
安田学園中学校・高等学校様が校舎改修の一番手に選んだのは、職員室でした。建て替えはせず、いまの本館を使い続ける前提で、先生が働きやすい場をつくり、それを生徒に返すことを目指したリニューアルです。
その取りまとめを担ったのが、教務部長の大野様です。先生方の声を聞き、使う場面を想像し、席の配置から収納の中まで考える。意見が分かれれば目的を説明し、ときには決めたことにも戻って、検討を重ねてきました。
職員室から始めた理由と、校内の声を形にするまでの過程を伺いました。
教務部長 大野 一樹 様
事業内容:私立中高一貫校(共学)
所在地:東京都墨田区横網2-2-25
実施内容:職員室等のリニューアル
HP:https://www.yasuda.ed.jp/
パワープレイス株式会社 プレイスデザインセンター 教育公共ソーシャルデザイン部 デザイナー 高橋 明里 様
株式会社ウチダシステムズ 公共事業部 文教第2営業部 係長 神尾 典之
先生が働きやすくなることを生徒に返したい
ー教室ではなく、職員室からリニューアルに着手されたのは、なぜでしょうか。
大野様:最初のきっかけは、理事長から「この学校の雰囲気をどう思う?」と資料を見せられたことでした。そこには、書類が山積みのデスクで、ご飯を食べながら仕事をしている様子があったんです。まずはそこを変えようと、職員会議で「デスクではPCより上の高さに物を置かないでください」と話しました。
それが実現できた頃に、教室や職員室のリニューアルの話が出てきました。建て替えも検討しましたが、専門業者に確認したところ、この先も使えるということでしたので、改修することになりました。
当初は教室を先にリニューアルするという構想だったのですが、理事長の「まず先生方にいい影響を及ぼすほうが優先度は高いのではないか」「先生が働きやすくなれば、生徒への関わりに返っていくのでは」という考えに私も賛成し、職員室からリニューアルしていくことになりました。
ちなみに、プロジェクトの責任者は副校長です。ただ副校長も忙しいので、「やりますよ」と言ったら、いつの間にか私が取りまとめ役になっていました(笑)。
ー働く環境を変えるなかで、大切にしたかったことを教えてください。
大野様:本校は「学校完結型」と言って、塾に通わなくても大丈夫なように、生徒を手厚く支えてきました。ただ、先生方に「必ずこれをやりなさい」という決まりがあるわけではありません。先輩の先生が結果を出すと、後輩がその姿を見て、「よく喋っているな」「保護者にマメに連絡しているな」と学ぶ。そうやって受け継いできたものがあります。
いまは若い先生が増えています。自分はこうしたいと思っていても、生徒や保護者への対応で相手に合わせていくうちに、何を大事にすればいいのか分からなくなることもある。だから、古き良きものをうまく伝承していけたらと思っています。いまの私にできるのは、裏方の仕事です。仕組みで支えられるなら、そうしたいですね。
毎日使う場所ですから、先生方の声をなるべく形にしたかったというのもあります。若い世代にも、外から来られる方にもいい空間とは何だろう、というところから考えました。

先生方の声を聞きながら考え直す
ー先生方の声は、どのように集めて反映されたのでしょうか。
大野様:アンケートを取り、設計の最初の段階でお見せして、この内容をもとに作ってくださいとお伝えしました。ただ、それで全部が決まるわけではありません。職員会議で発表したり、学内の掲示板に決まったことを流したりすると、「あれってこうならないの?」という声が来ます。
そのたびに、これを目的にしているからこうしているんです、と説明しました。アンケートにはこういう意見があるけれど、それを望まない人もいる。両方を考えて、この形にしているんです、と。「あ、そういうこと。じゃあそっちを優先ですね」となるまで、やり取りを繰り返しました。説明するのは僕ですから、そこは大変でしたね。
そのまま採用できない意見は、違う形でもう一度取り上げてみます。二つ挙げてくれた先生の意見を、一つは見送っても、もう一つは通す。その先生の声が、どこかに形になって残るようにしたかったんです。
カーテンをロールスクリーンに変えたような一つひとつを、「あなたの意見ですよ」とは伝えていません。それでも本人にとっては、反映されてよかった、となる。言わずに気づいてもらえたらいいな、という気持ちでした。
ー目指す職員室の姿と、日々の使いやすさは、どのようにつなげて考えましたか。
大野様:こういう形になったら何が起きるのか、その先にどんないいことがあるのか。そこから逆に考えていくのが、ものすごく大変でした。僕が考えることと、他の先生方が使うときの視点を、どうすればいい方向につなげられるのか。行ったり来たりしながら考えていました。
一度決めたことも、「この前そう言ったんですけど、ごめんなさい。もう一回戻っていいですか」と相談することがありました。日頃の業務と並行して考えるので、本当に大変でした。職員会議でもそう言いましたね。
旧職員室にあるものも全部チェックしたんです。消火器や担架の置き場所、エアコンのリモコンの位置、傘立ての大きさまで。リモコン一つでも、用務員さんや警備員さんにとっていい位置なのか、先生方にとっていい位置なのか、と考える。職員室は机だけを考えればいいと思っていたのですが、そうではなかったですね。
PWP高橋:お弁当の場所や印刷、鍵の置き場など、細かいところまでお話をいただいて、場所を変えたり工夫したりしました。お弁当置き場のようなものは、普段使っている先生でないと分かりません。何を収納するのか、どんな用途で使うのかを大野先生が具体的に話してくださったので、私たちも提案しやすかったです。
日々の動きから決めた通路と席の配置
ー職員室の中央に、一本の通路をつくられています。どんな考えからでしょうか。
大野様:他校にも見学に行ったのですが、職員室に入ったときの空気から、先生同士の関係のよさが伝わってくるんです。その関係は何から生まれているのかと見ていくと、先生同士が顔を合わせる場所がある。ここの動線が鍵かもしれないと思い、幅や長さも測りながら検討しました。
以前は同じ場所を生徒も通れていたので、先生もそこでは話せず、素通りしてしまっていました。いまは、途中で立ち止まって話せます。邪魔になれば横に寄って続けられますし、机の上をきれいにしておく運用なので、授業終わりに荷物を抱えていても、置いてそのまま話せる。「この二人でも話すんだな」という組み合わせも見えてきました。
一方で、通路沿いの先生からは、話し声が聞こえて業務に響くという声も出ました。その先生とも個別に話をして、立ち話は座席から一歩外れたところで、あるいはブースを使ってください、と促すようにしました。
ー管理職の席を、一般の先生と同じ並びにされた理由も教えてください。
大野様:以前は、ひな壇のように決まった場所にありました。それを一般の先生と同じ場に移したので、やはり違和感という声は出ましたね。
ただ、管理職の席は入口側に置いています。生徒が来たときや電話の対応で、どうしても一般の先生に負担が偏ってしまうんです。それでは自分の業務が進まない。ですから、授業の準備などに集中したい先生はなるべく奥に、手前にはバックオフィス側の先生や管理職が座る。手前の人が対応すればいい、という配置に切り替えました。
生徒が中まで入ろうとしたときに「ここから先は入らないよ」と伝えるのも、管理職からのほうが言いやすい。先生方がわざわざ指導に出ていく場面も少なくなったように思います。
この狙いは細かく説明していません。いつか、そんな含みがあったのかと気づいてもらえたら嬉しいな、というくらいの気持ちです。

今ある良さを残しながら30年先も使える職員室へ
ー長く使っていくために、デザインや機能ではどんなことを考えられましたか。
PWP高橋:今後30年使えるものを作りたい、というお話がありましたので、プランは三案ほどお出ししました。大野先生が大切にされていた今ある良さに、印象に残った両国周辺の緑や環境も取り入れ、「自然のモチーフを取り入れた明るく働きやすい職員室」というコンセプトでご提案しました。
長く使えるように、あとから間仕切りの位置や機能を組み替えられるスマートインフィル*もご提案しています。
大野様:私が中心に考えていたのは、席の配置や動線、収納などの機能と運用です。色はこだわりのある先生方のチームにお願いしました。ここは僕には難しくて、任せましたね。
スマートインフィルは、ぜひお願いしますとお伝えしました。これから少子化が進めば、生徒数だけでなく、働く先生の人数も変わります。職員室をもう少しコンパクトにしたい、Webブースを増やしたい、という話が出てくるかもしれません。そのときに、壁を動かすならこのあたり、ブースを足すならこの場所、と考えておける。そういう使い方を想像していました。
*スマートインフィル:ICTデバイスやネットワークを実装できる空間構築ユニット。
https://office.uchida.co.jp/products/smartinfill/

使い始めて分かったことを次の計画に生かす
ー振り返って、もう少しこうできたと思われることはありますか。
大野様:ワゴンは、外回りの寸法は押さえていたのですが、中の形状が想定と違いました。引き出しの高さは調整したものの、仕切りの厚みや、書類が何枚入るのかまでは確認していなかった。配慮してあるだろうと思われていたはずで、期待に応えられなかったのが残念です。
配線も、コンセントを机の上から下に移したことで、トレーの中が混み合ってしまいました。上に空間ができてよかった、というところまでは考えたのですが、下で何が起きるのかまでは想像しきれていませんでした。もう二歩先まで考えられたらよかったですね。
USS神尾:実際に使ってみて分かることもありますからね。電話用のコンセントを追加したことで、トレーの中がさらに狭くなりました。打ち合わせの段階で、こちら側が先に気づくべきところもあったと思っています。
ー細かなところまで考えるなかで、周りの方に助けられたことはありましたか。
大野様:まだできあがっていない二次元の図面を、頭の中で三次元にする。そこはかなり頭を使いました。一人で考えるのには、やっぱり限界があるなとも感じました。もう一人いれば、もっと早く進んでいたのかもしれません。
校内には建築に詳しい先生もいて、「これだとこちらに影響するので、もう少し考えたほうがいい」と言ってくれたんです。そういう指摘はすごく助かりました。
神尾さんとも話す機会が増えるうちに、こちらが言いそうなことを先回りして察してくれるようになって。「そうなんです、そこなんです」ということがありましたね。

これから学校の環境づくりを担う方へ
ーこれから改修を考えている学校が、押さえておいたほうがいいことは何でしょうか。
大野様:誰を担当にするか、だと思います。私の場合、自分が作りたい職員室のイメージは、正直なところ1割くらいしかありませんでした。どちらかというと、先生方がより働きやすい環境を作るほうに喜びを感じたんです。
先生方から意見を聞いて、そのまま採用できなければ、違う形でできないかと考える。それを実際に形にできる人が担当になると、うまく進むのではないかと思います。
ー一緒に進める相手との関係では、どんなことが大切だと感じましたか。
大野様:相性も大きいです。今回は、お会いした方々が話しやすくて、とてもよかった。ただ、次に別の学校を担当されるとしたら、その先生が話しやすい環境をつくるように、うまく接し方を調整してもらえると、学校側は進めやすいと思います。
僕らも、生徒や保護者に合わせて話し方を変えています。「演じる」というところもあるんですよね。相手に合わせてくれると、こちらからも考えていることを出せる。強く提案されるのが苦手な先生なら、「何かやりたいことはありますか」と逆に聞いてもらう。その人を知るために、周りの方に少し話を聞いてみる。そういうことを続けるのが、いい関係につながると思います。
僕自身は、メールでやり取りするより、対面のほうが早いと感じることもあります。今回はそういうところも合わせてもらえて、のびのびと話せました。
USS神尾:大野先生には、あまり構えずにお話しさせていただきました。関わった先生方も話しやすい方ばかりでした。まだ課題もありますが、乗り越えながら、引き続きお手伝いさせていただければと思います。

ー今回の経験を、これからの学校づくりにどうつなげていきたいですか。
大野様:次の教室リニューアルのチームにも入ることになりました。生徒が使いやすく、先生もうまく活用できる空間にしたいので、職員室で気づいたことを持っていきます。
さらに先で建て替えの話が出たときにも、「あの仕組みは使いやすかったから次も参考にしよう」とつながっていけばいい。その頃には私も現場を離れていると思いますが、何のためにこの仕組みを入れたのかは、若い世代に伝えておきたいですね。

この記事を書いた人

そしきLab編集部
ウチダシステムズのスタッフを中心に、組織作りや場づくりについて議論を交わしています。業務の中で実際に役に立ったことなどを紹介していきます。
