金曜日の就業間際に「謝ったら死ぬ病」の取引先の相手をして、消耗した話

金曜日の夕方4時40分に、電話が鳴った。

声の主は、まだ20代とおぼしき若い女性。取引先であるA社で経理を担当している来栖さんだ。メールではやり取りしたことがあるけれど、こうして声を聞くのは初めてだった。
ずいぶん若い人だったんだなと、軽い驚きを感じながら要件を聞くと、うちが出した納品書の数量が間違っている、という。

とっさに
「大変申し訳ありません」と謝罪した。
A社への納品書発行を担当しているのは社長夫人のマナミさんなのだが、トラブルメーカーの彼女は、つい先日も大失敗をやらかしたばかりなのだ。
そのカバーに奔走させられた記憶がまだ生々しかったので、「またかよ」と、げんなりした。

来栖さんによると、
「先週、弊社は〇〇シートを2500枚発注したはずですが、御社からの納品書では500枚となっているんです。今週の月曜が納期だった商品です」
ということだった。私は慌てながら

「本当にすみませんでした。そちらへ納品書を送った営業担当者は早退しており不在なのですが、急ぎ詳細を確認の上、折り返しご連絡差し上げます」

と返事をして、いったん電話を切った。

「ぜっっってぇにマナミさんが悪いだろ!」という前提に基づいて調べ始めたが、A社からFAXで受け取った発注書、マナミさんがメールで送った納品書、過去に社長が出した見積書、さらにこれまでの取引明細を調べていくと、どうもおかしい。
意外なことに、マナミさんが出した納品書の内容は正しいと思えた。

A社は3ヶ月に1度のペースでその商品を購入し、それを小売店であるB社に送っているのだが、発注数量はいつも決まって500枚なのだ。

商品を発送している物流担当者にも確認すると、「発注書には5袋って書いてあったから、シートが100枚入った袋を5つ、封筒に詰めて送ったよ。つまり送ったのは500枚ね」
ということだった。
首を捻りながらA社に電話をかけ直し、来栖さんに「送った数は500枚ですし、納品書も間違いはないはずです」と伝えると、とつぜん電話向こうの声がキンキンと高くなった。

「違います! 私は確認しました! 納品書が間違っているんです!」
えっ。いきなりどうしたの?

「発注書をよく見てください! うちからの発注書には
『◯◯シート/500枚入り 数量:5 単位:袋』
と書いてありますよね? つまり、500枚入りのシートを5袋、2500枚を発注したということです。分かりますか?」

なるほど。言われてみれば、確かにそう読める。だが、そもそもこの商品は1袋100枚入りなのだ。「500枚入り」という表記自体がおかしい。
100枚入りの袋を5つまでならメール便で送れるため、うちでは500枚までを小口注文として受けていた。ケース単位だと2000枚入りになる。

けれど、ケースでの販売はもうしていない。
なぜなら、その商品はすでに生産が終了しており、在庫限りで販売も終了するからである。残りわずかな在庫は、小売店から問い合わせがあった場合に備えて取り置きしていただけで、商社や卸業者には3ヶ月前に販売終了の案内を送ってある。
A社の営業担当者にも、メールで案内を送った記録が残っていた。

販売終了のお知らせをしていたにもかかわらず発注してきたということは、A社の担当者が案内をちゃんと読んでいなかったのだろう。

「確かにおっしゃる通りなのですが、ただ、この商品は2500枚という数量では販売しておりません。
いつもは小口でご注文いただいてますし、ケースだと2000枚になります。
発注書の単位がケースではなく袋となっているということは、小口のお取引をご希望だと思うのですが、2500枚だと小口なのにケースの数量を超えてしまって、変ですよね?」

「…….」
「それに、こちらは終売した商品ですので、恐れ入りますが、ケースでのご注文でしたらお受けできません」

「え? どういうことですか? 商品を送れないってことですか?」
「はい。在庫がございません。ご注文いただいたのは終売した商品で、御社からご注文をいただいた時点で、この商品の在庫は700枚しかありませんでした。
販売終了のご連絡は3ヶ月前にしており、商社様向けにはもうお出ししてない商品なのですが、500枚だけならなんとか出せたので、ご注文を受けた次第です」
「…….」
「これまでの取引記録から考えても、ご注文いただいていたのは500枚ではないでしょうか? 失礼ですが、発注書の『◯◯シート/500枚入り』という表記に間違いがあるのではと思いますが…」

話のおかしさに気づいてもらえればと、順を追って冷静に説明したつもりだったが、来栖さんは、何がなんでも自分の間違いを認められないタイプの人らしい。

「いいえ、間違ってません。これまでの取引内容なら私も確認しました。営業担当者にも、ちゃんと確認したんです。そしたら、数量は間違いないと言われました。表記もいつもと同じです。
もしこっちが間違っていたとしても、そちらが発注書をちゃんとチェックして、連絡してくるべきでしたよね? 
いつもと発注数が違ってて、数に対して単位がおかしいなら、受注したときに『いつもと違いますけど、合っていますか』って、そっちが電話かけてくるべきでしょ?」

いやいや、待って。3ヶ月に1度しか発注してこない取引先の発注書の内容を、いちいち覚えておけっての?

「そちらが受注した時点で、ちゃんと内容をチェックして、すぐに連絡をくれていれば、こんなことになってないんですけど? 
こちらが間違えていることに気づかなかった、そちらのミスですよね?」

ちょっと何言ってるのか分からない。
確かに内容の確認漏れがあったことは認めるけど、そっちが販売終了してる商品を発注してきた上に、発注数を間違えているのだから、うっかりミスはお互い様じゃない?

私がアンタだったら、話をしているうちに自分が言っていることのおかしさに気がついて「もう一度よく確認してみます」と電話を切って、B社からの発注書を調べるけどね。
だって、あんたらは仕入れた商品を、ただ右から左に流してるだけやんか。営業担当者に確認するより、B社からA社に来た注文の内容を調べた方が確実やろ。

だいたい、商品はとっくにB社に届いているんやで。もし2500枚注文したのに500枚しか届いていないとしたら、B社からA社に鬼クレームが来てないとおかしいやろ。
商品を受け取ったB社が何も言って来ないということは、数は500で合ってるってことやん。

相手をするのが苦痛になってきた頃合いで、来栖さんは大袈裟にため息をついた。まるで自分の方が私にウンザリさせられているとでも言いたげに。

「はぁ…。もう、いいです。あとは営業担当同士で話してもらえますか。もうこれ以上ここで話していても仕方ないですから。あと、受注のFAXはやり直してくださいね。
このままでは、御社は2500枚受注したことになってますので。
実際には500枚しか送ってないし、それ以上の在庫がないなら、その旨を記載してFAXし直してください。そういうの、ちゃんとしてもらわないと困るんですよ。こっちは監査があるんですから」
だから何やねん? うちは大手ですってアピール? 嫌なやつ。
自分の分が悪いことには気づいているだろうに、なぜそうも頑ななのか理解できない。
謝ったら死ぬ病なんか?

「思い違いがあったようです。お手数をおかけしました」と言えば、それで済んだ話じゃないの、これって?
そしたら、「いえ、こちらこそ確認が不十分で、ご迷惑をおかけしました」と謝罪して、「お互い様ですね」と収めた話だったのに。

私は最後まで下手に出て、丁寧に対応したつもりだった。ところが電話のあと、同僚に「ユキさん、いまにもブチ切れそうでしたよ」と言われてしまった。どうやら顔には気持ちが出ていたらしい。

仕方なくね? 理不尽な理屈を展開する相手に、私よく我慢した。

彼女のように「謝ったら死ぬ病」で、自分が間違っていると分かると、態度で相手を圧倒して主張を通そうとするような人は、いつかきっと足元をすくわれるだろう。

これは呪いじゃなくて事実だ。

とはいえ、腹立つ。
記事のネタにして回収してやる。

この記事を書いた人

マダムユキ

ブロガー & ライター
https://note.com/flat9_yuki


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