オフィス移転・リニューアルは「偉い人」で決まる なぜ社長室・ひな壇席・収納が最初の壁になるのか?

「社員にとって働きやすいオフィスにしてほしい」。経営者からそう指示を受けた担当者が、レイアウト案を詰めていくと、決まって同じ壁に突き当たる。社長室はいまより広く。役員の個室は残す。管理職の席は窓際に。書類は全部しまえるように──。

掲げられた言葉と、実際に求められる間取りが食い違っていく。板挟みになるのは、いつも総務や人事の担当者だ。「うまくスペースを使って、社員満足度の高い場所を作れ」と言われるのも、同じ担当者である。

この板挟みには突破口がある。しかも用意したのは、意外な場所──霞が関だ。オフィス移転・リニューアルの最初の壁である「偉い人の空間」をどう扱うか、読み解いていく。

スペースを食っているのは、誰の何か?

画像:島中化ビフォーアフター(出典:内閣人事局オフィス改革ガイドブックP6)

オフィスの床面積を圧迫しているものを並べると、共通点が見える。役員の個室、島から切り離された管理職の席、そして書類収納。どれも「偉い人が必要とするもの」で、これまでのオフィスに当たり前にあったものだ。

島から切り離され、窓面にずらりと並んだ管理職の席は、「ひな壇席」や「独立席」と呼ばれる。雛人形の段飾りのように、一般社員の島を一段高い位置から見渡すことからついた呼び名だ。

しかも、当の偉い人たちは、個室や席にいる時間がとても短い。偉くなるほど会議は増え、だいたい席を外している。主のいない広い空間が、一等地の窓面を占め続ける。それでも使っているのが決裁者本人だから、誰も削減の対象として口に出せない。聖域になる理由は、それだけである。

私が営業時代、コンペで負けたある移転の話

ある会社のオフィス移転コンペに、私が営業として参加したときの話だ。結果としては、残念ながら失注してしまったのだが。

その会社は創業家が経営するオーナー企業で、ヒアリングで経営陣が語った狙いは明確だった。社員同士のコミュニケーションが取りやすいオフィスにしたい。社内で創発が起きるようにしたい。社員満足度を高める移転にしたい──。私たちはその言葉を受けて、コミュニケーションによる創発をコンセプトにした提案を作った。

その後、完成したオフィスがどうなったかを知る機会があった。社長室と専務室は、提案時の計画からさらに広がって執務エリアを圧迫し、オフィスのおよそ3分の1が経営陣の部屋になっていた。役員の部屋には海外製の家具が並ぶ一方で、予算が足りず、社員のデスクと椅子は前のオフィスからの転用。執務エリアは、島型のデスクがぎっしりと並ぶレイアウトになっていた。そして、この移転を担当した総務の担当者は、移転を終えた後に会社を去り、いまは別の会社で総務の仕事をしている。

ヒアリングで語られた言葉と、出来上がった間取りと、予算の配り方。どれを取っても、言っていることとやっていることが食い違っていた。担当者の力不足ではない。「偉い人の空間」だけが誰にも検証されないまま最後まで残ると、オフィスづくりはこの一点から崩れていく。極端な例に見えるが、程度の差はあれ、同じ構造は珍しくない。

「移転すればいい」が通じない時代が来ている

逃げ道だった「移転」も細っている。CBREの調査では、2026年第1四半期の東京のオフィス空室率(オールグレード)は1.5%。空室がほとんどない上に、賃料は上がり続けている。

移転先が見つからない、見つかっても高い。となると、いまの床の中でつくり変える「リニューアル」が現実解になる。そこで最初に来る問いが「どこを潰すか」だ。実際、グループ所有のビルに入居していて移転の選択肢がなく、限られた面積の取捨選択だけでレイアウト変更に挑んだ総務担当者もいる。真っ先に候補に挙がり、聖域化したのが収納と偉い人の独立席だった、とこの間聞いたばかりだ。

その壁を、霞が関が先に越えていた

画像:オフィス改革ガイドブック表紙(出典:内閣人事局)

この「偉い人の空間」問題に、正面から手を入れて結果を公開した組織がある。官公庁だ。内閣官房内閣人事局は2025年3月、「オフィス改革ガイドブック」を公開した。100ページ超のフルカラーで、誰でも無料でダウンロードできる。

年功と前例の文化が最も強いはずの霞が関が、自らのオフィスで管理職席に手を入れ、何がどれだけ効いたかを数字で公開している。民間の担当者が「うちの役員には言えない」と飲み込んでいる論点を、国が先に実演してくれた。有益なのにほとんど知られていない資料である。

スペースを生む手法、効果「大」は2つ

画像:スペースを生む5つの手法(出典:内閣人事局オフィス改革ガイドブックP17)

ガイドブックは、スペースを生み出す手法を5つに整理し、それぞれの効果の大きさを明示している。効果「大」とされたのは、固定席の削減(デスクシェア)と、管理職席の見直しの2つ。管理職席については「個室・ひな壇に比べて、半分〜1/5にスペース削減できる。管理職と一般職員の距離が近くなり、報告相談やチームケアもしやすい」と書かれている。

  • 手法01 固定席の削減(デスクシェア):スペース創出効果
  • 手法02 管理職席の見直し:スペース創出効果
  • 手法03 執務机のダウンサイジング:スペース創出効果 中
  • 手法04 書類・備品保管スペースの削減:スペース創出効果 中
  • 手法05 複合機スペースの縮小:スペース創出効果 小

ガイドブックで言う「管理職席の見直し」は、窓面のひな壇席・独立席をやめ、管理職も一般社員の島の中に入る「島中化」を指す。冒頭の担当者が言い出せずにいたことが、そのまま効果「大」の筆頭に並んでいる。

3省庁は、実際にどこまでやったのか

画像:モデル3省比較表(出典:内閣人事局オフィス改革ガイドブックP40)

モデルオフィスの実施結果には、席の数まで書いてある。3省庁とも管理職席を半分以下に減らし、収納も大幅に削った

  • 財務省:管理職席15席→6席、収納 約74台分→約27台分(65%削減)
  • 文部科学省:管理職席17席→5席、収納 約95台分→約58台分
  • 厚生労働省:管理職席23席→8席、収納 約96台分→約49台分

数字の並びが示す通り、どの省庁も「管理職席」と「収納」、つまり聖域そのものから手を付けている。財務省で9席、厚生労働省で15席。ひな壇席1つ分の面積は個室の半分から1/5とはいえ、まとまれば会議室や集中ブースがいくつも生まれる広さになる。

担当者は「偉い人」とどう付き合うか

根拠は揃った。あとは、どう通すかである。

私は、オフィスづくりは社員のパフォーマンスを高める「人事施策」だと考えている。だから、経営層への通し方も人事施策と同じだ。『圧倒的成果を生む人事施策の考え方』(浜岡範光・テオリア)は、人事施策がスベる原因を「ゴール・論点・通し方・伝え方」の4つのズレに整理している。「経営層が全然理解してくれない」と頭を抱える人の起案が通らない原因は、だいたいこの本に網羅されている。オフィスづくりもまったく同じである。詳しい説明は本と著者のnoteに譲り、ここでは3つに絞る。

画像:『圧倒的成果を生む人事施策の考え方』浜岡範光(テオリア/フォレスト出版) 書影:版元ドットコム

1つ目は、一人一人を説得しに回らないこと。働き方を大きく変える話を、関係者全員の利害調整で進めようとすると、まず前に進まない。一番偉い人──社長なのか、専務なのか、事業部のトップなのか──のコミットメントを先に取り付け、プロジェクトオーナーに据えて「会社としてやる」という文脈を作る。これが一番の近道である。

2つ目は、同書の言う「ゴール」と「論点」から始めること。「フリーアドレスにしたい」という打ち手ありきではなく、「結局どうなればいいか」を経営方針と紐付けて決め、「何を重視して決めるか」を経営と先に揃える。武器は投資対効果と客観的なエビデンスだ。ここで内閣人事局のガイドブックが効く。財務省が管理職席を15席から6席にした事実は、社内の誰の意見よりも強い。

3つ目は、外部の専門家を黒子に使うこと。社内の力関係の中で、担当者が一人で「社長室を小さくしましょう」とは言いにくい。言いにくいことは、材料と根拠を揃えた第三者の口から言わせればいい。私たちのようなオフィスづくりの専門家は、そのために使われてこそ役に立つ。

まとめ

オフィス移転・リニューアルの成否は、家具やデザインを選ぶ前に決まっている。「偉い人の空間」という聖域に、担当者が根拠を持って向き合えるかどうかだ。

その根拠は、すでに公開されている。内閣人事局のガイドブックには、手法と効果と、省庁が実際にやり切った席数まで書いてある。「霞が関ですらやった」は、どんな社内資料より通る一言になる。

そして、担当者は一人で説得に回らなくていい。トップのコミットメント、ゴールと論点、外の実例、外の専門家。これらを味方につけて、経営者が掲げた「働きやすい環境」を、間取りの上で本当のものにしてほしい。

この記事を書いた人

吉田 学

ウチダシステムズのスタッフを中心に、組織作りや場づくりについて議論を交わしています。業務の中で実際に役に立ったことなどを紹介していきます。

参考資料

内閣人事局「オフィス改革ガイドブック」

オフィス市場データ

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そしきLab編集部

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