
「自由な働き方を」。「働き方改革」はそのようなスタンスに立っています。
そして誰もが「自由」を求めることでしょう。
しかし「自由」というのはそう生半可なものではありません。
今回はそんなお話をしながら「自由の意味」を考えてみたいと思います。
「自由の学府」は、何がどう「自由」なのか
先日バンド仲間と練習後に飲んでいたら、話題は各々が大学生だった時代のことに。
わたしたちは完全に昔の青春話に花を咲かせる中年たちという状況ですが、前にある大学教授とお話しする機会があり、不思議に思っていることがありました。
それを彼らに聞いたのです。
「普通って大学入ると、1年目からカリキュラムとか受ける授業全部決まってるの?」
「大体はそうだと思うけど。学科単位で入試するところもあるでしょ?」
ああ、そうか。しかしわたしが身を置いた京都大学は、完全に異なっていました。
電話帳のような講義リスト
世間一般が「京都大学って自由なんだなあ」と感じるのは、仮装をした学生がたくさん集まる卒業式のワンシーンでしょうか。
しかしそれは、京大生のごく軽いワンシーン、見た目が派手なだけのものにすぎません。京大生が与えられるのは、卒業式は何を着てもいいというような、そんな小さな「自由」ではないのです。
昔の話にはなってしまいますが、筆者が入学した時、最初に与えられたのは電話帳並みの分厚さの「教養講座一覧」でした。教養課程として実施されている講義の紹介がすべて載っているのです。何百講義あったことでしょうか。
「さあ、その電話帳から気になるもん好きに選んで、決まった単位だけ取れればあとは何してもかまへんよー、なんなら教養課程の講義、3回生までこぼれても最終的に取ればかまへんよー」
という感じでしょうか。
「来週からはこの時間割で授業を受けてください」という縛りはほぼありません。せいぜい第一外国語(英語)と体育くらいです。
それはもう、いきなり目前に与えられた果てしない自由の海です。極端な話、「明日から何の授業覗きに行ってもええし行かへんでもいいし。けどまあ基本的には2年で単位は取っといてな。足りんかったら3回生になってからでもかまへんよ」というわけです。
就職するならさっさと出たほうが良い
そこで最初にやることは、受ける講義を自分で決めることです。いくつも講義を見て回るので、最初の1週間くらいは定まりません。
そうやってマイ時間表を作成します。かといって誰がチェックしてくれるわけでもありません。
すると途中、面白くないなあという講義には出なくなります。2、3週間に1回見に来ればいいか、くらいのものも出てきます。他の講義も捨てて、徐々に学校をサボりがちになりました。
5回生になって、ゼミには名ばかりの所属。教授に最初に「就職が決まっているのでお手柔らかに」と挨拶に行き、メールのやりとりはいくつかありましたが、実際にその教授の顔を見たのは卒論発表の日、という有様です。この学生は就職が「やりたいこと」になったんだな、ならばさっさと卒業させてやろう」という感じでしょうか。
「学生の3分の1は行方不明になります」
「京大的アホがなぜ必要なのか」の著者・酒井敏京大教授は入学直後にこのようなショックを受けたと綴っています。
ちょっと反抗的な高校生の考える自由なんて、大したものではありません。教師の勧める高速道路を拒否して、「おれはこっちで行く」と下の一般道を選ぶ程度の話です。どちらを走ろうが、進む方向は決まっているわけです。
<引用:酒井敏「京大的アホがなぜ必要なのか」p16-17>
それに対して、京大では道そのものがありません。原っぱに放り出されて、「勝手にアホなことせい」と言われたようなものです。どこに向かえばいいのか、誰も教えてくれません。
入学直後に受けた理学部のガイダンスでは、こんなことを言われました。
「この学部では、だいたい三分の一の確率で、学生が行方不明になります」
(中略)
でも本来、「自由」とはそういうことでしょう。学生が行方不明にならないよう懇切丁寧に指導すれば、行き先を自分で考えさせることになりません。誰もコントロールしないからこその「自由」です。
わたしの出身も理学部ですが、まさにその通りだったな、と思います。わたしは「数学者になりたい」との思いで理学部に入りましたが、「どう過ごしてもいいよ」とある日突然突き放されると、何をしたらいいかわからなくなってしまうものです。
なのでとりあえず、マイ時間表を作りサークルごっこ、ウインドサーフィンの部活、アルバイト、夜の仕事、深夜の繁華街、ジャズバー、自転車旅行…興味の向かうままにいろんなことを試しながら歩いていました。学生であることを忘れそうになるほどです。
自由だ、ああ毎日が好きなことをしていられる自由だ。しかし今の自分がこれでいいのか相談する相手はどこにもいない。自己責任。しかし4年もあればなんとかなるさ。
ただ、アルバイトのひとつがテレビ局だったこともあり、それが現在につながりました。数学者とは程遠い場所に流れ着きましたが、自分の性には合っていたのかもしれません。
行方不明になった3分の1の人たちも、学問の外に何かを見つけたのでしょう。
酒井教授はこうも述べています。
高校までは一〇〇点満点ばかりとってきた人でも、大学の試験で一〇〇点満点をとる必要はありません。教員の出す問題に教員の望む答えを出すだけでは、何の意味もない。
<引用:酒井敏「京大的アホがなぜ必要なのか」p227>
学生たちは三〇年後に私たち古い世代がまったく知らない問題を解かなければいけないのですから、現在の一〇〇点に満足してもらっては困るのです。
もちろんどんな学問にも基礎になる知識や作法などはあるので、〇点ではダメ。泳ぎ方も知らないで無茶なことをすれば、溺れてしまうでしょう。溺れずにアホをやるためには、試験の点数は六〇点ぐらいでかまいません。残りの四〇点分は、教員も与り知らないところで自分なりに稼ぐ。その部分はいくら失敗してもいいし、他人から「いいね!」をもらう必要もない。
自分でやり方を探りながら、無許可で突っ走ればいいのです。
難関大学だから60点でもじゅうぶんなんだろ、と言われてしまえばそれまでですが、なるほど「教科書の持ち込みは禁止だけど、試験開始したら図書館にダッシュしてもいい」という講義まで出てくるわけです。わたしは事前に教科書のありかを調べておき、地下4階の図書室にダッシュしました。これも、学生に最低60点は取らせるためだったのかもしれません。
目の前の「100点」は何の意味を持つのか
なるほど「学問」の世界からは外れてしまったけれど、自分も一般的な京大生としてその空気に乗っただけで学校の思惑通りだったのかもしれない、と感じわたしは酒井教授の言葉に安心しているところです。
酒井教授の指摘する通り、「学生たちは三〇年後に私たち古い世代がまったく知らない問題を解かなければいけないのですから、現在の一〇〇点に満足してもらっては困る」。
過去の100点をいつまでも引きずっていたら、外の領域に踏み込む勇気はなかなか出ないことでしょう。その小さな殻ごと、世間から置き去りにされてしまいます。「令和の大リストラ」は、それを象徴する出来事だったように感じます。
だったら100点なんて取らない、求めない方が良いのかもしれません。
自分が思う「100点」に、斜め上の発想で攻めてくる若者もいるかもしれません。それを規格外として放り出すことのリスクについても考えてみたいものです。
なお、京大の2次試験の数学について、都市伝説があります。
計算用紙を回収し、消しゴムで消した跡まで透かして見て0.5点単位で加算している、という話です。確かに計算用紙は回収されました。
しかし今思えば、それも都市伝説ではなさそうに思えます。
正しく回答できたかどうかどうかではなく、それぞれの問題にどう対処しようとしたかまでを透かして見ようとしているのかもしれません。

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この記事を書いた人
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