立ち上がってくる。順番はコンセプトが先で、名前は後。逆にすると、受け取った側に「で、なんで?」という問いが残り、それが消化されないまま違和感になる。空間の名前も同じで、コンセプトが先にあれば名前は説明なしで通じるが、コンセプトが後付けだと、名前は掲示物として壁に残るだけになる。

味の素の3つの名前は、コンセプトが先にある形になっている。掲げた「個性の発揮が、共創・共成長につながる」という考え方が土台にあり、そこから「熟考」「共鳴」「試行」という3つの状態が出てきている。だから機能名にならなかったのだろう。

ニーチェは『悦ばしき知識』の第261節「独創性」で、独創性とは「万人の眼に止まっているにもかかわらず、いまだ名称をもたない何ものかを見ること」であり、「名称が与えられると、はじめてそのものが見えるようになってくる」と書いている。ひとりで考え込む時間も、誰かと話して視界が広がる時間も、オフィスにいる人なら誰もが経験している。ただ、それに名前がなかった。名前がついた瞬間に、それは選べるものになる。

隣り合う2つの「出社する価値」

画像:コスモエネルギーHD新本社(出典:コスモエネルギーHD)

同じビルの中で、もう1社が同じ問いに答えを出している。

コスモエネルギーホールディングスは、2025年7月にTODA BUILDINGへ本社を移した。1986年のコスモ石油発足以来、初の本社移転である。新オフィスではActivity Based Workingを導入し、固定席を廃止した。上下昇降式デスクを入れ、自然光と音環境を整え、植栽を多く配している。日経は同社の移転を「出社する価値」向上という言葉で報じた。

その1年後、同じビルに味の素が入る。エネルギーと食品、業種はまったく違う。それでも打ち手は重なっている。どちらも1980年代から1990年代にかけて構えた本社を離れ、席の割り当てから設計をやり直し、社員が場所を選べる状態をつくった。

1棟のオフィスフロアに、出社の意味を問い直した会社が2社積み重なっている。同じビルに入るということは、使い方の情報が自然に行き来するということでもある。エレベーターホールで隣の会社の社員とすれ違う環境で、片方が固定席をやめ、片方がフロアに名前をつけている。

1909年と2026年7月

  • 1909年:八重洲から京橋区南伝馬町へ本社機能を移す
  • 1991年6月:中央区京橋1-15-1に味の素本社ビルが竣工(施工:清水建設)
  • 2023年2月28日:中期経営計画を廃止し、中期ASV経営2030ロードマップを発表
  • 2024年6月7日:TODA BUILDINGへの本社移転を決定、戸田建設と賃貸借契約を締結
  • 2026年2月5日:本社ビルの譲渡を決議・開示(譲渡価額451億円)。2月27日に引き渡し
  • 2026年7月1日:TODA BUILDINGで稼働開始

京橋に本社を置いて117年、いま使っている本社ビルを建ててから35年での判断である。賃貸借契約を結んだのは2024年6月だが、その後も需給は締まり続けている。味の素の規模の本社が必要とする大型フロアはグレードAに分類されるが、CBREの2026年第1四半期調査では、東京のグレードAオフィスの空室率は0.7%、想定成約賃料は坪43,250円で、1年前より15.5%上がっている。空室がほぼないなかで賃料だけが上がり続けている市場だ。それでも味の素は、改修して持ち続ける選択ではなく、売って借りる選択を取った。

まとめ

京橋に117年いる会社が、京橋の中で本社を動かした。街は変えず、建物と持ち方を変えたことになる。

企業がその場所を選ぶ理由は、社員のエンゲージメントを高めるという機能的な側面だけではない。「この場所にいる意味」を、自分たちと取引先の両方に示す行為でもある。味の素の場合、それは創業の街に残るという形で示された。

自社ビルを手放して借主になり、下に美術館のあるビルを選び、フロアに「熟考のもと」と名前をつける。この3つは別々の判断に見えて、同じ一つの意思表示として並んでいる。

この記事を書いた人

吉田 学

ウチダシステムズのスタッフを中心に、組織作りや場づくりについて議論を交わしています。業務の中で実際に役に立ったことなどを紹介していきます。

参考資料

味の素

TODA BUILDING/京橋

同一ビル・関連移転

市況データ

命名について
フリードリヒ・ニーチェ『悦ばしき知識』第261節「独創性」(「独創的な人とは、たいていはそれを命名した者のことである」。邦題は『喜ばしき知恵』『愉しい学問』等の訳もある)


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そしきLab編集部

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