
新型コロナウイルス感染症の流行以降、テレワークが普及し、働き方が大きく変化しました。
しかし、テレワーク中心の生活には、「運動不足」「生活リズムの乱れ」「メンタルヘルスの低下」といった健康リスクも懸念されます。
また、職場健診の問診でも、「テレワークになってからほとんど動かなくなった」という声を多く聞きます。
そこで、今回の記事では、オフィスを「健康を回復し、従業員が活性化するための場」として再定義し、ハイブリッド環境で健康的な働き方を実現する方法を考えていきます。
テレワークは運動不足を招く?健康リスクを徹底解説
それではまず、テレワークによる「運動不足」がどのような健康リスクをもたらすのかについて解説しましょう。
座りすぎは危険!体に及ぼす悪影響とは?
テレワークは、長時間座ったままの作業になりやすい場合も多いと考えられます。
日本でテレワークが健康状態にもたらす影響を調べた研究があります。
その結果、テレワークの頻度が多いほど、体を動かす時間が短く、逆に座っている時間が多いという結果が得られています。
実際の1日の座っている時間は、テレワークの日数ごとに以下のようになっていました。*1
- 0日→605.7分(約10時間)
- 1〜2日→654.7分(約11時間)
- 3〜4日→659.3分(約11時間)
- 5日以上→676.4分(約11時間)
また、アメリカの研究によると、座位時間が長い人ほど、糖尿病や心血管疾患のリスクが高まることが分かっています。*2
体の不調だけでなく心の健康にも影響がある
テレワークはメンタルヘルスにも影響があります。
メンタルヘルス不調による休業者が減少したという良い効果もありますが、その一方で以下のような好ましくない影響もみられます。*3
- 対人関係において、何気ない会話や相談ができなくなり、コミュニケーション不足による孤独感や孤立感を感じる
- 自宅の作業環境が整っていないため、仕事に集中できない
- お互いの働き方の見えにくさによって、業務内容が不明瞭・不均等になる
- そもそもICTに苦手な人がテレワーク自体にストレスを感じる
実際に、在宅勤務実施者を対象にした調査では、リモートワーク(在宅ワーク)によって身体的な健康とともに、メンタルヘルスについても良くなった人と悪くなった人が一定数いることがわかっています。*4
また、適度な有酸素運動には気分の改善と向上をもたらすという効果があることが知られています。
これは、有酸素運動によってセロトニンという悩みや不安を和らげるホルモンが分泌されるためです。*5
もともと毎日特に公共交通機関などで通勤していた方は、知らず知らずのうちに歩いており、それが有酸素運動となっていた場合があります。
そうした方が、テレワークになり、全く通勤時間に代わる運動をしなくなることで、運動不足となり気分の落ち込みやストレス増加につながることも考えられます。
実際に、筆者は健康診断の問診担当医として働いている中、昨年の健康診断よりも体重が増えてしまったという方の中には「テレワークになり、全く運動しなくなった」という場合も多くみられます。
そうした方たちには、「出勤していたときに通勤や社内で動き回っていたことで歩いていた分運動するために、家でも自分で意識して運動する時間をとるようにしましょう」と伝えるようにしています。
医師が提案する健康的なハイブリッド環境の作り方
さて、ここからは医師である筆者が提案する健康的なハイブリッド環境についてのヒントについて述べていきます。
まず、ハイブリッドワークとは、出社とテレワークを組み合わせる働き方のことです。*6
国土交通省の調査によると、週1〜4日テレワークを実施する方の割合が令和4年度よりも令和5年度で増えています。
つまり、週に何回かは出社するというハイブリッドワークの割合が増えていると考えられます。
このハイブリッドワークを健康維持のチャンスにするため、以下のような方法があります。
座りすぎを防ぐオフィス設計
スタンディングデスクを導入することなどで、座りすぎを防ぐことが可能と考えられます。*7
学校での研究にはなりますが、スタンディングデスクを導入することにより、1日あたり約1時間の座位時間を減少させることが報告されています。*8
また、オフィス内の動線を工夫し、コピー機や給湯室を適度に離れた場所に配置することで、自然と立ち上がる機会を増やすことなども取り入れやすいかと思います。
さらに、立って仕事ができるスペースをオフィス内に設置し、気軽に立ち仕事を取り入れられる環境を整えることも座りすぎの予防に役立つでしょう。
実際に、こうしたオフィス環境の改善による座りすぎの解消効果を評価した研究報告では、座っている時間が1日40分減少したという成果が得られました。*9
簡単にできる!オフィス&自宅で運動習慣をつけるヒント
可能であれば、社内にストレッチスペースを設け、休憩時間に簡単な運動ができるような環境を準備すると良いでしょう。
また、オフィスでも簡単にできる運動を導入することも良いでしょう。
例えば、こういった運動はいかがでしょうか。
- 左右1分ずつの片脚立ち
- スクワット1分
- ストレッチ1分
- 閉眼腹式深呼吸1分
これらの4種類から3種類を自由に組み合わせ、計3分程度の運動プログラムとします。*10
このプログラムは、デスクワーカーが就業時に運動できるよう、デスク周りで簡単に実施できるような運動を就業者に周知した研究で実際に取り入れられた運動です。
さらに、この研究では職場全体で午前・午後の就業前にラジオ体操を行うことも導入しました。
この研究の結果、部署内で運動に取り組んだことで友好的な関係が深まるという効果に加え、腰痛の改善がみられました。
具体的には、1日午前・午後の2回腰のストレッチを実行することが腰痛改善に寄与する可能性があることが示唆されていました。
メンタルヘルスを意識したオフィス環境
テレワークでは、オフィスで働くことと比べてコミュニケーションが取りづらいという点が指摘されています。*11
その点、ハイブリッドワークであれば出勤日にこうしたデメリットを補うことも可能です。
例えば、自然光を活用したリラックススペースをオフィスに導入したり、気軽に話ができるカフェテリアのような場所を作り、社内の繋がりを深めるといったことが挙げられます。
テレワーク時の健康対策を周知する
なお、テレワーク時には以下のようなことを心がけるようにすると良いでしょう。
従業員に、これらの健康対策を周知しておきましょう。
「1時間ごとに立ち上がる」リマインダーの設定
テレワーク時には、ついつい座ったままになってしまうことがあります。
改善策として、タイマーを60分程度にセットし、そのたびに軽いストレッチなどを心がけることがあります。
スタンディングデスクは座りすぎを防ぐのに有効なツールですが、設置することが難しい方もいるでしょう。
その方たちのためにも、定期的に立ち上がり、座りすぎを防ぐための簡単な方法をぜひ周知してみましょう。
適切なデスク環境を整える
オフィスでは、適切な労働環境が定められています。*12
また、自宅などでテレワークを行う際の作業環境整備についても定められています。*13
こうした情報について、テレワークをしている従業員に周知しておきましょう。
また、自宅で仕事をしながら運動ができるツールの紹介もおすすめです。
例えば、腰痛予防や体幹トレーニングとして注目されているバランスボール上での動作を取り入れたオフィスチェアも開発が進んでいます。
このようなチェアを使って運動をすると、体幹が鍛えられるというメリットがあります。
一方で、作業効率の低下はほぼなく、むしろ認知機能向上につながっているという結果も得られています。*14
もちろん、こうしたツールは現在も開発中の段階であることには注意ですが、今後テレワークの際の運動不足解消に役立つことが期待できるでしょう。
健康的なオフィス作りによる運動不足解消は企業にとってもメリットが大きい
ここまで、健康的なオフィス作りについて解説しました。
健康的なオフィス作りによって従業員のメンタルヘルスを改善することは、企業にとってもメリットが大きいと考えられます。
経済産業省の「健康経営度調査」によると、ライフスタイル(喫煙、運動、飲酒、睡眠習慣など)は、メンタルヘルス関連の欠勤率や離職率に影響を与えることが分かっています。*15
特に、定期的に運動する従業員が増えると、メンタルヘルス関連の欠勤率が0.005%減少 するという結果が出ています。
そのため、ハイブリッドワークを活用し、運動習慣を定着させることで、欠勤率の低下につながる可能性があります。
また、テレワークと出勤のハイブリッドワークによって健康的な職場環境を作ろうとしているということは、企業のブランド力向上にもつながるでしょう。
社員の満足度がアップすることで、優秀な人材確保にも役立ちます。
まとめ
働き方改革は、健康改革でもあります。
テレワークでは、自分の好きな環境で集中して仕事ができる、通勤ラッシュの人混みを避けることができるなどのメリットも多くあります。
今回の記事を参考にして、テレワークとオフィス通勤のハイブリッド環境を整備し、従業員の運動不足解消のヒントとしていただければ幸いです。
この記事を書いた人

木村香菜(nishicherry2480)
行政機関である保健センターで、感染症対策等主査として勤務した経験があり新型コロナウイルス感染症にも対応した。現在は、主に健診クリニックで、人間ドックや健康診断の診察や説明、生活習慣指導を担当している。また放射線治療医として、がん治療にも携わっている。放射線治療専門医、日本医師会認定産業医。
資料一覧
*1 テレワークの常態化による労働者の筋骨格系への影響や 生活習慣病との関連性を踏まえた具体的方策に資する研究 令和4年度 厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)総括研究報告書 p4
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202223016A-soukatsu_0.pdf
*2 Young DR, Hivert MF, Alhassan S, Camhi SM, Ferguson JF, Katzmarzyk PT, Lewis CE, Owen N, Perry CK, Siddique J, Yong CM; Physical Activity Committee of the Council on Lifestyle and Cardiometabolic Health; Council on Clinical Cardiology; Council on Epidemiology and Prevention; Council on Functional Genomics and Translational Biology; and Stroke Council. Sedentary Behavior and Cardiovascular Morbidity and Mortality: A Science Advisory From the American Heart Association. Circulation. 2016 Sep 27;134(13):e262-79. doi: 10.1161/CIR.0000000000000440. Epub 2016 Aug 15. PMID: 27528691.
https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIR.0000000000000440
*3 テレワークにおけるメンタルヘルス対策のための手引き(厚生労働省)p3,4
https://www.mhlw.go.jp/content/000917259.pdf
*4 研究報告「働き方が変化する中での健康確保の課題」独立行政法人 労働政策研究・研修機構
https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20230320/houkoku/01_kenkyu.html
→2023年3月15-20日 労働政策フォーラム 「労働と健康ー職場環境の改善と労働者の健康確保を考えるー」配布資料 p11
https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20230320/resume/01-kenkyu-takami.pdf#page=11
*5 数字で見る! スポーツで身体に起こる気になる「6」つのデータ|スポーツ庁
https://sports.go.jp/special/value-sports/post-29.html
*6 テレワーカーの割合は減少、出社と組み合わせるハイブリットワークが拡大~令和5年度のテレワーク人口実態調査結果を公表します|国土交通省
https://www.mlit.go.jp/report/press/toshi03_hh_000128.html
*7 働く人が職場で活動的に過ごすためのポイント|健康づくりの身体活動・運動ガイド2023 p2
https://www.mhlw.go.jp/content/001195870.pdf
*8 Minges KE, Chao AM, Irwin ML, Owen N, Park C, Whittemore R, Salmon J. Classroom Standing Desks and Sedentary Behavior: A Systematic Review. Pediatrics. 2016 Feb;137(2):e20153087. doi: 10.1542/peds.2015-3087. Epub 2016 Jan 22. PMID: 26801914; PMCID: PMC4732360.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26801914/
*9 働く人が職場で活動的に過ごすためのポイント|健康づくりの身体活動・運動ガイド2023 p3 事例9
https://www.mhlw.go.jp/content/001195870.pdf
*10 デスクワーカーの座位行動中における運動プログラムの構築.産業衛生学雑誌.2024;66(6):292-302.
p293
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sangyoeisei/66/6/66_2024-011-B/_pdf/-char/ja
*11 テレワークにおけるメンタルヘルス対策のための手引き(厚生労働省)p5
https://www.mhlw.go.jp/content/000917259.pdf
*12 情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
https://www.mhlw.go.jp/content/000580827.pdf
*13 自宅等でテレワークを行う際の作業環境整備 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_01603.html
*14 腰痛予防用チェア開発のためのバランスボール使用時の筋電計測と認知試験評価.日本機械学会論文集.2021;87(898):1-14.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/transjsme/87/898/87_20-00295/_pdf/-char/ja
*15 Fujimoto A, Kanegae H, Kitaoka K, Ohashi M, Okada K, Node K, Takase K, Fukuda H, Miyazaki T, Yano Y. The association between employee lifestyles and the rates of mental health-related absenteeism and turnover in Japanese companies. Epidemiol Health. 2024;46:e2024068. doi: 10.4178/epih.e2024068. Epub 2024 Aug 2. PMID: 39118545; PMCID: PMC11576526.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39118545/
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