
「建築界のノーベル賞」といわれるプリツカ―賞を受賞した坂茂(ばん・しげる)氏は「紙管(紙の筒)」を使った建築で知られている。
建築家は恵まれたクライアントの幸福期に仕事をすることが多い。そうした職能に疑問を抱いている坂氏は、災害があればすぐに現地に駆け、被災者支援をする。
そこでしばしば活用されてきたのが紙管である。
それはなぜ紙管なのだろう。
坂氏の建築哲学から得られる学びは多いが、その1つは、自身の職業的責任を果たそうとする使命感が、新たなポテンシャルを産み出すということではないだろうか。
そうした側面からオフィスづくりを考えたとき、何が見えてくるだろう。
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※AIで作成しているため、読み上げ内容に一部誤りや不自然な表現が含まれる場合があります。
紙でも人に愛されればパーマネントになる
2014年にプリツカー賞を受賞した際の日本記者クラブの記者会見で、坂氏は自らの哲学をこう語っている。*1
「問題を探し出して、それをデザインで解決するということを建築のフィロソフィーにしています」
なぜ紙筒だったのか
坂氏が初めて紙筒を使ったのは、1986年、フィンランドを代表する建築家、アルヴァ・アールトの展覧会の会場構成を任されたときだった。
ふんだんに木を使う建築で知られ、坂氏も大好きな建築家だ。
坂氏はアールト氏の世界観をなんとか表現したかったが、木を使うだけの予算がなかった。また、仮設の展覧会に木を使っても、それをすぐに壊してしまうのはもったいない。
そこで閃いたのが「紙管」だった。
建築家がよく使うトレーシングペーパーの芯である。
使ってみて、紙管が思いのほか強度があることに気づいた。
そこで、日本を代表する構造の専門家に試験を依頼したところ、十分な強度があることが証明され、その後、紙管をパーマネントな建築の構造として利用するための認定を受けた。
2000年にドイツのハノーヴァーで環境問題をテーマにした国際万博があり、日本館の建築を担当したときにも、解体時にゴールを置き、紙管を使った。
万博では半年間の仮設のためにたくさんの建築をつくって、壊す。環境問題がテーマなのに、それではたくさんのごみを出してしまう。
そこで、ジョイントが少ないグリッドシェル状の紙管アーチを考えた。ジョイントも鉄を避け、布のテープでとめた。*2
基礎はリサイクルの難しいコンクリートを使わず、木箱を作って中に砂袋を詰めた。*1
屋根の素材も紙だ。環境によくない塩ビ膜はやめ、ドイツ基準に合った防水性能と強度をもたせた紙の膜をつくった。

出所)公益社団法人 日本記者クラブ「記者会見 建築家の社会的責任 坂茂 建築家(2014年プリツカ―賞受賞者)」p.4
https://s3-us-west-2.amazonaws.com/jnpc-prd-public-oregon/files/2014/04/f624b240c643cfbb24198067a8e2a39d.pdf
被災者支援は建築家としての社会的役割
建築家は本当にラッキーだと坂氏はいう。建築家のクライアントは特権階級の人々である。
特権階級の人たちのために、財力や政治力をみせることがメインの仕事だ。
家を建てる人も、一生の中で特に幸せなステージにある。
そういう恵まれた人たちと、その人たちの最高の局面で出会うのが建築家なのだ。
しかし、建築家にも社会的な役割があるはずだと坂氏は考えている。
特別な権力者ではないふつうの人々、自然災害で家を失った人々のためにも自分の経験や知識、能力を使いたい。
坂氏は災害があるとすぐに現地に駆けつける。
1994年のルワンダ難民キャンプにはじまり、阪神大震災、トルコ大地震、スマトラ沖地震、ハイチ大地震、四川大地震、東日本大地震、熊本地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震、九州南部豪雨……。*1, *3
1996年には、被災地や難民支援を目的とするNGOを設立し、自身の設計事務所や慶応大学の坂研究室の協力を得ながら継続的にボランティア活動に取り組む体制を作り上げた。*3
ただし、坂氏以外には専従のスタッフがひとりいるだけ。被災地でのプロジェクトを迅速に立ち上げるために、活動資金の調達もできるだけ自力で行っている。
仮設とパーマネントの違いは?
1995年1月、阪神・淡路大震災が起こった。
「自分が設計した建物ではないにせよ、建築によって多くの人命が失われたことに建築家としてある種の責任を感じた」という坂氏は、被災地の「たかとり教会」を訪れた。
その周辺にはボートピープルとして日本に辿り着いたベトナム人難民が多く定住している。*1
彼らは付近のケミカルシューズ工場でしか仕事がないため、政府が郊外につくった仮設住宅には住まず、工場に通える距離の公園で寝起きしていた。
近隣住民はそこがスラム化することを恐れ、彼らを追い出しにかかっている。
そこで坂氏は、全国から集まった学生と一緒に、テント暮らしを続けるベトナム人難民のために紙管を使った仮設住宅を50軒、建てた。
基礎はキリンが提供してくれたビールケースに砂袋をつめたものだ。
建設費の義援金と建設作業に当たるボランティアを坂氏が集めることを条件に、「紙の教会」の建設も許可された。
5週間で教会が完成し、震災以来、初めて屋根の下でミサを開くことができた。

出所)公益社団法人 日本記者クラブ「記者会見 建築家の社会的責任 坂茂 建築家(2014年プリツカ―賞受賞者)」p.11
https://s3-us-west-2.amazonaws.com/jnpc-prd-public-oregon/files/2014/04/f624b240c643cfbb24198067a8e2a39d.pdf
2005年に役割を終えた「紙の教会」は台湾に移設され、台湾の被災地でパーマネント(半永久的)なコミュニティホールとして利用されている。
こうした取り組みを通して、坂氏は「何が仮設か、何がパーマネントか」を考えた。
人が愛すれば紙でつくっても、パーマネントになれる。でも、コンクリートでつくっても、人が愛せない商業建築は結局仮設なんですね。それが自分で感じた結論です。
「働きがい×健康促進×コミュニケーション活性化」を備えたオフィス
次に、坂氏が設計したオフィスをみていこう。
「社員が誇りをもって働ける場所」
2021年11月、オフィスビル「タマディック名古屋ビル」が竣工した。*4

出所)タマディック「タマディック名古屋ビル 働きがい×健康促進×コミュニケーション活性化の実現」*以下の図の出所はすべてこれと同じです。
https://www.tamadic.co.jp/nagoyabuilding/
施主の株式会社タマディックは、総合エンジニアリング企業。
自動車、航空・宇宙、FA・ロボット、情報・家電業界の国内トップメーカーであるとともに、設計開発・生産技術・解析業務をはじめ最先端技術の開発・革新に取り組んできた。
坂氏にビルの設計を依頼するにあたり、まっ先にリクエストしたのは「社員がエンジニアとして誇りを持って働ける場所」だったという。
エンジニアは常に技術と向き合う仕事である。
ビルの工法や設備はもちろん、素材や材質を最大限に活かした坂氏の創意工夫が随所に光るオフィスに身を置くことで、斬新な発想を得ることを期待しているのだ。

最上階にある本格的なサウナ
ユニークなのは、最上階の8階にあるサウナである。
終業後のリフレッシュや休日のリクリエーション、さらに取り引き先との商談に活用されている。
サウナを通した社員の健康とワークライフ、ウェルビーイング向上のための取り組みが評価され、日本で初めてフィンランド大使から「オフィスサウナ」として認定された。

コミュニケーション活性化
サウナと同じ8階には、「MUUTOS HALL」(ムートス・ホール)がある。
キッチンがあり、サウナ後の懇親会やイベント、パーティーに活用されているが、社員たちが休憩したりランチを取ったり歓談したりする憩いの場でもある。

連窓の引き戸を全部開けると、ホールとテラスが一体的な空間となり、緑と外気を楽しむことができる。
他のフロアでも、数人が集まって簡単なミーティングを行えるスペースを多数配置し、コミュニケーションを活発化させている。
家具や什器によるゾーニング
5Fの航空・宇宙事業部と6FのFA・ロボットテクノロジー事業部のフロアでは、合わせて最大128名が着席可能である。
基本的に平面系が同じ構造になっていて、仕切りのない大きなワンルームになる。
そこに家具や什器を置いて、それぞれの社員が働く場所をゾーニングできるようになっている。

オフィスづくりを支える技術
オフィスづくりを支える技術も革新的だ。
この地域は防火地域にあたり、耐火建築物しか認められないエリアである。*4
柱はCLT板を組み合わせてロの字型の断面をつくり、それを型枠にしてコンクリートを打設し、RC(鉄筋コンクリート造)を内蔵したハイブリッド断面だ。
CLTとは、ひき板を並べた後、繊維方向が直交するように積層接着した集成材のことである。*5
ふだんは内蔵のRC断面が建物を支え、地震が発生したときには木造(CLT)+RCの柱として水平力に抵抗し、火災時には耐火性能のあるRC構造が建物を支え、崩壊を防ぐ。

執務エリアの環境を整える技術も先端的だ。*4
空調には、カーペットの隙間からジワジワ吹き出す「染み出し空調」システムを採用し、広いフロアの室温を均一にコントロールしている。

ビルの西側と南側には、最新旅客機にも採用されている電子調光ガラスを使用している。
電子調光ガラスは、ガラスの間に挟まれたフィルムによって、電気的にサングラスのように色が変化する機能をもつ。
所々にセンサーが付いており、太陽の動きと外の明るさを感知しながら、全面が透明になったりグラデーションになったりする。そうやって太陽による熱負荷を減らす仕組みで、国内では最大規模である。
おわりに
坂茂氏の建築が教えてくれるのは、人々への共感や仕事に対する深い使命感が、新しい価値を産み出すポテンシャルにつながるということではないだろうか。
こうした視点でオフィスづくりを捉え直すと、機能を超えて、組織の価値観や社会への責任を体現する空間の重要性が浮かび上がってくる。
ワークスペースを、単なる労働の場ではなく、企業の理念を形にし、そこで働く人々のウェルネスをサポートする場所へと再定義することで、その可能性はさらに拡がっていくだろう。
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資料一覧
*1 出所)公益社団法人 日本記者クラブ「記者会見 建築家の社会的責任 坂茂 建築家(2014年プリツカ―賞受賞者)」(2014年4月2日)pp.1-5, 9-11,
https://s3-us-west-2.amazonaws.com/jnpc-prd-public-oregon/files/2014/04/f624b240c643cfbb24198067a8e2a39d.pdf
*2 出所)坂茂建築設計「ハノーバー国際博覧会日本館」
https://www.japan-architects.com/ja/shigeru-ban-architects-tokyo/project/japan-pavilion-expo-2000
*3 出所)ジャパンタイムズ Sustainable Japan Magazine「建築家・坂茂の被災者支援、日本国内での取り組み。」(2022年8月26日)
https://sustainable.japantimes.com/jp/magazine/200
*4 出所)タマディック「タマディック名古屋ビル 働きがい×健康促進×コミュニケーション活性化の実現」
https://www.tamadic.co.jp/nagoyabuilding/
*5 出所)PRTIMES 株式会社タマディック「建築家・坂 茂氏の設計による木質免震構造オフィスビル『タマディック名古屋ビル』着工」(2020年7月2日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000021.000027245.html
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