
あなたの会社の応接室には、いま、何が飾ってあるだろうか?
即答できる人は、少ないかもしれない。たとえば、竣工したときに誰かが選んだ絵と、観葉植物と、受賞盾。それらが何年も、誰にも問われないまま、静かに埃をかぶっている。
私がこの空間を特別な目で見るようになったのは、祖父の教えがあったからだ。
祖父は銀行マンだった。長く融資の仕事をしていて、現役時代には数えきれないほどの会社を訪ね、数えきれないほどの応接室に通されたはず。その祖父が、社会人になったばかりの私に、こう言った。
「応接室に通されたら、まず何があるか見なさい。応接室には、その人が大切にしているものが飾ってあるから。そして、それを質問しなさい」
当時の私は、商談を切り出す前の雑談のコツ、くらいに聞いていた。なるほど、営業の知恵だな、と。実際、その教えどおりに飾られたものについて質問してみると、たいてい相手の表情がゆるみ、空気が柔らかくなる。若い私には、それだけで十分ありがたい教えだった。
だが祖父が言いたかったのは、そんな小手先の話だけではなかったと、いまになって思う。
応接室は会社の価値観を映す鏡
祖父の仕事は、相手にお金を貸すかどうかを見極めることだ。決算書の数字はもちろん見る。だが数字は、あくまでそれまでの経営の結果を示すもの。この会社が何を大事にして、どこへ向かおうとしているのか。 “数字の外側にあるもの” を推し量る手がかりのひとつが、応接室だったのだと思う。
創業者の写真を掲げている会社。自社製品の一号機を置いている会社。お客様からの感謝カードを並べている会社。社員の集合写真を飾っている会社。地元の祭りの写真を飾っている会社もあれば、何も飾っていない会社もある。
どれが正解という話ではない。ただ、そこに置かれたものは、その会社が「これが大事なんだ」「これを見てほしい」と選択したものだ。創業者の写真なら、原点を忘れない会社でありたいという意思。一号機なら、ものづくりへの誇り。感謝カードなら、顧客との関係を何より重んじる姿勢――。
「何も飾っていない」ことすら、ひとつの語りになってしまう。装飾に興味がないほど実務に集中している会社なのか、質素さを良しとしているのか、来客を迎える場に心を配る余裕がない会社なのか。
祖父の教えは、会社の読み方だった。「大切にしているものを見つけて、それを質問しなさい」とは、「その会社の芯がどこにあるか、見立てなさい」ということでもある。帳簿の数字を取り繕えても、長年そこに飾られ続けてきたものは、嘘をつけないのだから。
「これは?」と聞かれたとき、あなたの会社は何を語れるか
視点を反転させてみたい。祖父のように応接室を見立てる人が、あなたの会社を訪ねてきたら?
来客がふと壁に目をやり、「これは何ですか?」と尋ねる。そのとき、迎える側がしっかり語れるものが置いてあるだろうか。
立派な受賞盾があるのに、「おかげさまで」以上の会話が続かない。いつかの写真が飾ってあるのに社員はその背景を知らない。せっかく相手が興味を示してくれたのに、こちらがそれを挫いてしまう。
逆に、語れるものがひとつあるだけで、応接室は変わる。創業のときに使っていた道具でもいい。最初の製品でもいい。試作を重ねて世に出なかった幻のプロトタイプなら、むしろ完成品より雄弁かもしれない。社員一丸となって何かをやり遂げたときの写真もいいだろう。
「その会社で懸命に仕事をする者ならば、聞かれたら、うれしくて語ってしまうもの」が飾ってある応接室は最高だ。
応接室に通されるのは、商談相手だけではない
もちろん、応接室が生み出す空気を吸うのは、取引先だけではない。たとえば、最初にその部屋で会社と対面する採用面接の候補者。応接室に通され、担当者を待つ緊張の数分間、候補者の目は壁や棚をさまよっている。そこにある(あるいは、ない)ものが、入社への気持ちを左右しているかもしれない。
商談相手であれ候補者であれ、相手はコーポレートサイトには載らない会社の体温を、応接室で知る。オンライン商談が当たり前になったいまなら、なおのこと。わざわざ足を運んでもらう対面の場に、画面越しでは伝わらないものがなければ、来てもらう意味が半減してしまう。応接室の物語は、リアルで会う理由そのものにもなり得る。
そして語る側も、来客の前で自社の原点を言葉にするたび、自分たちが何者であるかを確かめ直すことになる。こんな誰も意識していないワンシーンの繰り返しが、会社の血を濃くしているのだ。静かに、こんこんと。
自社の応接室に何を置く?
応接室づくりは内装の話である前に、問いの話だ。
「うちの会社が大切にしているものは何か?」
この問いに答えられないまま飾りだけを選んでも、 “うちの会社の応接室” はできあがらない。
順序としては、まず語りたい物語をイメージしてみる。創業の経緯か、製品へのこだわりか、顧客との歴史か、働く人たちか。社歴の長い社員に「うちの会社らしい話」をヒアリングするのもいい。
そして、物語を象徴する「もの」を選び、来客の視線が自然と向かうところへ置く。たとえば、入口のドアを開けた瞬間に飛び込んでくる正面の壁や、椅子に座ったときの目線の先に。物語を置くと、応接室に血がめぐりだす。
「置いたら終わり」にしない
ひとつ大事なのは、置いたものを社内で共有しておくことだ。来客に「これは?」と聞かれた社員が答えられなければ、物語は途切れてしまう。
「応接室に何を置き、なぜ置いたのか?」
それを全社員が語れる状態を目指すなら、応接室は自社の価値観を継いでいく場にもなる。
会社の成長とともに、語りたい物語が変わることもあるだろう。応接室が「会社のいま」を映しているか、年に一度でも見直す習慣を持ちたい。埃をかぶった置物は、会社の停滞を来客に語ってしまうから。
「行くたびに、少しずつ模様替えしている応接室」なんて素敵だ。話題に事欠かないし、少しずつ変化させるネタを持っていることが、会社の活気の証左となる。
祖父の教えの続きは聞けないけれど
祖父なきいまは、あの教えの続きを聞くことはできない。祖父が現役時代に、どんな応接室で、どんな質問をして、どんな物語を聞いてきたのか。もっと聞いておけばよかった。
それでも、初めての会社の応接室に通されるたび、私は壁や棚を見渡して、問いを立てる。この会社が大切にしているものは何だろう?
そして自社の応接室のドアを開けるたびに、逆向きの問いが返ってくる。私たちは、何を大切にしていると、この部屋で語っているだろうか?
祖父が応接室の話をしてくれたときの真剣なまなざしと、祖父の家にあった自慢の応接室で、質問の練習をしたこと。仕事人の鋭さと、孫を導く温かさが同居していたあの日の祖父を思い出しながら、応接室の手入れに精を出したいと思う。

この記事を書いた人

三島つむぎ
ベンチャー企業でマーケティングや組織づくりに従事。商品開発やブランド立ち上げなどの経験を活かしてライターとしても活動中。
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