東京都が有楽町に無料の「Tokyo Innovation Base」 なぜ有楽町?狙いと、自社の共創スペースで予想される効果は?

SusHi Tech Square(旧東京スポーツスクエア)の外観(出典:東京都)
SusHi Tech Square(旧東京スポーツスクエア)の外観(出典:東京都)

Tokyo Innovation Base(トウキョウ・イノベーション・ベース、略称TIB)は、東京都が運営するスタートアップ支援の拠点だ。スタートアップとは、新しい事業で短い期間に大きく育つことを目指す、創業まもない会社を指す。JR有楽町駅の目の前にあり、TIBのアプリに会員登録すれば誰でも無料で入れる。

TIBでは、作業できる席に加えて、製品を試作し、お客様に試しに売り、都の施設でサービスを試してもらうこともできる。いちばん広い1階は、予約も用事もなく入れる。

人が集まる理由は、席の数より、そこでしかできないことの中身にある。この記事では、都がなぜ有楽町にこの拠点を置いたのかをたどり、自社に共創スペースをつくる会社が何を置けばよいかを、当社が支援した事例と合わせて考える。

起業家が集まり始めた有楽町

新東京ビルに移ったSAAIの1階「ワンダーゾーン」(出典:三菱地所)
新東京ビルに移ったSAAIの1階「ワンダーゾーン」(出典:三菱地所)

TIBの住所は千代田区丸の内で、銀座一丁目駅からも徒歩3分で着く。

有楽町で先に起業家の集まる場をつくってきたのは、三菱地所だ。同社は街づくり構想「Micro STARs Dev.」で個人の挑戦を街で支えることを掲げ、会員制の事業創造コミュニティ「SAAI」を開いてきた。

  • 2019年12月:三菱地所がMicro STARs Dev.を始める
  • 2020年2月:SAAIが開業
  • 2023年11月:SAAIが新東京ビルへ移り、グランドオープン。同じ月に、TIBが都の建物でプレオープン
  • 2024年5月:TIBが正式オープン

TIBが入る赤い屋根の建物は、もとは東京宝塚劇場の建て替えのあいだだけ使われた仮設の劇場だ。その後、都の東京スポーツスクエアとしてラグビーワールドカップと東京2020大会の発信拠点に使われ、2023年にSusHi Tech Squareへ名前を変えた。延床面積は約1万㎡(3,000坪ほど)ある。

起業家が集まり始めた街の駅前に、都が自ら使える大きな建物があった。

都は、東京の起業を5年で10倍にする目標を掲げる

「Global Innovation Strategy 2.0」の取り組みの柱(出典:東京都)
「Global Innovation Strategy 2.0」の取り組みの柱(出典:東京都)

TIBは、都のスタートアップ戦略の一部として置かれている。都は2022年11月の最初の戦略で、「10×10×10」と呼ぶ3つの10倍を、いずれも5年の目標に掲げた。

  • 東京発のユニコーン(大きく育った未上場のスタートアップ)の数を10倍に
  • 東京の起業数を10倍に
  • 都とスタートアップが一緒に取り組む数を10倍に

都の「2050東京戦略」の戦略10は、スタートアップ・エコシステムの世界ランキングで3位以内に入ることも目標にしている。エコシステムとは、起業家や投資家、大企業、大学がつながって新しい会社が育つ仕組み全体を指す。そのランキング「Global Startup Ecosystem Report 2026」で、東京は12位だった。2024年に10位まで上がったあと、2年続けて1つずつ下がっている。

都は2025年に戦略を「Global Innovation Strategy 2.0」へ改め、10×10×10の目標を引き継いだ。同じ資料で、TIBは「あらゆる挑戦者を応援する結節点」とされ、「TIB2.0」へ広げる方針が示された。

TIBに来れば、試作・販売・試験導入までできる

2階の試作工房「TIB FAB」(出典:Tokyo Innovation Base公式サイト)
2階の試作工房「TIB FAB」(出典:Tokyo Innovation Base公式サイト)

TIBには、スタートアップが自前では揃えにくいものが3つ置かれている。

  • TIB FAB:3Dプリンターやレーザーカッターなど、ハードウェアを試作する機材。技術と事業の両面で相談できるスタッフもいる
  • TIB SHOP:一般のお客様に、製品や食品を試しに売れる売場。出店できるのは、TIB PITCHで選ばれた会社
  • TIB PITCH:月1回程度のピッチイベント。2026年6月末までに24回開かれ、246社が登壇した

ピッチとは、事業を短く発表して評価を受ける場のことだ。TIB PITCHで選ばれると、TIBの施設でサービスを約2か月試せる試験導入コース(上限50万円の補助つき)や、TIB SHOPへの約2か月の出店、海外で2週間ほど試しに売るコースに進める。

試作して、売ってみて、使ってもらう。事業を育てる途中の段階を、1つの建物の中で進められる実験場だ。

1階を誰でも入れる場所にしてから、来場者はほぼ2倍

TIBの1階のフロア図(出典:東京都)
TIBの1階のフロア図(出典:東京都)

TIBは、最初から3つの階を使っていたわけではない。2・3階から始め、2025年の春に1階へ広げた。都はこのとき、1階を「多様な挑戦者が集うオープン&フラットな場」と呼んでいる。いわゆる、共創スペース(コラボレーションスペース)というやつだ。

1階だけで、建物の延床面積の44%を占める。一番広い階を、予約も用事もなく入れる場所にした。

累計の来場者は、1階を開いた2025年春から1年足らずで、18万人超から35万人超へとほぼ倍になった。

  • 2025年5月8日時点:累計の来場者18万人超、イベント800回超
  • 2026年3月時点:累計の来場者35万人超、イベント1,500回以上(いずれも2023年11月のプレオープンから)

人が来るのは「そこでしかできないことがある」とき

ここからは、自社で場をつくる側の話だ。共創スペースとは、社員と社外の人が一緒に新しい仕事を生むために設ける場所を指す。

TIBに人が来るのは、席があるからだけではない。試作でき、売ってみることができ、手に取って確かめてもらえるからだ。当社が支援した企業の共創スペースでも、社外の人を呼べている場には、その会社にしかない設備や技術を、お客様が一緒に使える形で置いている。

  • J-オイルミルズの「おいしさデザイン工房」は、家庭用からプロ仕様の製菓・製パンまで再現できる厨房を、研究と提案のフロアと一緒に置いた。お客様と一緒に試作し、その場で提案できるようになった
  • 中西製作所の本社8階は、テストキッチンを中心に、スタートアップやパートナー企業が使うことを前提にしたフロアだ。家具をすべて動かせるようにし、試食・打合せ・イベントを切り替えている
  • アズビルの「イノベーションプラザ」は、自社の技術を来訪者が体感できる展示を入口に置き、説明を聞く場から、一緒に話し合う場に変えた

TIBのFABやSHOPにあたるものが、自社の場合は自社の製品や技術を試せる設備になる。席と会議室だけのスペースには、社外の人がわざわざ来る理由が無い。

社員同士の交流を増やしたいときも、TIBが1階を開いたのと同じ考え方が使える。大林組は本社の各フロアで、南北50mの通路「コリドー」に沿って打合せの場所を点在させた。しのはらプレスサービスは、全員が使う食堂をラウンジに変え、イベントも開ける場にした。どちらも、新しい部屋をつくるより、社員が毎日通る場所に人が会う理由を置いている。

効果を定量的に示せた例は、まだ少ないが、当社の事例ではパシフィックコンサルタンツが統合移転のあと、次の変化を挙げている。

  • 来客数:年間12,500人(75%)増
  • 新卒・中途の応募者数:33%増
  • コミュニケーションの円滑化を実感した社員:70%

まとめ

TIBに人が集まるのは、席があるからではなく、試作・販売・試験導入という、そこでしかできないことがあるからだ。都は一番広い1階を誰でも入れる共創スペースにし、来場者は1年足らずでほぼ倍になった。

自社に共創スペースをつくるなら、席や会議室の数とあわせて、社外の人がそこで何を試せるか。どんな化学反応が生まれるかも決めたい。当社の事例でも、お客様と試作できる厨房や、技術を体感できる展示を置いた場が、社外の人を呼んでいる。

この記事を書いた人

吉田 学

オフィスづくりの現場に12年。起業直後のマンションの一室から4,000坪超の本社移転まで、100件を超えるプロジェクトで経営者や総務・人事の方々と対話してきました。その経験を物差しに、公開情報から企業の「場づくり」の意図を読み解きます。

参照

Tokyo Innovation Base

建物・有楽町

東京都の戦略

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