多くの人が、職場で1日の大半を過ごしています。
そのため、職場環境の違いは従業員の健康や生産性に直接的な影響を与えます。
そこで、本記事では、良い職場環境や悪い職場環境が与える影響を、医師の視点から解説します。
なぜ良い職場環境を作る必要があるのか
フルタイムの従業員は、一日の大半を仕事とともに過ごします。
そのため、アメリカのCDC(疾病対策予防センター)は、職場は健康保護・促進・疾病予防プログラムにとって重要な場所であると提唱しています。
良い職場環境は、従業員個人の健康だけでなく、企業の生産性や利益向上にも寄与します。*1
そのため、良い職場環境を作ることが大切なのです。
特に日本人男性においては、諸外国に比較しても長時間労働者の割合が多いという状況もみられます。*2
こうした日本特有の長時間労働やストレス社会も考慮し、「予防医療」の観点を取り入れたオフィス設計を考えていきましょう。
悪い職場環境の特徴
まずは、悪い職場環境がもたらすリスクを具体的に見ていきましょう。
以下のようなオフィス設計は、従業員の健康を損なうことにつながるリスクがあると考えられます。
長時間の座り作業が常態化している
座り続ける生活は、「新しい喫煙」といわれるほどに健康に悪影響を及ぼすことが指摘されています。
座りがちなライフスタイルは、心疾患や糖尿病などのリスクを高め、死亡率の増加にも関連しています。
また、座りっぱなしの姿勢は、足の静脈瘤やむくみ、疲れの原因ともなります。*3
騒音対策がなされていない
騒音は、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を促進し、健康に悪影響を及ぼします。
騒音の長期的な影響は完全には解明されていませんが、短期的なストレス反応として心拍数や血圧の上昇が確認されています。*4
また、騒音の多い環境や集中できない空間では、ストレスが蓄積しメンタル不調の原因となりえます。
感染症対策を考慮していない
換気が不十分な職場では、空気中のウイルスや細菌が空間に留まりやすくなります。
そのため、感染症のリスクも高まってしまいます。
特に、オフィスなどの密閉空間では、従業員どうしが長時間同じ空間を共有します。
そこで換気や定期的な消毒といった感染症対策を行わない場合、風邪やインフルエンザの集団感染などの事態が起こるリスクも高まります。
感染症対策を怠ることで、従業員の大量欠勤や業務停止といった状況に陥る危険性もあります。
これは生産性の低下だけでなく、企業のブランドイメージや顧客の信頼にも影響を与える可能性があります。
休憩スペースが乏しい
一休みできる場所がない場合、休憩の質が低い環境になってしまう懸念があります。
リフレッシュする機会が失われてしまうと、特に長時間労働がみられる職場では、メンタルヘルスの悪化のリスクも高まります。
良い職場環境とは?改善の具体例 – 医師の視点からの提案
ここからは、職場環境を改善し、より良いオフィスを作るための具体策を提案します。
身体の健康を守る改善策
例えば、座りっぱなしを防ぐ方法として、スタンディングデスクの導入や、30分ごとの「ミニストレッチ」習慣を会社として推奨することが挙げられます。
また、会議室を少し離れた場所に設置し、歩きながらミーティングを行うことで血流促進と運動不足の解消を図ります。
仮眠室・リラクゼーションスペースの設置
仮眠の効果については、さまざまな研究が行われており、その効果が実証されています。
例えば、NASAの研究によると、パイロットに40分の仮眠の機会を与えると平均26分の仮眠を取ることができ、パフォーマンスや反応速度が向上したとされています。*5
その他にも、20分から30分の昼間の昼寝には、その後の眠気と作業成績の低下を抑える効果があるという研究結果も報告されています。*6
仮眠やリラックスできる環境を設けることで、従業員の作業効率を高めることが期待できるでしょう。
ひいては、過剰な長時間労働を減らすことにもつながる可能性があります。
なお、筆者は研修医だった頃などに病院で当直や仮眠をとる機会がありました。
しかしながら、かつて私が働いていた病院では、当直室の環境が劣悪で、仮眠どころか横になることすら嫌になる状況がありました。
例えば、大学病院の仮眠室は防音が脆弱だったため病棟のモニター音が漏れ聞こえる環境でした。
その結果、仮眠を試みてもモニター音が気になり、十分に休息を取ることができませんでした。
そのような仮眠室のクオリティのため、翌日の診療パフォーマンスが著しく低下した経験があります。
また、その他の病院では、仮眠室はベッドを数台並べカーテンで仕切った暗室でした。
カーテンを閉めている時には誰かが寝ているということを示していました。
しかし、暗いために閉めていてもそれに気づかない医師がいました。
そのため、私が寝ていてもカーテンが開けられ、かなり驚いた経験が数回あります。
これらの経験を通して、私は仮眠室の防音やプライバシーの確保がいかに重要かを痛感しました。
この経験は特殊かもしれませんが、夜勤や当直がある職種では快適な仮眠室が必要不可欠です。
当直室や仮眠室が快適であれば、短時間でもリフレッシュでき、その後の業務効率が大きく改善されることが期待できます。
昼寝が難しい場合でも、リクライニングチェアや静音スペースを設けることで短時間の休息が取れます。
日本特有の文化の一つである畳を有効活用するのも良いでしょう。
例えば、畳敷きの休憩スペースを設け、靴を脱いでリラックスできる場を提供するといった方法が考えられます。
室内環境改善(空気質管理、適切な照明)
職場の「最適な室温・湿度」の基準は、 職場の労働安全衛生法の規定に基づく、事務所衛生基準規則によって以下のように定められています。*7
・室温:18℃以上、28℃以下
・湿度:40%以上、70%以下
企業側としては、こうした基準を満たせるようにしていきましょう。
空気清浄機・CO2モニターの設置で、空気の質を管理する方法などが考えられます。
感染症予防を考慮した職場環境の構築
昨今の感染症の流行から、職場の感染症対策の重要性が増しています。
厚生労働省から、職場における感染防止対策の実施例が提示されています。*8
この中で取り上げられている取組は、以下の5つです。
ぜひ参考にしてみましょう。
自然光や観葉植物を活用
自然光や観葉植物を活用することで、ストレス軽減や集中力の向上する効果が期待できます。
例えば、観葉植物と昼間の光を取り入れた執務空間では、メンタルワークロード*9の減少や、創造的な作業のタスク成績の向上が確認されたと報告されています。
また、窓からの眺望がある空間の方が、無い空間よりも在室者の熱的快適性やワーキングメモリ、集中力が向上し、ポジティブな感情の申告も増加したそうです。
さらに、屋内緑化をしたオープンプランのオフィスでは、生産性やWell-beingの向上、ストレスの緩和を確認した事例も報告されています。*10
*9 精神的作業を遂行する際に要求される認知的・心理的負荷の度合いを指し、過剰になると注意力低下や疲労、ストレス反応を引き起こす概念のこと
メンタルヘルスを支える環境作り
騒音がメンタルヘルスに与える影響を防ぐため、集中できる「サイレントルーム」や「パーティション」を設置すると良いでしょう。
また、心理的安全性を高めるために「観葉植物やアート作品」を取り入れたリラクゼーションルームを設けることも効果的と考えられます。
さらに、医療機関の「患者相談室」のように、従業員が気軽にメンタルヘルス相談をできる場をオフィス内に設置することも検討してみましょう。
取り組みやすい改善策
これまでに紹介してきた内容を踏まえ、まず取り組みやすい改善策としては、以下のようなものがあります。
・30分ごとに立ち上がるタイマーを設定する
・オフィスに1つ観葉植物を置く
・仮眠室の導入を提案、検討する
職場環境の改善のため、ぜひ参考にしてみてください。
良い職場環境の事例 –海外の事例について紹介
良い職場について、海外の事例を紹介します。
アメリカのテネシー州では、職場環境が従業員の健康と幸福に与える影響を重視し、企業がいろいろな取り組みを推進しています。*11
その一つとして、アクティブ・ビルディング・ガイドラインというものの作成があります。
このガイドラインには、自然光の活用、フィットネス施設の設置、エネルギー効率の高い機器の導入、ウォーキングトラックの設置など、70以上の健康促進デザインといった推薦事項が含まれています。
例えば、テネシー銀行では、以下のようなトピックを重視しています。
・施設内フィットネス活動
・コミュニティフィットネスイベント
・健康フェア
・栄養情報
これらの取り組みは従業員の健康を支えるだけでなく、企業の生産性やエンゲージメント向上にもつながります。
日本の職場環境にも応用できるヒントが多く含まれているため、ぜひ取り入れてみてください。
まとめ
今回の記事は、職場環境について改善点なども踏まえて解説しました。
健康的な職場づくりは従業員の幸福度を高め、生産性の向上や離職率の低下、企業の持続的成長にもつながります。
誰もが取り組める改善策を日常業務に取り入れることで、職場全体の雰囲気が変わります。
オフィス環境は「未来の健康投資」でもあります。
良い職場環境にし、従業員の健康と企業の利益を叶えるようにしていきましょう。
この記事を書いた人
木村香菜(nishicherry2480)
行政機関である保健センターで、感染症対策等主査として勤務した経験があり新型コロナウイルス感染症にも対応した。現在は、主に健診クリニックで、人間ドックや健康診断の診察や説明、生活習慣指導を担当している。また放射線治療医として、がん治療にも携わっている。放射線治療専門医、日本医師会認定産業医。
【資料一覧】
*1 CDC Workplace Health Model
https://www.cdc.gov/workplace-health-promotion/php/model/?CDC_AAref_Val=https://www.cdc.gov/workplacehealthpromotion/model/index.html
*2 令和5年度 我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況 p.19
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001314678.pdf
*3 Baddeley B, Sornalingam S, Cooper M. Sitting is the new smoking: where do we stand? Br J Gen Pract. 2016 May;66(646):258. doi: 10.3399/bjgp16X685009. PMID: 27127279; PMCID: PMC4838429.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4838429/
*4 Yousefi K, Alimohammadi I, Abolghasemi J, Shirin Shandiz M, Aboutaleb N, Ebrahimi H. The relationship between noise annoyance and salivary cortisol. Appl Acoust. 2020;160:107131. doi:10.1016/j.apacoust.2019.107131.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0003682X19308679
*5 The benefits of napping for safety & How quickly can the brain wake-up from sleep?|NASA p19
https://ntrs.nasa.gov/api/citations/20190033981/downloads/20190033981.pdf
*6 昼寝椅子における短時間仮眠が睡眠の質、パフォーマンス、眠気に及ぼす影響.労働科学.2019;95(2):56-57.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/isljsl/95/2/95_56/_pdf
*7 事務所衛生基準規則 | e-Gov 法令検索
https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000043
*8 職場における新型コロナウイルス感染症への感染予防及び健康管理に関する参考資料一覧|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00226.html
→職場における感染防止対策の実践例 p.1
https://www.mhlw.go.jp/content/000805545.pdf
*9 精神作業が心理的負担感とストレス反応に及ぼす影響ーピーク・エンドの法則を応用した課題構成の効果ー
https://j-aap.jp/JJAP/JJAP_492_119-129.pdf
*10 都市型オフィスにおける窓面を通じたバイオフィリアによる心理・生理的効果.日本建築学会環境系論文集.2022;87(792):241-251.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aije/87/794/87_241/_pdf/-char/en
*11 Healthy Workplaces.|TN Department of health.
https://www.tn.gov/health/cedep/environmental/healthy-places/healthy-places/healthy-buildings/hb/healthy-workplaces.html
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