人の行動を無意識に良い方に導く 「ナッジ」をオフィス改善のヒントにしてみよう

人が良い行動を取る理由には様々なものがあるでしょう。
ご褒美をもらえる、お礼の言葉がやりがいに繋がる。逆に、やらないと罰がある、などです。

しかしもっと本能的なところで人が行動を決める時、つまり選択するときには一定の基準があることが分かっています。
「ナッジ」と呼ばれる、行動経済学の領域の話です。
英語で「そっと肘でつつく」という意味です。日本語だと「しれっと」「素知らぬふりで」という言葉がしっくりくるかもしれません。

いったいどのようなものなのか、オフィスにどう関わる話なのか、事例を交えてみていきましょう。

男性用トイレにハエの絵を描いたら清掃費が激減!?

「ナッジ」とは何なのか。わかりやすくするために、最も有名な事例からご紹介します。

舞台はオランダ・アムステルダムのスキポール空港です。
男子トイレで利用者が用を足す時、床を汚されずに済む手段をある人がひらめきました。

注意文の張り紙をする、といったベタなことではありません。
小便器の排水口近くに小さなハエの絵を描いたのです。

その結果、利用者が用を足す時の「飛び散り」が8割減りました。*1
清掃費用の大幅な削減にも繋がったのです。*2

なぜこのような結果が生まれたのか。それは人間の「無意識」を利用しています。
ハエの絵があることで、利用者がそのハエに狙いを定めるようになったのです。

このアイデアが注目され、今さまざまなバリエーションでこの考え方が、世界中の空港に取り入れられています。
サッカーのワールドカップ開催時は、小便器の中にゴールがあってボールがぶら下がっているというデザインが採用され高評価だったといいます。

言語の壁も超えてくれたことでしょう。

退屈な信号の待ち時間を楽しくする

ドイツの自動車メーカーであるスマート社が、都市実験として、歩行者用の信号機にある仕掛けを取り入れた事例もあります。

ドイツで採用された「踊る赤信号」
(引用元:Red Dot Award 2015「The Dancing Traffic Light」)
https://www.red-dot.org/project/the-dancing-traffic-light-12642

歩行者用信号機にはだいたい人の形で「歩け」「とまれ」のマークの2つがありますが、赤信号になるとこの人物像が踊り出す、というものです。

確かに、何かを待っている時、動かない表示を見ているよりもストレスは感じにくいことでしょう。
しかも驚くべきことに、この赤信号の動きには「中の人」がいます。
ある場所で実際に人が踊っていて、そのデータがリアルタイムで信号機に送信されていますので、毎回違う踊りを表示させることも可能です。

結果、8割の人がこの踊りを見ながら信号を待っていたといいます。信号待ちで人が感じてしまうイライラを解消し、信号無視を大幅に減らすことに成功したのです。

人の行動はほぼ直感的

何が人を動かすのか、やめさせるのか

では、人を動かしている「直感」の根拠とは何でしょうか。

人が合理的な、良い行動を取るか取らないかの背景には、人が無意識に持っている「バイアス」があるといいます。*4

例えば食事制限をすると決めても目の前に好物があったら「食事制限は明日からにしよう」と、ついつい手を出してしまう。これは「現在バイアス」として知られています。
食事制限で得られる将来の価値よりも、目の前においしい食べ物がある現在の価値を高く評価してしまう、という錯覚のようなものです。
夏休みの宿題を先延ばししてしまうのも、このバイアスの結果かもしれません。

他にも人の意思決定には、以下のようなバイアスが関わっています。

・利用可能性ヒューリスティック:「手に入れやすい情報だけを用いて意思決定する」傾向。
 例)飛行機事故は非常に稀にもかかわらず、メディアで頻繁に報道されることで発生頻度が高いと誤って感じることがある。

・現状維持バイアス:「現状の状態や選択肢を保持する」傾向。
 例)株式投資で損失を被っていることを分かっていても損切りの売りができず、損失がさらに拡大するリスクを負ってでも現状を維持しようとすることがある。

非合理な意思決定の原因になるバイアス
(引用元:厚生労働省e-ヘルスネット「ナッジを効果的に使うためのポイント(バイアスとフレームワーク)」)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/policy/n-002.html

例えば、先ほどご紹介した「踊る赤信号」には「サンクコストの誤謬」というバイアスを解く効果があったのかもしれません。

というのは、特に急いでいる人の場合、目の前に赤信号が現れると「せっかくここまで急いで(場合によっては走って)来たのに」というのが「既にかかったコスト」に当てはまるでしょう。これを信号違反をするリスクよりも大きく見積もってしまうことは十分に考えられます。

アメもムチも必要なし

行動経済学のリチャード・セイラー氏らはナッジを、
「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」
と定義づけています。*5

ここで大切なのは、選択の自由を残したままの形であるということです。

確かに人は、結果的に同じ行動であっても他人から「やれ」と言われると「嫌だな」と感じます。
一方、自発的に選択したことには「嫌だな」とはあまり思わないでしょう。
本人が自発的に選択していると見せかけて、実はそこには仕掛けを置いてある。それがナッジです。

なお、筆者が目にしたことのあるオフィスでは、コピー機の近くに印刷のコストについて書かれていました。

「カラーコピーは1枚◯円」「白黒は1枚◯円」。

つまりカラーである必要性が高くないものをわざわざカラーコピーして経費を無駄遣いしないように、という狙いです。それも「経費削減」という言葉が直接的に書かれているわけではありませんでした。事実を示しているだけです。

今であれば「本当に紙の資料にしなければダメなのか?」という話も経費に繋がる課題のひとつでしょう。

また、フリーアドレスのオフィスで、共用で使う文具を一か所に集めることで、社員が道具を「使ったら戻す」習慣が自然と芽生えた事例もあります。

文具を一か所に集め、「使ったら戻す」ことで整理整頓を促す(ウチダシステムズ本社オフィス)

使える文具の種類を制限することなく、「使った文具をなんとなくその場に置き去りにしてしまう」心理を片付けにそっと導きます。

また、ゴミの分別を促すナッジもあります。

ゴミの分別を促すゴミ箱の配置(ウチダシステムズ本社オフィス)

ゴミ箱を一か所、それも社員がよく立ち寄るコーヒーサーバーやウォーターサーバーがある場所に設置することで、コーヒーや水を飲むついでに自らゴミを指定された箱に分別して捨てるようになる、という仕掛けです。

ナッジの発想は、オフィスの中で「この作業はいつも面倒くさくて嫌だなあ」と思うストレスを「しれっと」和らげ、働く人に心地よさと良い習慣を同時にもたらしてくれることでしょう。

この記事を書いた人

清水 沙矢香(しみず さやか)

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアや経済誌に寄稿中。


【資料一覧】

*1 リチャード・セイラー「行動経済学の逆襲(下)」早川書房 p242-243

*2 中央大学「学長石原修の学長BLOG 24. 中部大学のトイレとノーベル賞」
https://www.chubu-univ.jp/president_ishihara_blog/2018/01/24.html

*3 厚生労働省 受診率向上施策ハンドブック「明日から使えるナッジ理論」
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500406.pdf p3

*4 厚生労働省e-ヘルスネット「ナッジを効果的に使うためのポイント(バイアスとフレームワーク)」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/policy/n-002.html

*5 環境省資料「「ナッジ」とは?」
https://www.env.go.jp/content/900447800.pdf p3


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