
新型コロナウイルス感染症の流行を経て、オフィスのあり方が変化しました。
テレワークの普及により、オフィスは対面コミュニケーションの場としての価値が再評価され、感染症リスクを抑えながら快適に働ける環境づくりが求められています。
オフィス移転やリニューアルは、こうした環境を整える絶好の機会です。
そこで今回は、感染症リスクを減らすオフィス設計について、医師の視点から提案します。
感染症対策は企業の生産性にも関わる
感染症対策は、社員の健康を守るだけでなく、企業の生産性にも直結します。
新型コロナウイルス感染症は、重症化リスクが低下したものの、一部の人では倦怠感や集中力低下などの罹患後症状(いわゆる後遺症)が長引くことがあります。*1
ある研究では、感染後12か月時点でも30%の人に何らかの症状(集中力の低下など)が残ると報告されています。*2
また、過去の感染症流行は概ね10年以内の間隔で発生しています。
重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)の流行はまだ記憶に新しいかもしれません。*3,4
また、結核などの感染症も依然として発生しています。*5
結核は、場合によっては数ヶ月の入院が必要となることもある感染症です。*6
感染症対策を怠ると、従業員の長期休職や離職につながり、企業の生産性に悪影響を及ぼす可能性があります。
こんな環境は危険!感染症リスクの高いオフィス環境とは?
厚生労働省の報告によると、マスクなしでの会話、休憩時間の密集、大人数での飲食などが職場における感染リスクを高める要因とされています。
特に、以下の環境では感染症の流行リスクが高まります。*7
換気が不十分な密閉空間
三密(密閉・密集・密接)が揃う環境では、ウイルスが滞留しやすく、感染拡大のリスクが高まります。
会議室や執務スペース、給湯室、休憩スペース、喫煙所などは特に注意が必要です。
接触が多い場所
ドアノブ、エレベーターボタン、共有デスク、会議室の机などは、多くの人が触れるため接触感染の温床となります。
消毒が不十分な場合、ウイルスが付着した手で目や鼻に触れることで感染が広がる可能性があります。*7
職場健診の問診で聞かれる「オフィス環境の不安」
さて、ここでは、実際に筆者が行政分野で新型コロナウイルス対応をしていた際に耳にした不安や、職場健診の問診などで耳にすることがある事例について少しご紹介します。
職場で新型コロナウイルス感染症の方がいたが、特に感染対策などを行わずに通常業務を続けていたので、周囲に広がってしまったと半ば苦情を呈する方がいました。
職場のフロア面積は狭く、どうしても密集してしまうことに加え、換気も寒がる方がいるのでなかなか窓を開けられず難しいとのことでした。
また、とある方は、会社での飲み会について不安に思っていました。
冬になるとインフルエンザが流行します。
そのような中でも、会社の飲み会が積極的に行われているということで、その感染リスクを懸念していました。
オフィス環境を整えることはもちろん大切です。
しかし、職場で何らかの感染症が発生した場合の適切な対応をすることも重要です。
さらに、感染症流行期には、大人数での会食や飲み会を見直し、リスクを最小限に抑える工夫が求められます。
医師が提案する感染症に強いオフィス設計のポイント
それでは、感染症予防にとって重要なオフィス設計のポイントをご紹介します。
人数制限、座席間隔・数のコントロール
デスク間の距離を確保することは、感染リスクの低減に有効です。
WHO(世界保健機関)では人と人との物理的な距離を少なくとも1メートル、CDC(米国疾病予防管理センター)は1.8メートル以上の間隔を推奨しています。*8
また、フリーアドレス制を導入することで、社員が密集する状況を避けつつ、柔軟に座席を選択できる環境を作ることができます。
会議室や休憩スペースでは人数制限を設け、オンライン会議を活用することでリスクを抑えられます。
手指消毒剤の設置
感染症の予防には、こまめな手指消毒が不可欠です。
アルコール濃度70(難しい場合は60%以上)〜95%のエタノールが推奨されており、オフィスのエントランス、会議室、休憩スペースなどにタッチレスディスペンサーを設置すると効果的です。*9
体温測定ができるゲートコントロールの設置
非接触型の体温測定ゲートをエントランスに設置することで、発熱した社員がオフィスに入ることを防げます。
また、発熱者が確認された場合の対応ルールを明確化しておくことも重要です。
アクリル板の設置
特に、対面での作業が多い職種の場合には、アクリル板やビニールシートなどのしきりの設置をすることも対応として考えられます。
エアロゾル対策としては不十分ともいわれていますが、飛沫を物理的に遮るものとして有効です。*10
換気の良いオフィス設計
換気が不十分な環境ではウイルスが長時間残留するため、1時間ごとの換気を習慣化し、空気の入れ替えを行うことが推奨されます。
CO2モニターを設置することで、二酸化炭素濃度が一定以上になったらアラートを出すなど、適切な換気のタイミングを把握することもできます。*11
ハイブリッドワーク対応オフィス
感染症が流行する時期には、リモートワークを活用し、出勤率を調整することで密集を防ぐことができます。
また、オフィス内にオンライン会議用ブースを設置し、フレックスタイム制を導入して出勤時間を分散することも有効です。
新型コロナウイルス感染症の5類移行後にも求められる感染症対策とは?
新型コロナウイルス感染症が5類になったことで、入場時の検温や入口での消毒液の設置、アクリル板などの設置は、政府として一律に求めることはしない、とされました。*10
しかし、今後も季節性インフルエンザや新興感染症のリスクは続くことが懸念されます。
感染症リスクを減らすオフィス設計のためには、取り入れられる範囲で、感染症への対策をとっていくことが大切と考えられます。
企業事例:感染症に強いオフィスを実現するための企業の取り組み
それでは、最後に感染防止対策に取り組む企業の事例を筆者の意見も交えてご紹介します。
オフィス設計、ひいては感染症に強い職場作りのヒントになるでしょう。*12
テレワーク環境の整備
ノートパソコンやセキュリティシステムを整備し、出社率を調整することで、感染リスクを抑制しました。
感染症流行期に一時的なリモートワークを導入することは、感染拡大防止に有効と考えられます。
大型サーモグラフィーの設置
37.5℃以上の発熱者が入場しないよう、大型サーモグラフィーを設置し、警告音で通知する仕組みを導入しました。
現場作業時に接触回数を削減する
運輸業の会社では、通常2班体制のところを4班体制にして、休憩所や動線を分けるように工夫しました。
これによって、従業員同士の接触の機会を減らすことにつながりました。
従業員同士の接触回数を減らすことは、感染リスクを低減する上で有効です。
社用車内の感染症対策
社用車内に飛沫抑制パネルを設置し、声が届きにくくならないようワイヤレススピーカーマイクを活用。
共用車両の接触感染リスクを低減しました。
対策を取り入れている企業では、テレワークの導入も相まって、感染症の流行期にも同僚に迷惑をかけることなく勤務ができているという従業員の声が聞かれています。
まとめ
感染症対策は、単なる健康管理ではなく、企業の生産性向上にも寄与します。
オフィス移転やリニューアルを検討する際は、感染症リスクを減らす設計を取り入れ、快適で安全な職場環境を整えることが重要です。
取り入れられる対策から実践し、健康と働きやすさを両立させるオフィスづくりを目指しましょう。
この記事を書いた人

木村香菜
行政機関である保健センターで、感染症対策等主査として勤務した経験があり新型コロナウイルス感染症にも対応した。現在は、主に健診クリニックで、人間ドックや健康診断の診察や説明、生活習慣指導を担当している。また放射線治療医として、がん治療にも携わっている。放射線治療専門医、日本医師会認定産業医。
資料一覧
*1 新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引き 第10.1版 p7
https://www.mhlw.go.jp/content/001248424.pdf
*2 新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント 第3.0版 p7
https://www.mhlw.go.jp/content/001159406.pdf
*3 SARS(重症急性呼吸器症候群)とは|NIID 国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/414-sars-intro.html
*4 中東呼吸器症候群(MERS)について|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html
*5【R5事務連絡】結核集団感染事例一覧について|厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部 p3
https://www.mhlw.go.jp/content/001181590.pdf
*6 結核についてご理解いただくため、 よく聞かれる一般的なご質問にお答えします。Q 結核と診断されたら|公益財団法人 結核予防会 JATA
https://www.jatahq.org/about_tb/qa
*7 新型コロナウイルス感染症にかからないためには | 国立がん研究センター 東病院
https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/infectious_control/040/04/index.html
*8 Li W, Chong A, Lasternas B, Peck TG, Tham KW. Quantifying the effectiveness of desk dividers in reducing droplet and airborne virus transmission. Indoor Air. 2022 Jan;32(1):e12950. doi: 10.1111/ina.12950. Epub 2021 Oct 27. PMID: 34704624; PMCID: PMC8653303.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8653303/
*9 新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/syoudoku_00001.html
*10 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html
*11 新型コロナウイルス感染症関連 (METI/経済産業省)
https://www.meti.go.jp/covid-19/index.html#10r
→二酸化炭素濃度測定器の選定等に関するガイドライン
https://www.meti.go.jp/covid-19/guideline.pdf
*12 「職場の感染症防止対策事例集」を作成しました! – 愛知県 p6,7
https://www.pref.aichi.jp/soshiki/rodofukushi/kansensyo-jireishu.html
→職場の感染症防止 対策事例集|愛知県
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/431812.pdf
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