
以前、筆者はある実技の大会で、好成績を収めたことがありました。
このとき、まず頭に浮かんだのは、「あの日は、優勝候補の人がたまたま欠席していた。だから自分の順位が繰り上がっただけだ」という考えです。
まわりに「すごいね」と言ってもらっても、「いや、たまたまなのに」と、心のどこかで打ち消してしまったのです。せっかくの結果を、自分で素直に受け取れませんでした。
成果は出ているし、まわりも認めてくれているけれど、自分だけがその実力を信じられない。このような感覚に覚えはないでしょうか。
この音声コンテンツは、記事の文脈をAIが読み取り独自に対話を重ねて構成したものです。文章の読み上げではなく、流れや意図を汲み取った自然な音声体験をお届けします。※AIで作成しているため、一部誤りや不自然な表現が含まれる場合があります。
インポスター症候群
インポスター症候群(インポスター現象)とは、学業や職業において卓越した業績があるにも関わらず、自分は知的ではないという強い信念を持ち続け、自分を評価する他者を騙していると感じる内的経験のことを言います。1978年に、臨床心理学者のClanceらによって提唱された概念です。
このインポスター症候群は、決して珍しい現象ではありません。ある研究では、約70%の人がキャリアの中で一度はインポスターを経験すると推定されています。*1
むしろインポスター症候群を経験しない人の方が少なく、自分だけが自信がないと感じているわけではまったくないのです。
インポスター現象を経験しやすい人には、大きく分けて以下の4つの特徴があるといわれています。*2
まず1つ目が、成果を自分の力ではなく、成功を運などの外的な要因のせいにしてしまうことです。
冒頭の大会の話は、まさにこれでした。自分自身の能力で成功したと思えないのです。
2つ目は、自分の能力に自信が持てないことです。
このような人は、課題に直面しているときに、自分は能力がないので二度と成功できないのではないかという不安に苦しむことになると指摘されています。
3つ目が、他者に無能さが見破られてしまうのではないかと恐れていることです。
自分は周りが思っているほど有能ではなく、いずれ期待に応えられなくなるのではという不安を抱え続けてしまいます。
4つ目は、自分に課す基準が高いこと。完璧であろう、特別であろうとするあまり、何かを達成しても「まだ足りない」と不足のほうに目が行き、達成感を味わえません。
筆者にも、思い当たることがあります。過去にセミナーで登壇し、聴講者からとても良い評価をいただきました。本来ならうれしいはずなのに、「登壇者に女性が少なかったから、珍しくて印象に残っただけでは」と考えてしまい、話の中身そのものが評価されたとは、どうしても思えませんでした。
みなさんも当てはまる考え方があるのではないでしょうか。ひとつでも心当たりがあるなら、あなたの感じている「実力不足」は、能力そのものの問題ではなく、この感じ方のクセによるものかもしれません。
インポスター症候群の背景
では、なぜこうした感じ方が生まれるのでしょうか。
インポスター症候群を提唱した臨床心理学者のClanceらは、主に家族関係と、社会的な性役割が関係していると述べています。
まず、家族のなかで知的であると評価される兄弟や親族がいる場合です。家庭のなかで「兄弟のほうが知的だ」というメッセージを受け取りながら、家庭の外では「あなたは優秀だ」と評価されると、その食い違いから自分の能力に確信が持てなくなるというパターンです。
逆に、「あなたは何でも完璧にできる子だ」と期待され続け、現実にはそう完璧にはいかないことで、基準を満たせない自分に疑いを抱くというパターンもあります。
いずれにせよ、家庭が知的能力や高い達成を重んじる環境だと、インポスター症候群になりやすいと指摘されています。
もうひとつが、社会的な性役割です。インポスター症候群は、もともとは女性が特に強く経験すると言われていました。社会的に成功することが男性的なものと結びつけられ、望ましい女性像と一致しないために、女性は成功に対して葛藤を感じ、その原因を能力ではなく運であると感じてしまうのです。*2
女性1180人が回答したインポスター症候群に関するアンケートの結果を見てみると、
「実力不足がバレてしまうのではないかと不安になる」
「人と比べて自分が劣っているように思う」
という項目に「当てはまる」と感じる人がそれぞれ500人を超え、「当てはまらない」を上回っています。
同調査では、自分に本当に実力があるのか信じきれず、昇進のチャンスを見送ったとの回答もあり、インポスター症候群の影響が、日常の意思決定にまで及んでいることを物語っています。*3
家庭のなかでだれかと比べられ続けたり、完璧であることを過度に期待されたりすれば、自信を失っていくというのは確かにイメージできます。
そして、女性が成功にどこか後ろめたさや葛藤を覚えるというのも、筆者には体感としてうなずけるところがあります。セミナーで高い評価をもらったとき、まっさきに「女性が少なかったから」と考えてしまったのも、その一つのあらわれだったのかもしれません。
ただし、その後の研究では、インポスター症候群の経験の程度に男女の差はないとされています。*2
今では、性別を問わず、誰にでも起こりうる感じ方なのです。
経験を棚卸ししてみよう
やっかいなのは、この感覚がただの気の持ちようでは終わらず、仕事の選択にまで影響してしまうことです。
前述のアンケートの回答にあったように、自分には実力がないと思い込むと、昇進や新しい役割の話を「自分には無理です」と辞退したり、手を挙げれば届いたかもしれない機会を、自分から見送ってしまったりします。
ときには「向いていないから辞めよう」とまで考えてしまうこともあるでしょう。もったいないのは、その決断のきっかけが、正当な実力の評価ではなく、思い込みかもしれないということです。
もちろん、本当に環境が合わないこともありますし、辞めるという選択が正しい場面もあります。ただ、その判断のもとになっている実力不足という感覚が、事実ではなく思い込みだったとしたら、非常にもったいないことです。
だからこそ、辞める・諦めるという結論を出す前に、感覚ではなく事実で、自分をいちど棚卸ししてみることをおすすめします。
これまでの成果を書き出してみる
なんとなくダメという漠然とした感覚のままにせず、担当した仕事、任されたこと、まわりから言われた言葉を事実として紙に並べてみましょう。
不思議なもので、頭の中の印象と、実際の記録は案外ずれているものです。落ち込んでいるときほど、できたことは思い出せず、できなかったことばかりが大きく見えます。
だからこそ、感情が落ち着いているときに淡々と事実だけを書き出しておくと、あとで自分を責めそうになったとき役立ちます。
筆者も、うまくいったことや周囲からほめられたことをメモに残しており、たまに見返して自分を励ましています。
比べる相手を間違えない
筆者は入社当時、資料づくりが思うようにできず、内容もスピードも先輩に及ばないと落ち込んでいました。ところが後日、別の会社の人と話したとき、そもそもパソコンでの資料作成そのものに不慣れな人もいると知ったのです。
自分の「できない」は、何年も経験を積んだ先輩と比べたときの「できない」であって、世の中の基準で見れば、決してできない側ではありませんでした。比べる相手を変えるだけでも、見える景色は変わります。
まわりの評価を言葉で受け取る
ほめ言葉をどうせ社交辞令だと勝手に変換せず、「具体的にどこがよかったですか?」と聞いてみるのもいいでしょう。
少し勇気がいりますが、返ってきた言葉は、自分では当たり前だと思っていて気づけなかった自分の強みかもしれません。人は、自分の長所ほどこんなの誰でもできると見過ごしがちなものです。
その実力不足は思い込みかもしれない
成果を認められないのは、あなたの実力が足りないからではなく、インポスター症候群という、多くの人が経験する心のクセのせいなのかもしれません。
自分には実力がないというその感覚は、事実にもとづいたものなのか、それともただの思い込みでしょうか。
私たちは、他人の成果には「よくやったね」と素直に拍手を送れるのに、自分のことになると、急に採点が厳しくなります。まわりが認めてくれているのなら、まずはその評価を少しだけ信じてみましょう。
自信はそんな小さな事実の確認から、少しずつ戻ってくるものなのかもしれません。

この記事を書いた人
田中ぱん
学生のころから地球環境や温暖化に興味があり、大学では環境科学を学ぶ。現在は、環境や農業に関する記事を中心に執筆。臭気判定士。におい・かおり環境協会会員。
参照
*1
出所)田中 理奈, 岡部 友俊, 松岡 優菜, 東辻 紗菜子, 伊藤 大輔 「インポスター現象の定義に関する再考の必要性について -起源と概念の曖昧さに着目した文献レビュー」日本心理学会第89回大会
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pacjpa/89/0/89_527/_pdf/-char/ja
*2
出所)藤江 里衣子「インポスター現象研究の概観」名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要. 心理発達科学 P.29, 30
*3
出所)日経ウーマノミクス・プロジェクト「実はあなたも『インポスター症候群』!? 自信なくても前に進みたい」
https://nwp.nikkei.com/report/2020/research1.html
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