
「最近なんとなく疲れが抜けない」「集中力が続かない」、そんな経験はありませんか。
その背景には、睡眠負債が隠れているかもしれません。
これは、毎日のわずかな寝不足が積み重なり、気づかないうちに心身に悪影響を及ぼす状態を指します。
慢性的な睡眠不足は集中力や判断力を下げ、免疫力の低下や生活習慣病のリスク上昇にもつながります。
今回の記事では、医師の視点から睡眠負債が脳や身体に与える影響を解説するとともに、企業として取り組める実践的な工夫をご紹介します。
睡眠負債とは
まずは、睡眠負債とは何かについて説明します。
睡眠負債は、一時的ではなく数日にわたって睡眠不足が続いている状態のことを指します。*1
徹夜と違い、日常的な寝不足が負債のように積み重なり、脳や体にじわじわ影響を与えるものです。
国の健康事業の一つである健康日本21(第三次)では、休養と睡眠分野に関する目標として、以下のような目標が掲げられています。*2
- 睡眠で休養が取れている者の割合:80%
- 睡眠時間が6〜9時間(60歳以上については6〜8時間)の割合:60%
しかしながら、2025年の調査では、日本人のうちで睡眠が十分、あるいはまあまあとれていると回答した方は全体の約75%ほどでした。
また、約4割の方が6時間未満の睡眠であることもわかっています。*3
このように、国が目標としている睡眠を、まだ達成できていないことがわかります。
なぜ睡眠負債が生じるのか
睡眠負債の原因には、以下のようなものがあります。*4
- 睡眠不足が続く
- 睡眠障害や夜間頻尿などの病気があり、睡眠がさまたげられたり睡眠の質が下がる
- 不規則な睡眠習慣や生体リズムの乱れにより睡眠の質が悪化
このなかでも、睡眠時間の不足については、年代ごとに理由が異なります。
睡眠の確保の妨げとなっている理由としては、30〜40代の男性の場合は仕事、30代の女性では育児が多いとされています。
また、20代では、寝る前の携帯電話やメール、ゲームによって睡眠時間が足りない場合も多くみられます。*5
病気があり、夜に起きてしまうという場合は、その治療によって睡眠の改善も期待できるでしょう。
また、仕事のシフトなどの関係で睡眠時間が不規則になってしまう場合もあります。
医学的に見た影響
平日にたまった睡眠負債を、休日に後から解消しようと寝だめをする方も多いかもしれません。
特に、働いている方には、そうした習慣を持つ方も少なくありません。
しかし、これはソーシャルジェットラグ(社会的時差ボケ)という状態となってしまいます。
寝だめをすることで、平日と休日の睡眠リズムがずれます。
その結果、体内時間が乱れることでさまざまな影響をもたらすのです。*1
例えば、ソーシャルジェットラグによって、短期的には眠気やパフォーマンス低下がもたらされます。
中期的には、記憶や学習障害、代謝や免疫などの数々の精神的・身体的な機能障害が引き起こされます。
さらに、長期的には気分障害や生活習慣病のリスクが増大することも明らかになっています。*5
睡眠時間と、心筋梗塞や脳卒中などの心血管系疾患、肥満や糖尿病などの代謝性疾患、抑うつ状態、さらには死亡率までに至るさまざまな健康リスクについては、たくさんの疫学研究がなされています。
その結果、7〜8時間睡眠をとる方の場合、これらのリスクが最も低くなることが示されています。*6
夜型の生活を送る方には、遅い時間帯に食事をとることが増えるなどして、肥満リスクが増大するということも明らかになりつつあります。*6
仕事効率に及ぼすリスク
睡眠時間と仕事の生産性には関連性があることも知られています。
例えば、アメリカの働く人を対象とした研究では、7〜8時間の睡眠時間の方と比べ、6時間未満と9時間以上の睡眠時間の方では仕事の生産性が低下していることが示されています。
日本でも、同様の研究の結果6時間未満の睡眠時間の方は仕事の生産性が低下することが明らかになっています。
一方で、9時間以上睡眠の方の生産性については、統計学的上有意な低下は確認されていません。*7
また、睡眠不足が長期間にわたって続いたときには、眠気を感じづらくなることもわかっています。
特に、運転や危険作業に携わる方では注意が必要といえるでしょう。
さらに、睡眠不足が長く続いた際、気分の不安定さなども現れます。*8
気持ちが落ち着かないことで、周囲の方とのコミュニケーションにも障害が起こり、人間関係の悪化にもつながる恐れがあります。
眠気には、自分で感じることができる眠気である主観的な眠気と、実際に眠り込んでしまう眠気である客観的・生理的な眠気があります。
活動しているときの眠気は、意欲や気分を悪化させ、パフォーマンスの低下の原因となります。
さらに、ヒューマンエラーを引き起こす大きな要因の一つとされています。*9
ヒューマンエラーは生理的な眠気によって増えますが、主観的な眠気によって意欲が低下すると、パフォーマンスの低下につながります。*10
こうした睡眠不足によって、年間巨額の経済損失が生じているとも推測されています。
企業ができるオフィス改善と取り組み
ここからは、企業ができるオフィス改善と取り組みについて提案していきます。
勤務体系の見直し
長時間労働が常態化している場合、従業員が睡眠不足に陥るリスクが高まると考えられます。*11
改善するための職場全体としての取り組みとしては、業務効率化などによる残業時間の削減などが挙げられます。
また、リモートワークの活用も、特に通勤時間が長い従業員の睡眠時間の確保のためには有効でしょう。
近年では勤務間インターバル制度の導入も推奨されています。
これは、勤務が終了した時刻から、次の始業時刻までの間に、一定時間以上の休息時間、つまりインターバル時間を設定するものです。
従業員が睡眠時間や生活時間を確保することを目的としています。*12
勤務間インターバルを導入することで、従業員の健康維持向上につながります。
また、従業員の定着や確保が期待できることもメリットです。
さらに、プライベートの時間と仕事の時間のメリハリをつけることが可能となり、生産性の向上も期待できるでしょう。*13
オフィス環境の工夫
オフィス環境にも、工夫をすることができます。
例えば、仮眠や休憩ができるスペースを設けるのもよいですね。
実際に、繊維製品の会社では、仮眠ルームを設け、集中力を高めたいときに活用を奨励しています。
結果、ストレスや眠気の解消に効果が現れているとのことです。*14
なお、仮眠は30分以内にとどめておくと、午後の眠気や疲労の改善、パフォーマンスの向上に効果があるとされています。*15
照明・空調を工夫し、体内リズムに合った設計にすることもよいでしょう。
その一つに、サーカディアン照明システムという、ヒトの持つ約1日のリズムであるサーカディアンリズムに合わせた調光調色制御があります。*16
サーカディアン照明システムの導入によって、活力や幸福度、健康度が上昇するという効果も期待できます。
健康経営としての支援
従業員の睡眠リテラシー向上のため、社員向けの睡眠教育やセミナーの開催も効果的と考えられます。
例えば、繊維製品の会社では、睡眠教育のセミナーを開催し、睡眠の質の向上に励んでいます。*14
また、健康診断・ストレスチェックでの睡眠習慣評価も、メンタル不調者を未然に防止することに役立っているということです。
従業員に対するアプローチの一例としては、スマホの使用時間をずらすことが挙げられます。
スマートフォンの使用を就寝前ではなく、通勤時間中などにすることで、睡眠時間の確保に役立つ可能性があります。*7
まとめ
睡眠負債は従業員一人の問題にとどまらず、企業全体の生産性や未来に影響を及ぼす課題です。
十分な休息をとれる環境を整えることは、社員の健康を守り、組織の力を引き出すための投資といえます。
オフィス移転やリニューアルは、その絶好のチャンスです。
勤務体系の変更など、難しいこともあるかもしれません。
しかし、睡眠という人間の基本的な営みを支えるオフィスづくりは、社員の満足度を高め、企業の未来をより強く豊かにする大切なステップになるでしょう。
この記事を書いた人

木村 香菜
行政機関である保健センターで、感染症対策等主査として勤務した経験があり新型コロナウイルス感染症にも対応した。現在は、主に健診クリニックで、人間ドックや健康診断の診察や説明、生活習慣指導を担当している。また放射線治療医として、がん治療にも携わっている。放射線治療専門医、日本医師会認定産業医、日本人間ドック・予防医療学会認定医。

メルマガ限定で配信中
プロが教える“オフィス移転の成功ポイント”
- 組織づくり・ワークプレイスのトレンドを素早くキャッチ
- セミナーやイベント情報をいち早くお届け
- 無料相談会やオフィス診断サービスを優先的にご案内!
資料一覧
*1 健康日本21アクション支援システム Webサイト
https://kennet.mhlw.go.jp/tools/tools_sleep/index
→知っているようで知らない睡眠のこと p5
https://kennet.mhlw.go.jp/tools/pdf/leaf-sleep.pdf
*2 睡眠対策 |厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/suimin/index.html
→健康づくりのための睡眠ガイド 2023 p4
https://www.mhlw.go.jp/content/001305530.pdf
*3 令和5年国民健康・栄養調査報告|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r5-houkoku_00001.html
→第 3 部 生活習慣調査の結果 p171
https://www.mhlw.go.jp/content/001435375.pdf
*4 第3回 睡眠負債への対策(1)公益財団法人長寿科学振興財団
https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/aging-and-health/2022-31-3/suiminfusai-taisaku1.html
*5 スリープマネジメントとウェルビーイング.情報の科学と技術.2022;72 (9) :352-357. p353
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/72/9/72_352/_pdf
*6 3)社会的ジェットラグがもたらす健康リスク.日内会誌.2016;105(9):1675-1681. p1677
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/105/9/105_1675/_article/-char/ja/
*7 睡眠と精神的健康・労働生産性の関係産業.精神保健.2024;32(2): 238–242. p239
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjomh/32/2/32_238/_pdf/-char/ja
*8 昼間の眠気 – 睡眠不足だけではなく睡眠・覚醒障害にも注意が必要-健康日本21アクション支援システム〜健康づくりサポートネット〜
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/heart/k-02-002
*9 眠気とヒューマンエラー.睡眠と環境.2025;19(1):29-40. p30
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsleepenvi/19/1/19_29/_pdf/-char/ja
*10 眠気とヒューマンエラー.睡眠と環境.2025;19(1):29-40. p36
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsleepenvi/19/1/19_29/_pdf/-char/ja
*11 面接時の睡眠指導のポイント.産業保健21.2020;99:18-19. p18
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/sanpo/sanpo21/sarchpdf/99_18-19.pdf
*12 勤務間インターバル制度とは – 働き方・休み方改善ポータルサイト
https://work-holiday.mhlw.go.jp/interval/
*13 制度導入がもたらすメリット | 勤務間インターバル制度とは- 働き方・休み方改善ポータルサイト
https://work-holiday.mhlw.go.jp/interval/merit.html
*14 2023 健康経営 先進企業事例集 健康長寿産業連合会 健康経営ワーキング p13
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/kenko_iryo/kenko_toshi/pdf/008_s05_00.pdf
*15 面接時の睡眠指導のポイント.産業保健21.2020;99:18-19. p19
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/sanpo/sanpo21/sarchpdf/99_18-19.pdf
*16 調光調色照明とその応用事例.電気設備学会誌.2022;42(1):17-20.p18
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieiej/42/1/42_17/_pdf/-char/en
*17 Ⅱ.分野別の取組-国土交通省 p33(7枚目のスライド)
https://www.mlit.go.jp/common/001296855.pdf
(検索結果 – 国土交通省のHPで「分野別の取組」と検索してヒット)
https://www.mlit.go.jp/mlit-search.html?q=%E5%88%86%E9%87%8E%E5%88%A5%E3%81%AE%E5%8F%96%E7%B5%84
組織力の強化や組織文化が根付くオフィス作りをお考えなら、ウチダシステムズにご相談ください。
企画コンサルティングから設計、構築、運用までトータルな製品・サービス・システムをご提供しています。お客様の課題に寄り添った提案が得意です。
